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1日目~8日目 昼

その時、俺は海外のロボゲーで荒らし行為をしていた。

一週間ほど前に正式サービスを開始したばかりの海外ゲームで、チャットはほぼ英語と中国語。俺みたいに日本人もいるのだろうが、みんな英語でやっているんだろう。日本語を書きこむのは俺ぐらいだった。当然日本語しかわからない俺はパーティーにさえ入れてもらえず、それどころか餌扱いされて見つかり次第に襲われてパーツ取りされる有様だった。


俺はキレた。

人が正々堂々公平プレイしてるのに数にまかせて弱者狩りするとは何事だ!と。


怒り狂った俺は父親から捨扶持代わりに管理を任されている不動産の共用費積立金用のカードからクソゲーに鬼課金し、システムの仕様を突いて一時間5000ドルで無敵状態を作りだすと、名前が英語や中国語の奴らを見つけ次第に破壊しパーツごと破棄する更地プレイを開始した。なるべくイライラさせてやろうと仲間が一生懸命助けようと俺を殴る目の前でゆっくり機体を解体したり、半殺しのまま頭の上で立ったり座ったりを繰り返して煽りまくっていた。


そんなこんなで卑劣なガイジンどもを3日ほど駆逐していたら、奴らは戦闘地域に姿を見せなくなった。避難所に向かうと奴らは暇なのかすごい勢いでチャットをしていた。

多分俺の悪口を言ってるなと判断した俺が卑猥な伏せ字のオープンチャットを叫びまわっていると、ガイジンはよほど堪えたのか一人二人と消えていき、やがて流石に運営が問題視したのか、課金周りの仕様を変更するんだろうな。予告なしの緊急メンテに突入した。


緊急メンテは英語がわからん俺にはいつ終わるのかもわからず、やがて待つのに飽きた俺はパソコンをシャットダウンし暇つぶしに他のことをする事にした。


最初に愛人扱いしている近所の所有不動産の住人の事が頭に浮かんだ。美しい髪としっとりした肌の感触を思い出し下半身をムズムズさせたが、ふと今日は休日で彼女の家族が昼間も家に居ることと、彼女がそろそろ女の子の日になるタイミングな事を思い出し却下する。


そのまま台所に向かい冷蔵庫を開けるが中にはろくなもんがない。

しばらく前から世界的に流行っている何とかウイルスのワクチンを打った母が寝込んでいるからだ。


同じ日に注射した俺は何ともなかったのだが、同居している母は父親の会社がどこからか調達してきたワクチンを打つなり熱を出して布団から出られないでいる。食事もキツそうなのでゼリーを与えて時々様子を見ているがよくなる気配がない。しばらく親孝行もしてないのでコンビニで食料を買ってきておじやでも作るかと外出することにした。


勝手口から外に出ると、まだ肌寒い3月の風が俺を左右からなぶるように吹き抜けていった。裏口に止めてある自転車を外に出し、よたよたと不器用に乗ると道路を走り始める。

瓦や木製の雨戸がまだ残る古い住宅と若い夫婦が建てたモダンな新築の住宅が混在する住宅街はいつもなら子供連れや老人がどこかしら歩いているものだが、いくつかの十字路を通ってもだれ一人見かけない。


ここ1か月ほど前に世界で流行っている中国風邪とかいうものが日本にも入ってきたらしい。数週間前に外出はしないほうがいいという政府の注意勧告を、海外の事例を踏まえてマスメディアがフェイクニュースに踊らされる政府の無駄な心配と言って嘲笑していたのだが、民衆は意外と政府の勧告を聞いているんだろうか。


そんなことを思いながら、道を進んでいく。

4車線の大通りに差し掛かったが、左右を見ても車の一つも見えない。昼の2時なのだが。


ん~なんだろうな?と思いながら、緑と青色が特徴的な大手コンビニにたどり着いたのだが、予想外なことにそのマートはシャッターが降りていた。表にあったゴミ箱もなくなっており、人がいる気配すらない。


「地下鉄の駅前なのに潰れたのか…」

お気に入りのチキンが食べられなくなる事に悲しい気分に浸りながら大通りの反対側を見ると、7の文字が特徴的なコンビニが燦然と明かりを放っていた。


どうやら青緑マートは7に負けたらしい。


しんみり気分で自転車を走らせ、車の往来がない事を幸いに中央分離帯の切れ目から道路の反対側に移る。歩道に自転車を止め、自動ドアを開けたところで、商品が散乱している店内が目に入った。


「なんだ?喧嘩でもしたのか?」

戸棚の一つが倒れ、踏みつぶされたパンなどが袋から飛び出て床にシミを作っているし、雑誌が投げあったかのようにいたるところに落ちている。余りの荒れように人を探すが、レジに店員もいなければ客もいない。

