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全員殺しますわよシリーズ

最悪魔法少女☆リゼ・スカーレットは世界を浄化する ~獣人民族戦争編~

4/25 AM 11:00 後半部分を一部加筆しました


 スカーレットカラーの髪を短く切り揃えた少女は、高い塀に囲まれた施設で暮していた。


 当時の年齢は6歳。施設の中には同年代の少女が集められており、全員が同じ白いワンピースを着て生活していた。


 身に着けている物の中で唯一違う物は胸に取り付けられた番号札だ。少女の胸には『1050』と記載された番号札がピン留めされていて、施設内にいる大人から呼ばれる際はその番号で呼ばれていた。


「1050番。今日のお手伝いはこの板を燃やすことよ」


 少女は施設内での衣食住を約束される代わり、お手伝いと呼ばれる仕事に従事する。毎日違った事を要求されるが、共通しているのは『火』に関する事だった。


 彼女は指先から小さな火を生み出して、大人の女性が手渡してきた木の板に近付ける。プスプスと板の表面が焦げていって、徐々に中心には黒い点が生まれていく。次第に焦げ跡からは小さな火が生まれ、板全体に燃え広がっていった。


 それを見た大人の女性はバインダーに挟んだ紙に何かを記載していく。記載が終わると「よし」と短く言って頷くが、少女はただ黙ったまま彼女を見上げるだけだった。


「昼食を食べてきなさい」


 大人の女性は「もう用は済んだ」とばかりにぶっきらぼうに次の指示を口にする。少女のいる広い部屋には他の少女達もいるが、中には『お手伝い』が上手くいかないせいか大人の女性に頬を叩かれて泣いている子もいた。


 だが、少女は特に気にしない。いつもの事だからだ。少女は黙ったまま、大人の女性に頷きもせず食堂に向かって行った。


 自分という個の自我を自覚してから何も変わり映えのない毎日。たまに周囲へ目を向ければ見知らぬ少女が増えたり、またはいつもいた少女が消えていたりもしたが、気にしてもしょうがない事だと幼いながらに理解していた。


 昼食を摂った少女は与えられた自室に戻る。そこで唯一の楽しみを満喫するのだ。


 この少女にとって『楽しい』と感じられる時間は大人達に与えられた絵本を読む事。既に何百回と読み返した絵本だが、少女にとって現実から逃避できる唯一の別世界と言えるだろう。


 絵本の中では自分と同じくらいの女の子が青い空の下で魔法という異能を用いて友達の悩みを解決していくコメディチックな内容だ。最終的に絵本の主人公はとても綺麗な世界でみんな仲良く楽しみながら暮らしてハッピーエンド、というものだった。


 少女はこの絵本の中にいる主人公に自分を投影していた。


 自分の絵本の中にいる女の子のように青い空の下で暮らしたい。外の世界に出て自由に暮らしたい。綺麗で輝かしい世界を堪能したい。いつしか逃避する世界を求めるようになっていった。


 毎日毎日、同じことの繰り返し。幼い少女にとって今の生活には『飽き』がきていた。


 大人達に強制されるお手伝いをして、食事をして、眠るだけの毎日に少女はうんざりしていたのだ。故に彼女の中には『自由になりたい』という欲求と子供特有の好奇心が日に日に肥大していく。


