13.暴露
「では、そのオルムステッド先生とやらの小説は──」
黙していたエヴァンが急に口を開いたので、女性陣は固まった。
「たとえ心情描写が下手くそだとしても、みんな読むのか?」
アンナが慌てて入って来る。
「ちょっとエヴァン、知りもしない話題に入らないでよ」
「……いや、前に読んだから大丈夫」
「あのねー」
憮然とするアンナに対し、二人の女性は言う。
「あら、旦那様も恋愛小説をたしなむのね?女性は全員が全員心情描写ばかりが読みたいわけではないのよ。確かにそういう人も多いとは思うけど、似たような話ばかり読んでいてはいつか飽きるわよね」
「オルムステッド先生は恋愛小説でも変わり種の人。とにかく読者をあっと驚かせたい一心で書いていらっしゃるんじゃないかしら。だからぐいぐい引き込まれるのよ」
「正直、心には残らないわね。でも、サーカスに連れて行って貰ったような、クセになる高揚感がある」
エヴァンは彼女たちの言葉を心に刻んだ。
「そうか……珍味みたいなものか」
「うふふ。確かにそうですね」
「毎日だときついが、たまに食べると美味しいというような」
「ちょっと、あなたの旦那様、なかなかに分かってらっしゃるわね?」
「もう、エヴァンったら……」
アンナは顔を赤くした。
〝藤の庭〟ゆかりの地を妻と散策しつつ、エヴァンは彼女に問うた。
「ここに聖地巡礼に来る人は、みんな、小説が本当に好きなんだな」
アンナは草原の中に佇み、微笑んだ。
「そうね。私も──」
「空想に心を救われて来た人たちなんだ、きっと」
大きな風が吹く。アンナは髪を押さえて頷いた。
「エヴァン、あなたもなの?」
エヴァンも頷いた。
「私は子どもの頃、出来が悪かったから──寄宿学校に入るのにとても苦労したんだ」
「あら、そうでしたの……意外」
「勉強が出来ないので毎日両親に鞭打たれた」
「……ひどいことをされたのね」
「だから、逃げるように小説を貪り読んだんだ」
アンナは慰めるように、エヴァンの腕にしがみついた。
「私も一緒。女の人生は自分だけではどうにもならないって気づいた時、小説に助けられたの」
「生きている限り、どうにもならないことは次々起こる。人はそれを乗り越える勇気を貰うために、物語を生み出すんだ」
アンナはエヴァンの瞳を見上げて思う。
彼はようやく自分の言葉で自分の境遇を語ろうとしている。
正直、今までのエヴァンは何を話すにせよどこか心がこもっていない気がしていたが、今日ようやく彼は心の声を素直に妻に話している。アンナは嬉しくなった。
「初めて聞くことばかりだわ」
「私も今日が初めてだ。誰かにこんな話をしたのは」
「……そうなのね。今まで本音は話せなかった?」
「ああ。アンナだから、話せたんだ」
「ふふふ。あなたって本当に変な人ね」
アンナは、当初から偏屈エヴァンを憎み切れなかった理由が分かった。
それは良くも悪くも、彼が本音で生きている人だからだ。
エヴァンは腕にしがみついている妻を見つめ、じっと考えるとこう尋ねた。
「……実は、君に秘密にしていることがある」
アンナは跳ねるように顔を上げた。
「知りたければ教える。知りたくなければ言わない」
アンナは何か思い詰めたような表情のエヴァンを見つめ、もっと彼を知りたいと思った。
「あなたの秘密を……教えてくれるの?」
「アンナ、君だけになら」
「私だけ……」
秘密の共有という甘美な状況に、夢見がちなアンナが抗えるはずもなかった。
「教えて。あなたのことがもっと知りたいわ、エヴァン」
エヴァンは少し苦悩の面持ちになってから、ぽつりと告白した。
「ブリジット・オルムステッドは──私だ」