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17.才能の壁

 一週間後。


 エヴァンは書斎で原稿用紙を前にする。


 初めて考えることだらけで、頭がパンクしそうだ。


「つぎはぎで小説を作ることが、いかに簡単だったか分かるな……」


 彼は目を閉じた。


 他人の感覚は、自分のものには出来ない。小説は読者がそれを試せるのが醍醐味だが、それを発する作者の方はひどく疲れるものだ。


 独自性を保ちつつ、共感を得るのは過酷かつ至難の業。


 エヴァンは〝藤の庭〟の作者、メリアス女史のことを思い浮かべた。


「やはり、作者が女性だからか……?」


 男が女性向けを書くこと自体、本来無理筋なのではないか。


「女性だから女心が書けるんだ。私には無理だ……」


 エヴァンが諦めかけたその時。


「エヴァン?」


 コンコンと扉が叩かれた。


「アンナか。入っていいが──少し遠くにいてくれ」

「エヴァン……まだ〝好き避け〟してるの?」

「ああ。私が言うのも何だが、〝好き避け〟はかなり厄介だな。素直になれないなどという簡単な言葉では片付けられない、何やら根深い自信のなさのようなものがある」

「相変わらず恋愛感情を小難しく分析しているのね……まあいいわ、入るわよ」


 入室したアンナが手にしていたのは──数冊の本。


「……アンナ。それは?」

「あなたが書き進められないって聞いたから、スランプかな?と思って、別の本を持って来たの」

「ほう」

「インプットが必要だわ。切り張りが得意なオルムステッド先生だけど、今ならもっと別の視点から物語を捉えられるんじゃないかしら」


 エヴァンは差し出された本を受け取った。


 メリアス女史の新刊だ。エヴァンは目を丸くする。

 

「これは、新作だな。〝異国の花園〟……?」

「それがね、エヴァン。私も中を見てびっくりしたのよ。ちょっと見てみて?」


 エヴァンはパラパラとページを繰って驚いた。


 プラントハンターの旅行記と銘打った異色のファンタジーだ。主人公の男は各地を放浪し、数々の異国で美女と出会い恋をする。


「ね、凄いと思わない?エヴァンが以前書いた小説と設定がよく似ているの。でも、違うのは恋愛をメインに書いていることね。旅先での恋……とてもロマンチックだと思わない?」


 エヴァンは読み込みながら、指が震えた。


 内容はほぼ男性向けだ。しかも、プラントハンターをしていた自分が見た世界の植物と景色を彼女もまた目にしたかの如く、描写が真に迫っている。


「す、すごいぞこれは……!」

「あら、あなたにそう言わせるとは、やっぱりメリアス先生ってすごいのね」

「実際に旅をしたのか?」

「かもしれないわね、先生のお父様もそのようなことをおっしゃっていたし」

「これほどのリアリティ、それに目まぐるしい恋……描写力も神懸かっている……!」


 エヴァンは類まれなる才能を目にし、震えが止まらなくなる。


 そして、一気にこと切れた。


「……だめだ」

「どうしたの?エヴァン」

「アンナ。やはり小説を書けるかどうかは〝才能〟だ」

「はい?」

「切り張り作家は、成す術なく表舞台から退散するしかない……」

「えー!ちょっとちょっと」


 アンナは慌てて抜け殻のようになっているエヴァンに飛びついた。


「いっ、いきなり触るな……!」

「だってあなたが心配よ。うーん、この本、持って来ない方が良かったかしら……」


 しょげるアンナを見て、エヴァンは慌てた。


「そんなことはない!これほどの秀作ならば、いつか必ず買って読んでいたに違いないのだから」


 言いながら、エヴァンはいつの間にかアンナの手を握っていた。


 アンナは繋いだ手を眺めて微笑む。


「……そう?それならいいんだけど。私、あなたの自信を奪うような真似をするつもりはなかったのよ」

「分かってる。アンナの気持ちは……でも自分が情けない」

「そんな風に考えないで。世の中はイチかゼロじゃないのよ。メリアス先生は120点でオルムステッド先生は60点っていうだけよ」

「……それ、慰めになってないぞ」

「それはそれとして、書かなければ何も始まらないわ。才能が書いているわけじゃないの、それを書くのはあなたの腕よ」


 エヴァンは繋いだ手を眺めた。


「危うく納得しかけたが、才能が腕を動かすんだろどうせ」

「もう……子どもじゃないんだから拗ねないの。書かなければ何も変わらないって言いたかったのよ」


 と、その時だった。


 再び扉を叩く音がする。


「エヴァン様。ちょっとよろしいでしょうか」


 声の主はコリンだった。


「……どうした?」

「急なお客様です。アポイントがないため断ろうと思ったのですが、人物が人物でして……」


 エヴァンはアンナから慌てて手を引いて尋ねた。


「……誰が来たんだ?」

「アデーレ・メリアス様です。〝藤の庭〟で有名な作家先生でございます」


 シェンブロ夫妻は、思わず顔を見合わせた。

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↓コミカライズ決定しました!
私あの時、不幸でよかったです。
― 新着の感想 ―
[一言] これで「今年の芥川賞(みたいなもの)は誰にしましょうか?」という相談だったら… いえ、さすがにそんなことはないですよね。 恋愛小説に新人賞や中堅賞があるか、寡聞にして知りませんが…
[一言] >「アンナ。やはり小説を書けるかどうかは〝才能〟だ」 だいたいこういうことを言う人は、著名作家が裏でどれだけ努力しているか知らないんでしょうねw
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