一瞬出ようかとも思ったが、店員が心臓発作を起こしたかもという考えが頭をよぎり、中に入って『すいませーん』と声をかけると、店の奥のトイレから男の泣き叫ぶような声が響いてきた。


「あの、なんかあれてますけど、大丈夫ですかー?」

「あぶぼぼうびわびで!」

「え?なんて言ってます?」

「びびでびでびびぶ!」


トイレの男の声は要領を得ないことを叫んでいた。そのうちに泣き叫びながら彼は壁をどんどん叩き始めた。


俺は彼の悲しそうな叫び声と壁を殴り続ける音を聞いているうちに、つられてものすごく悲しい気分になっていた。こんなに悲しんでいるのは親が死んだとか、恋人に酷いふられ方をしたに違いないとなぜか確信した。


別に俺はこの店の店員と知り合いでも何でもないのだけれど、一度そう確信してしまうと、彼がこの店のオーナーから怒られて、暴れた損害賠償を要求されるのがものすごく気の毒に思えてきて、俺は彼の叫び声をBGMに店内の商品を物色し、汚れていない米や缶詰、調味料に酒やカップ麺などを集めるとレジに15万ほど置いた。


「あのさ、今スゴイ辛いかもしれないけどさ、後になればたいした事ねえからよ。金余分に置いとくから落ち着いたら掃除して何とか誤魔化しなよ!」

何の気休めにもならないかもしれないが、俺はそう言うと商品を自転車の籠に詰め、ゆっくりと家に戻った。


――――――


それから俺はクソロボゲーをつぶした勢いで、他の海外ゲームを荒らし続けていた。


さすがに大手有名ゲームになると課金で無双は不可能なので、やることは主に新規キャラを作っては、ちやほやされてる女キャラに徹底した無言でついていったりなどの粘着遊びの精神的嫌がらせだ。


特にそのゲームへの怒りや憎しみはないのだが、中国人とアメリカ人が多いゲームなのでロボゲーで餌扱いされた恨みとばかりに荒らしまくった。


2日ほどたった頃に大手有名ゲームだというのに、プレイヤーの同接が極端に減少し始めた。


俺は少しおかしいなとも思ったが、半泣きしてるかのようにこちらを気にしながら逃げまどう中華ネームのカワイ子ちゃんに粘着するのに夢中だったため、何も考えずに荒らしを続行していた。



3日目に異変は決定的になった。テレビでCMも流れる有名ゲームだというのに、プレイヤーが一つの街に十数人しかいないのだ。しかも動くのは片手に数えれるほど。それも明らかにプレイ時間数千時間以上の孤立廃人クラス。


ほぼ誰にも相手にされない状態になったことで、俺は荒らしすぎたせいでトラブル廃人用の閉鎖環境に閉じ込められたと判断した。荒らしの必須アイテムである串を使ってアクセス元を偽装&新規アカウント作成してみたが、プログラム自体に接続元特定部分があるのか、入った町は同じように過疎地になっていた。


こうなると、さすがにどうしようもなくなった。


三日間寝る間を惜しんで荒らしまわった疲れか、頭もよく働かない。


とりあえず日の出とともに一眠りして昼前に目が覚めると、わざわざ金を使ってガイジンと戦うのがアホ臭く思えてきた。荒らしを続けた反動からか、なにかいい事をしようと思い、手始めに母親に果物でも剥いてやろうかと部屋を出た。


1階に降りると、寝てばかりだった母親が元気に料理を作っていた。ようやく体調が戻ったらしい。


果物を剥こうかと思ったのだが、逆に酢豚が作られていた。


久しぶりのまともな料理を一口食ったところで、ふとビールが飲みたくなった。


一度ほしいと思ったら、ビールなしで酢豚を食うのももったいなく感じ、俺は母親に『熱がぶり返すと危ないから家から出るなよ』と釘をさすとビールを買いに外に出かけた。


外は雲一つない晴天だった。


3月だというのに照り付ける太陽が容赦なく俺に紫外線を浴びせてくる。


眩しさに目を細めながらも角を曲がると、数人の老人が歩き回っており、自転車を漕ぐ先に平気で飛び出してくる。よたよたと歩く近所の老人が危なっかしく、ベルをジリンジリンと鳴らしながら走るのだが、ベルを鳴らされて怒ったのか自転車にぶつかるように動いてきたため、危うく轢きそうになった。


「あぶねえって!婆さん周り見ろよ!」


かわして数メートル行ったところから振り返ってそう言うと、徘徊老人は怒り狂った顔で俺をにらみつけてくる。人と面と向かって争うのが苦手な俺はヘタレて目線をそらすとケッと毒づいて再び走り出した。



