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28.認めて欲しかった自分

 エヴァンは失った意識下で、夢を見た。


 夢の中で彼は子どもになっていた。


 目の前に架空の両親がいる。


「そう。君はこんな本が好きなんだね」


 エヴァンは、両親にやっと自分の話が出来ると思い喜んだ。


「うん。昔の偉人が国を立ち上げる話が好きなんだ」

「歴史かい?」

「うん。あと、遺跡の昔話」

「考古学も好きか」

「もちろん、子供向けの魔法学校の話なんかも好きだよ」

「そうか。エヴァンはたくさん本を読んでいて偉いね」


 架空の父親はそう言ってにっこりと笑う。


 子どものエヴァンは、自分の好きなことが認められて嬉しかった。


「もっと本を読みたいな」

「好きなだけ買ってやろう」


 夢のような会話を続けながら、エヴァンはこれが夢であることを悟る。


 架空の母がやって来た。


「エヴァン。私もあなたの読んだ本を読んでみたいわ」

「いいよ。ここにたくさんある。読み終わったらこの本について話そうよ」

「そうね。同じ本を二人で読むのは、とても楽しいことだわ」

「最近は僕も本を書いているんだよ」

「へえ、そうなの?どんなのか見せて」


 子どものエヴァンは鍵つきの引き出しから原稿の束を持って来て、母に見せる。彼女は喜んだ。


「まあ。良く書けてるわ、エヴァン」

「本当?褒められると嬉しいな。続き読みたい?」

「ぜひ読ませて。そうね……私も小説を書いてみようかしら」

「え!」

「そんなに驚かないで。エヴァンと同じことをしてみたくなっただけなの」

「ねえ、書いたら交換して読み合いしようよ。絶対楽しいから」

「ふふふ、そうね」


 子どものエヴァンはひとしきり笑ってから、架空の父と母を交互に眺める。


 笑顔の二人は、いつの間にかその姿を変えていた。


 父は編集者のブライアンに。


 母は妻のアンナに。


 ブライアンが言う。


「あなたの知識の多さには舌を巻きますよ。それが活かし切れていないのには、ただならぬ原因がありそうですが」


 アンナが言う。


「エヴァン、小説を見せ合いましょう。二人で同じことをするの。きっと楽しいわ」


 絡まった糸がするするとほどけて行くように、過去でがんじがらめだった頭の中は解放されて行く。


 誰からも理解されない苦しみにのたうち回っていた可哀想なエヴァンは、もういない。


「そうか……あれは夢で、これが現実なんだ」


 エヴァンは目を開けた。




 自分の手を握っている、柔らかい手がある。


「あら、おはよう」


 いつの間にか自分はベッドの中にいて、アンナがこともなげにこう声をかけて来た。


「お医者様がおっしゃってたわ。過労ですって」


 エヴァンは額の汗を拭った。


「小説と図鑑の執筆と研究を同時並行でやっていたんですもの。疲れて当然よ」


 エヴァンは体を起こすとアンナに向き直った。


「……すまない」

「謝ることはないわ」


 アンナは夫が倒れたにも関わらず平然としている。


「それにしても……アンナは妙に余裕があるな。慌てなかったのか?」

「あら?もしかして、私が泣きながら抱きついて来るとでも思った?」


 図星を指され、エヴァンは赤くなる。


 アンナは微笑んだ。


「──あなた、寝ながら笑ってたのよ」


 エヴァンは呆ける。


「……笑ってた?」

「ええ。倒れた時は私も驚いたけど、お医者様を呼ぶ間、エヴァンったらとても安らかな寝顔をしていたの。ちょっと、こっちが拍子抜けするくらい。しかも、寝ながら赤ちゃんみたいにニコーって笑うのよ?ちょっと慌てて損したわ」


 エヴァンはふと、先程まで見た夢を思い出した。


 ずっと親に認められたかった、子どもの頃の自分。


 そのわだかまりが、寝ている間になぜか霧消したのだ。


「……アンナ」

「何?」

「君の書いた小説が読みたい」


 アンナは首を傾げた。


「お腹空いてない?先に何かを食べた方が……」

「いや、まだいい」

「変なエヴァン……前からだけど」


 アンナは自室から、印刷した自身の冊子を持って来た。


 エヴァンはそれをめくりながら、彼女の築いた小さな世界に入って行く。


 切り張り用のエピソードばかりをひたすら探し続けるだけの読書とは違う、深い部分に入り込んで行く読書。


 愛する妻の書いた世界。


 そこに潜り込むと、心が透き通って行くような気がした。


「……やはり何度読んでもいいな。透明感がある」


 アンナはくすぐったそうに微笑んだ。


「褒め殺して……何を企んでるの?エヴァン」

「私も、こんな話が書きたいんだ」

「また切り張りなさる気?」


 エヴァンは首を横に振った。


「逆だ。君の話を読むと、切り張りなんてしている自分が馬鹿馬鹿しくなる」

「そう……」

「メリアス先生も言っていた。プロは、売れることを考えて書かなければならない、と。しかし君はそれを度外視で作品を書いた。結果、それが読み手の心に深く入る。良い悪いは別にして」

「そうね。良くも悪くも受けを狙っていないから、素直に受け取られるわね」

「素直に書いて、みんなが喜んでくれる作品が一番いいに決まってる。しかしそれが出来ないから、我々は小手先に入る」

「それも悪いことじゃないわ。人を楽しませようとした結果だもの」


 エヴァンはアンナを抱き寄せた。


「そういう風に考えられる君は、もう我々のような木端作家とは別の段階に入っている。君は小説に関して、素直過ぎるし俯瞰が過ぎる。それを難しいとも何とも思っていない。普通の作家は自分の作品を他人に評価されることに関して怯えているのが常だ。だから技術や売り上げの数字に逃げる。君の作品にはありのままの自分をぶつけて行く度胸が見える」

「だって……読者には自分をさらけ出してなんぼでしょ?」

「その覚悟を持っている作者がどれだけいるか……私など、つい最近まで逃げ回っていたと言うのに」


 アンナはくすくすと笑った。


「そう。エヴァンもようやく、大切なことに気づいたのね」


 エヴァンはぽかんと口を開ける。


「そのままでもいいのよ、エヴァン。読まれなくても、売れなくても、自分をさらけ出しても、誰もあなたを嫌いになんてならないわ。自分を信じて、自分から生まれて来るものに、もっとプライドを持つべきなのよ」


 エヴァンはなぜブライアンが彼女を文学サロンに誘ったのかが、今日ようやく分かった気がした。

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私あの時、不幸でよかったです。
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[一言] >「そのままでもいいのよ、エヴァン。読まれなくても、売れなくても、自分をさらけ出しても、誰もあなたを嫌いになんてならないわ。自分を信じて、自分から生まれて来るものに、もっとプライドを持つべき…
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