 そして、少女の欲求と好奇心は遂に爆発した。


「今日のお手伝いは、ここからあの的を燃やすことよ」


 塀に囲まれた施設の運動場に連れて来られた少女は、指定の場所から離れた位置にある的を燃やせと命じられる。


「あれを燃やしたら、外に出してくれる?」


「は?」


「あれを燃やしたら、この場所から外の世界に連れてってくれる?」


 少女は大人の女性を見上げながらそう問うが、女性は鼻で笑って少女を見下す。


「出れるわけないでしょ? 馬鹿言ってないで早くやりなさい。叩かれたいの?」


 女性の言葉を聞いた少女は「やっぱり」と内心思ったに違いない。何も言い返さず、黙って女性を見上げる少女の瞳には純粋でありながらも残酷な光が宿っていた。


「じゃあ、いいや」


 そう呟いた少女は女性の足に触れた。一体何を? と一瞬だけ怪訝に思う表情を浮かべた女性は、少女が事を起こす間際に悟ったのだろう。


 何か叫ぼうとしながら慌てて距離を取ろうと足を動かすが遅かった。触れられていた箇所から熱を感じたのが最後、女性の体は炎に包まれる。


 断末魔を上げる暇さえないほど一瞬で火達磨になった女性は地面に倒れる。


「おい、何をして――」


 他の大人が異変に気付き、声を上げるが女性を燃やした少女はニコリと笑いながら運動場に炎を生み出し続ける。場は一瞬で炎に包まれて、生み出された炎は運動場から少女達が暮らす施設へと伸びていく。


 やがて炎は全てを飲み込み、炎を生み出した主である少女以外の全てに燃え移った。


 運動場にいた他の大人や少女達は勿論の事、建物の中にいた者達や建物自体すらも炎は全てを飲み込んで燃やしていく。


 全てを燃やし尽くしてから数時間後、塀の外側から大量の水が降り注いだ。ずっと運動場に佇んでいた少女は雨のように降り注ぐ水を浴びながら空を見つめて――


「外、行けるかな?」


 ニコリと笑いながらそう呟く。



-----



 運動場で佇んでいた少女は塀の外からやって来た大人に保護された。彼女を保護した大人――軍服を着た男が何があったのか、と問うと少女は素直に全てを話した。


「外に行きたいから全部燃やした」


 それを聞いた軍人は慌てて少女に手錠のような物を嵌める。同時に何か叫んでもいたが、少女には理解できぬ事だったろう。


 少女は一日だけ軍施設で勾留されると翌日には別の施設へと移送される。どこか高級感漂う場所に興味がそそられたのか、大人に囲まれながら連れて行かれる少女は頻りに首を動かして周囲の様子を観察し続けた。


 連行された先は執務室と呼ばれる個人用の部屋。


 少女が対面したのは白髪の混じった茶色い髪をオールバックにした老人だった。何より特徴的なのは顔の右側にある片眼鏡だろう。金色の縁と金のチェーンで繋がったそれは執務室に飾られた装飾品と同じように高級感が漂う。