太陽がやけに熱く感じる。


睨みつけた婆さんの顔が怖くて誤魔化すように空を見た。




クソっと太陽をにらめつけながら自転車を漕いでいると、かなり高い上空にトヨホンの大型ドローンがびゅうびゅうとプロペラ音をたてて浮かんでいるのが目に入った。ここ数年、トヨホンがドローン配達サービスを開始してから上空に常時待機してデータリンクしている中継用大型機だ。最初は市民の苦情も出たドローンだがその利便性からいつの間にか市民権を得て、今ではすっかり風景の一部だ。目に入らなければ音も気づかないぐらいに慣れてしまっている。



「クソトヨホンが支配者気取りかよ。偉そうにしやがって。」


俺はトヨホンのドローンをにらみつけたが、ドローンは地べたを這う俺を気にする様子もなく軽やかにと飛んでいく。おそらく機体のカメラには道路を必死に走るみじめでちっぽけなおっさんが睨みつける婆さんから逃げる姿が記録されているだろう。


その映像を想像すると、苛立ちが込み上げてきた。



もともとトヨホンはこの東海地方の弱小企業だったのだが、戦後の高度経済成長とともに事業を急拡大し車や機械・商社に不動産・金融にロジスティックスまで手掛ける国際的大企業に成長した。大衆人気も高く、製品も地味目で性能だけはいい。だから表立って悪く言う日本人はいない。いわゆる出来た優等生という奴だ。


しかし、裏では付き合いのある地元の会社への無理な単価切り下げ圧力や政界と癒着した法人税の減免などが指摘されていて、そういう俺から見れば卑劣としか思えない行為を数々行っているのが気に食わない。


なにより、弱小企業だった時に資本金を出してやった家の会社よりもでかくなった事が気に食わない。


本来は俺に頭を下げて地べたに頭をこすりつけて生きるべき奴らなのに、トヨホンの女子社員が就職活動で訪問した俺を見て受付の陰でクスクス笑った事は決して大企業としてあるべき態度じゃない。


いくらトヨホン株のおかげで家が大金持ちになったとはいえ男として許せない部分があるのである。



そんなトヨホンのクソドローンに必死に自転車を漕いで婆さんから逃げる姿をはるか上空から記録されたとか屈辱でしかない。


『いつか親と兄貴から株の委任状を手に入れてトヨホン取締役になることができたら、受付の女の制服は半裸にしてやるからな』と怒りを溜め込みつつ自転車を漕いでいると、やがてこの前の4車線の大通りに出た。



―――――――――



4車線の大通りは先日と違い車で溢れていた。


白黒灰色、ところどころに赤や青。それらの車が手前の二車線を完全に塞いで渋滞になっており、ドアが開いていたり、歩道に乗り上げている車までいる。まるで動く気配がなく、近くの車を覗いてみたが運転席には誰もいない。並んでいる車を目線で追いかけると数十メートル先の交差点からブスブスと煙が上がっているのが見えた。


「事故・・・事故じゃん!」


俺は自転車を邪魔にならないように歩道の端に止めると半ばウキウキ気分で交差点に近づいて行った。


交差点に近づくにつれて、ガソリンや夏祭りの屋台で嗅いだことのあるような香ばしい香りが鼻をつく。


やがて横向きに止まってるワンボックスの向こう側から煙を上げるトラックが姿を現した。


トラックは前面が焼けていて、運転席より上は骨組みだけになっていた。ライトから下の部分に黒こげのライトバンがエンジン部分まで突き刺さっていて、ぶすぶすと上がる煙はそこから立ち上っているようだった。




「やべえじゃん・・・警察じゃん・・・」


そう呟きながら、俺はライトバンの座席に目をやった。


ライトバンは完全に燃え尽きていた。


残っているのはほぼ骨組みだけで、後部座席があっただろう場所からサスペンションだろうか、ばねみたいな形の金属が飛び出ている。前方の焦げた金属ワイヤーが形作る座席に黒焦げの人形が二体腰かけていて、助手席の人形が小柄なことから、おそらく女性だろうと思った。



「やべえじゃん・・・救急車じゃん・・・」


俺は助手席の黒焦げ人形が女性だと認識した瞬間にそう言った。

とりあえず人命救助で車から出すかと手を伸ばすが、トラックに突き刺さった部分がまだ熱を持っていて近づけただけで熱くて手を引っ込める。



「熱いじゃん・・・燃えてるじゃん・・・」


俺は馬鹿みたいに股の間に右手を挟んで内またで冷しながらライトバンの前でどうしようもできずに身もだえした。


そうだ、先に救急車を呼ぼう。

と胸ポケットに手をやるがすぐ帰るつもりだったから運悪く携帯は持ってきてない。


「ねえ誰か、救急車呼んで!」


と俺は振り向きながら叫んだ。


しかし、そこにあったのはずらりと並ぶ運転手のいない渋滞の車たちだけだった。

先頭の目つきの悪いセダンのライトが何か用かとばかりにこちらを向いていた。


「無人じゃん・・・怖いじゃん・・・事故現場に俺独りじゃん・・・」


俺はようやくここで事態のおかしさに気が付いた。


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