「君はどうして施設を燃やしたんだい?」


 少女と相対する老人は執務机の上で手を組みながら真剣な顔で問う。


 事の重大さを理解できない少女は首を少しだけ傾げながら「外に出たかった」と動機を素直に告げた。


「どうして外に出たかったんだい?」


「自由になりたかった。お外の世界で好きに暮らしたかったから」


 きっと老人の他に少女の動機を聞いていた者達は「そんな理由で」と戦慄しただろう。幼い子供らしい理由で少女は施設内にいた五百名以上の命を奪ったのだから。


「ほう。自由に、か。自由になったら何がしたい?」


「…………?」


 老人の問いに少女は首をちょこんと傾げる。実に子供らしいリアクションだ。少女はたっぷり考えてようやく思いついたのか、少し目を見開きながら話し始めた。


「とっても綺麗な世界で暮らすの。みんな笑顔で暮らすの」


「綺麗な世界か。それは楽しそうだ」


 少女の言葉を聞いた老人は、彼女の答えが余程気に入ったのか満面の笑みを浮かべた。何度が頷いた後に笑顔のままで告げる。


「君に自由をあげても良い。でも、自由には代償が伴うんだよ」


「代償?」


 代償って何? と意味を問うように少女は老人を見つめた。


「自由に暮らす為には色々とルールがあるんだ。君以外に他の人達も暮らしているからね。ルールを守れないと自由に暮らすことはできないんだよ」


 そうなんだ。そう呟きながら少女は残念そうに肩を落とす。だが、老人は笑顔のままで「でもね」と続けた。


「おじさん達の手伝いをしてくれれば、君に自由を与えてもいい。ルールの範囲内なら好きな事をしても怒らないし、君が思う通りに何をしても良いよ」


 どうだい? 仕事をするかい? と老人は少女に問う。


「うん。いいよ」


「そうか。それは良い決断だ」


 老人は再び笑顔で何度も頷くと近くにいた男性に何かを指示するように話し掛けた。それが終わると再び少女に顔を戻して笑いかける。


「明日、君を迎えに行こう。それまでは昨日いた場所で過ごしてくれるかな?」


「うん。わかった」


「よし、決まりだ。じゃあ、大人の言う事を聞いて良い子で待っているようにね」


 話が纏まると少女は大人達に再び連行されるように部屋から連れ出された。彼女が執務室から出て、ドアが閉まる僅か数秒の間――


『あれは成功作だ』


 室内にいた老人が放った言葉は少女の耳に届かない。


-----



 最初の舞台となるのは肌を刺すような強い日差しが降り注ぐ砂漠地帯にある国。


 国名をウ・ガ獣国という。国名に『獣』という文字が入っている通り、この国に住む大半の種族は獣人族で占められている。


 元々単一部族だった『ア・ギ獣人民族』からいくつかの集落が『ウ・ガ獣人民族』として独立し、新しい民族国として立ち上げたのが国家樹立の切っ掛けである。


 国土としては周辺国家と比べてかなり小さく、誕生の歴史もまだまだ短い小国だ。砂漠地帯のど真ん中にある事から水が貴重となっていて、場合によっては貴金属を買うよりも水の方が値段が高くなるといった現象が起きる。


 ウ・ガ獣国の最大の街――ウ・ガ首都を初めて見た者達は街の造りが住居のピラミッドのようだと言うだろう。


 元々山だった場所に住みついたウ・ガ民族が麓に住居を建て、位の高い者達が山の山頂付近に住むという民族的伝統が未だ続く街である。


 従って、麓付近に住む者達は貧困層。中間層は中腹に住居を構え、富裕層や国のトップは山頂付近に居を構えていた。


 麓にある貧困層が住まう場所はまるでスラムのような雰囲気だ。道の至る所にゴミが散乱していて清潔感は全く無く、雑多な住居とテントで作った露店が並び、人や物がひしめき合う。


 中間層が住まう中腹付近は多少マシになり、富裕層達が住まう山頂付近は逆にスカスカといったイメージを抱く。ただ、富裕層達が住む家は貧困層の者達が住むボロ小屋と比べて遥かに豪勢な住居を建てているのだが。


 とにかく、この国は格差が大きい。国民はこの国を『最悪』と呼ぶほどに。貧困層に位置する国民がほとんどで、富裕層は全体人口の僅か五%未満。


 国のトップと富裕層が国を支配しており、貧困層に位置する者達は日々の飢えを凌ぐので精一杯。生まれた家が貧困であれば一生這い上がれない、富裕層に使われる人生で終わるだろうと言われるほどに希望も無い。


 なぜ、これほどまで格差があるのかというと国のトップたる大統領が独裁者にカテゴライズされるような人物だからだ。


 現在のウ・ガ獣国大統領は民族統一という野望を掲げ、隣国――元々属していた『ア・ギ族』の土地を手に入れようと躍起になっていた。


 貧困層の者達を安い賃金で働かせ、国庫の金は軍備増強に費やして。民族戦争に兵士を送り込むべく、健康的で若い男は問答無用で軍に徴兵される。


 貧困層の者達が少しでも反抗すれば横暴な民族軍に暴行され、民族軍が『教育』という名の暴行の末に相手を殺害してしまっても罪には問われず。徴兵された者達は民族軍のやり方に染まって更なる被害者を……と負の連鎖が続く。


 それでいて、国のトップである大統領は豪勢で優雅な毎日を送っているのだ。


 山頂付近にある大統領官邸は黄金の外壁をしたキンキラキンな豪邸で、中では美女を何人も侍らせながら美味い食べ物を食して過ごしているという。これら大統領が日々を過ごす資金は国の税金から賄われているというのだから最悪とも言いたくなるだろう。


 世界各国では王政撤廃や貴族制度の廃止などが進んで国民による平等性が求められる中、未だ独裁者として君臨しながら民族戦争を続けるこの国は国際的に見ても数世代ほど遅れていると言わざるを得ない。


 ――前置きが長くなってしまったが、このクソッタレな街の貧困街には似つかわしくない恰好をした二人の女性が道を歩いていた。


 先頭を行く女性の身長は百五十センチ台とこの世界では平均よりも背が低い。しかし、身なりは高級品質で作られた最新トレンドの服装だ。


 黒いジャケットに白いシャツと黒いネクタイ、赤いチェック柄のスカートを履いて若々しいふとももを惜しげもなく露出させる。足にはジャングルブーツのようなゴツイ靴を履いていて、これは砂漠を歩くための物だろうか。


 容姿としては、燃える炎のようなスカーレットカラーの長い髪をツインテールにしながら、毛先の付近がドリルのような巻き髪になっているのが一番のポイント。


 顔は作られた人形のように整っている。目には緑色の瞳、睫も長くて、顔全体も小さく世の女性が羨むような造りである。


 ただ、全体として見ればまだ少女のような幼さが残る。これは背が低いせいもあるかもしれないが、例え彼女が成人である二十を越えていると言っても信じてはもらえないだろう。


 しかし、彼女を一目見た者は美少女と評価するに違いない。道行くウ・ガ獣国国民男女問わず誰もが彼女を目で追ってしまうほどに、美しい容姿を持つ美少女であった。


 更に、美少女の後ろを着いて行くメイド服を着た女性の存在も注目させる要因となっているだろう。


 太陽の光を反射するような綺麗な長い金髪ストレートヘアーと黒を基調としたメイド服に白いエプロン。所謂、エプロンドレスと呼ばれるようなロングスカートタイプの侍女服を身に纏いながら、手にはやや大きめの革鞄を持って。


 先頭を歩く美少女の侍女と思われる彼女もまた、主に負けず劣らず美しい。長い金髪は勿論のこと、大きな目と黒い瞳、きゅっと閉じられた形の良い唇。彼女の方は身長も高く、成人女性としては年相応の容姿と言えるだろう。


 道行く人や露店で食材を売る者達から囁かれながらも注目される二人であったが、彼女達は堂々と貧困街の道を歩きながら――


「クソ暑いですわ……」


 先頭を歩く美少女はスカートのポケットから白いハンカチを取り出すと額に浮かんでいた汗を拭きとる。


 他人に注目されている状態で悪態を吐き、空に浮かぶ太陽を忌々しく睨みつけながら舌打ちを鳴らす事から、この美少女は普段から注目される事に慣れ切っているのだろう。


「お嬢様、水売りの店があります」


 後ろをぴたりと付いて歩く侍女が美少女に向かって告げながら斜め前にある露店を指差す。美少女は相変わらず不機嫌そうな顔を浮かべながら水売りの露店に近付き、露店に並べられた透明の容器に入った水のボトルを掴み取る。


「お嬢さん、ボトル一本で千ウーガだよ。ルツ払いなら百ルツだ」


 頭全体にボロ布を巻いて日差し対策をする獣人の親父がニコニコと笑いながら『外向け価格』を告げた。敢えて値段を記載した看板を置かずに客を見て値段を決めるといった、この国の露店では常識的な販売方法である。


 ボトルを掴んだ美少女の身なりを見て、外国から何も知らずにやって来た上客――いや、民族戦争真っただ中の国にノコノコとやってきたイカれた女だと思ったに違いない。


 加えて、国際的に信用度が高い外貨(ルツ)でも支払い可能だと言うくらいだから珍しいイカれた外国人相手から出来るだけ毟り取ろうという魂胆なのだろう。


 まぁ、確かにこの親父の目利きは一部正しい。この美少女は外国からやって来た者であるが、物の価値を知らぬわけでも頭がおかしいわけでもない。


「この便所水のような水がですの?」


 美少女は掴んだボトルを太陽の光に透かせて、水の中に浮かぶ異物を確認してみせた。少し濁ったような水の中に砂利のような粒が混入している。


 指摘された露店の親父は浮かべていた営業スマイルから一変。怒ったような表情に変わって舌を鳴らした。


「チッ。馬鹿な観光客じゃねえのかよ」


「残念でしたわね」


 対し、今度は美少女の方が良い笑顔を浮かべる。ニコリと笑った顔はまるで天使の微笑みのようで、怒り顔だった露店の親父がたじろぐほどの神秘的な美しさがあった。


「この辺りに綺麗な水が飲める場所はありまして? 値が張っても構いませんわ」


「お、おう……。この先に酒場がある。綺麗な水は売ってないが、大山羊の乳が飲めるぜ」


 歳甲斐もなく美少女の笑顔で顔を赤らめた露店の親父は道の先を指差した。大体二百メートル先に酒場があって、この国では水の代替え飲料である山羊のミルクが飲めるらしい。


「……まぁ、良しとしましょう」


 カラカラの喉を潤すには少し合わないかもしれないが、汚い水を飲むよりはマシだと思ったのだろう。美少女は頷き、道の先にある酒場を目指した。


 露店の親父が告げた通り、道の先には酒場を示す吊り看板を携えた店があった。この国の貧困街には露店がほとんどだが、酒場だけは盗難対策を施すために建物を使って経営する事が多い。


 美少女は戸惑うことなく店のドアを開ける。すると、店の中は少し薄暗くて如何にも悪い奴等の溜まり場といった雰囲気。


 しかしながら、ドアを開けた時の勢いそのままに美少女と侍女はカウンター先に座った。珍しい客にカウンターの中にいたマスターはグラスを磨く手を止めて二人に注目してしまう。


「お嬢ちゃん、ここは――」


「大山羊のミルクを2杯お願いしますわね」


 酒場のマスターが「ここはガラが悪い奴等が集まる場所だ」と警告しようとしたのにも拘らず、美少女は彼の言葉を遮って注文を告げた。


 マスターは一瞬固まりながら目だけで店の奥を見やる。奥のテーブル席に座る数人の男達が獲物を見つけた獣のように美少女達を見ているのを確認しつつも、彼は手早くグラスにミルクを注いで二人の前に置いた。


「これを飲んだらさっさと出て行った方が良い」


 きっと彼は善人なのだろう。奥にいる者達から少女を守ろうとするくらいには。今度はしっかりと忠告を口にするが……。


「お構いなく」


 言われた美少女は露店の親父に向けた時と同じ笑顔を浮かべるだけ。片手でグラスを掴み、ぐびりとミルクを口にした。


「ふぅむ。味は濃厚ですわね。でも、少し臭みがあるのが頂けませんわ」


 上唇の上に白いヒゲを作りながら評論家のような一言。言動とマッチしていない可愛らしい一面を見たマスターは思わず苦笑いを浮かべてしまうが、次の瞬間には顔に焦りが浮かぶ。


「お嬢ちゃん、すぐに店から――」


「おいおい、お嬢ちゃん。こんな場所に女二人で来るなんていけないねぇ?」


 焦りを浮かべるマスターに鋭い目付きを向けながら近寄って来たのは、先ほど奥のテーブルで目を光らせていた男達であった。


 狼のような耳と尻尾を持った4人組の男性達は美少女の背後に立ち、二人が逃げられないように壁を作る。これが彼等の常套手段なのだろう。


 外から来た者達を見つけて絡み、暴行を加えて金銭を奪い取る。今回の場合は女性二人とあって、金銭を取られるだけでは済まされないのは想像に容易い。


「…………」


 しかし、美少女と侍女は相変わらずミルクを飲んでいるだけ。ガラの悪い獣人達を一切無視して、喉を潤す事に集中していた。


「おい! テメェら! 無視して済まされると思ってんのかッ!」


 その態度が余計に彼等の心に火を点けたのだろう。男達はテーブルに手を叩きつけ、美少女の横顔を覗き込んでその美貌を確認すると「いかにも」な悪党顔を向ける。


「ハッ。こりゃあ超上玉じゃねえか。どっちも楽しめそうだぜ」


 絶世の美少女と美女のコンビに男達のボルテージは上がる一方。舌なめずりしながら脳内で二人に行う行為を考えているに違いない。


 リーダー格と思われる男性が美少女の手を掴もうと手を伸ばした時――店のドアが勢いよく開いた。


「民族軍!?」


 店の中に入って来たのは屈強な熊の獣人達。貧困街にいるようなガラの悪い者達なんてワンパンで沈めてしまいそうな太い手足を持った者達だ。


 しかも体格が凄まじいだけじゃなく、手には『魔導銃』と呼ばれる殺人兵器。魔法の弾を飛ばして相手を殺傷する小型兵器まで持っていた


 美少女に絡んでいた男達どころか店のマスターすらも驚きの声を上げる。


 店の中に入ってきた4人の民族軍兵は真っ直ぐと美少女達へと向かい――


「ミス・スカーレット。お迎えにあがりました」


 屈強な民族兵達は美少女の背中に向かって告げる。この国において武力の象徴、大統領の忠実な手足であり、逆らえば殺されてしまうような存在が背の低い少女に向かって敬語を使っているのだ。


 その様子に酒場のマスターと絡んで来た男達は口が開いたまま言葉が出ない。


「あら。見つかってしまいましたわね」


 そんな民族兵達に向かって「うふふ」と軽々しく笑う美少女を見て、余計に「こいつは何者だ」と部外者達は思っているに違いない。


「……彼等は?」


 民族兵の一人がそう言いながら、絡んできた男達に目を向ける。向けられた男達は一斉に縮み上がり、懇願するような目線を美少女に向けた。


「私が美しすぎるので寄って来た()()のようですわ」


 しかし、男達の目線など一瞥もせず。美少女は素直に自分の思っていた言葉を告げた。


「そうですか。おい、こいつらを外に連れ出せ」


「お、俺達は何もしてない! 何もしてないんだ!!」


 民族兵は仲間に声を掛けると、4人の男達を外に連れ出した。彼等が外で何をされるのかは……きっと路地裏に穴だらけになって動かぬ獣人の肉が4つ並ぶくらいで済まされるだろう。


「参りましょう。大統領がお待ちです」


「あら? いつもの取引担当の方が相手ではないのかしら?」


「はい。ミス・スカーレットのお話が大統領のお耳に入ったらしく、会ってみたいと申しております」


「そう」


 話を聞く限り、この美少女はこの国と何らかの取引を行っているようだ。それも今回が初めてではない様子。


 美少女はグラスに入ったミルクを飲み干し、ワイルドにも手の甲で口元を拭う。ポケットからこの国の紙幣を一枚取り出してカウンターに置いた。


「これで足りまして?」


「あ、え、はい……」


 置かれた紙幣は紙幣の中でも最高額だ。慌ててお釣りを用意しようとするマスターだったが――


「釣りはいりませんことよ」


 美少女はそう言って、民族兵達と共に去って行くのであった。



-----



 ウ・ガ首都である山の山頂付近に建設された金の屋敷。そこが代々ウ・ガ族族長の血筋が暮らしていた家である。外見としては屋敷というよりも小さな宮殿と言った方が正しい形だろう。


 金の屋敷とあるように屋敷の外壁は全て純金で出来ていて、辛うじて屋根の一部と玄関ドアの材質が違う。どうしてそこだけ、と疑問を抱くかもしれないが家主であるウ・ガ獣国大統領――ウ・ガ・マルグからの希望だそう。


 独裁的で成金感たっぷりな屋敷の外見はともかく、民族兵と合流した美少女は屋敷の中へと通された。


 屋敷の中は吹き抜けになっていて、エントランスの奥にあった大きな客間に通される。屋敷の中にあるインテリアもほとんどが金で作られた物ばかりであり、客間の横にある大きなガラス窓の先を見れば金で出来たプールが見えた。


「どうぞ、ミス・スカーレット」


 客間に用意された椅子(純金製)に座るよう促され、純金製のテーブルの上には金の杯に注がれた綺麗な水が用意される。


「頂きますわ」


 純金製の硬い椅子のせいか、美少女は何度も尻の位置を変えながらも出された金の杯を手に取って中の綺麗な水で喉を潤した。やはり喉を潤すには山羊のミルクよりも水が一番だろう。美少女はゴクゴクと喉を鳴らしながら水を飲み干してしまう。


 飲み干してテーブルに杯を置いた矢先に氷と水で満たされたガラス製のピッチャーが登場。それを運んで来た獣人の女性――煽情的な布面積の少ない踊り子のような服装をした――が「お好きなだけお飲み下さい」と言いながらおかわりを注いでくれる。


 貧困層が住まう麓の街とは一変し、綺麗な水は飲み放題というのがこの国においての贅沢さを物語る。勿論、国民の血税で作った金の屋敷もそうだが。


 加えて召使と思われる女性に対しての服装などもそうだ。国民が独裁者と呼ぶように、家の主である大統領は人の欲望に忠実なのだろうなというのが窺える。


 といっても、歓待を受けている美少女の表情は貧困街にいた時と全く変わっていないのだが。


「ヘーイ! お前がミス・スカーレットか?」


 そうこうしているうちに部下を引き連れながら一人の獣人男性がやって来た。


 身なりは金色のバスローブのような物を羽織り、下はパンツ一丁。ムキムキの胸筋を見せつけながら金の短髪をワックスでオールバックに固めて、目には大きめのサングラスを装着したふざけた野郎だ。


 彼は金狼というウ・ガ族長の血筋にしか生まれない希少種であり、この国のトップである大統領と名乗る者。


 この国のトップを選出する際は国民投票などでは選ばれず、武力をチラつかせて有無を言わさず族長家の血筋が就任する事になっている。これが独裁者と言わずなんと言おう。


 それはさて置き、遥々別大陸からやって来た美少女の前にウ・ガ獣国大統領であるウ・ガ・マルグが姿を現した。


「ええ。私がリゼ・スカーレットですわ。ごきげんよう、大統領」


 ふざけた男の登場にも動じない美少女――リゼは純金の椅子に座ったまま天使のような笑顔を向けて挨拶する。


 それを受けたマルグは顎に手を当てながら「ふ~ん」と小さく零しつつ、リゼの顔から上半身を舐めるように見つめたが……。


「世界最高の武器商人と名高く、エルティエラ国にある名家のお嬢様。それを聞いてどんな女かと思っていたが、想像とは違ったな」


「あら。想像通りでしたら、どうしていましたの?」


「俺の想像だとナイスバディな女かと思っていたぜ! 想像通りだったら俺が抱いてやっても良かったんだが……。胸が貧相すぎたな」  


 マルグは初対面であるリゼに対し、肉体的な部分を指摘する。何とも失礼な男であるが、彼の言った通りリゼの胸はストンと真っ平に近い。脱げば起伏がある、と本人は言うだろうが服の上からでは少々分かりにくいと言わざるを得なかった。


「ぶっ殺しますわよ」


 リゼの印象としては「ふざけた野郎」から「クソ野郎」に格下げか。彼女の営業スマイルである天使の笑顔は続けられているものの、目だけは笑っていない。


「はははッ! 威勢の良いお嬢様だッ! まぁ、いいさ。俺は兵器さえ手に入ればいい。最近じゃあ、連合軍がア・ギ族側を優遇してやがるからな。ここらで一発派手にやってやりたいぜ」


 戦争に勝つための兵器をな、と言いながらマルグはリゼの対面に座った。


 座るなり召使の女性に酒を持ってこさせ、金の杯に注がれた高級ワインをガブガブと水のように飲み干す様からは若干のイラつきが垣間見える。


 というのも、彼が言ったように戦争相手であるア・ギ族側に世界でトップを争う三つの大国――三大国と呼ばれる国々が平和維持と重要文化財保護の名目で介入を始めたからだ。


 三大国は軍をア・ギ族側の領土へ連合軍という混成軍隊を派兵し、ア・ギ族領土内にある歴史的な建造物等の保護と怪我や病気になった人々を救済する活動を行っている。


 世界最先端の魔導技術を用いて製造された兵器や魔導銃を持つ連合軍が相手国内に駐留しているとなれば、ウ・ガ族側は報復を恐れて迂闊にア・ギ族領土内へ踏み込む事も出来ず。


 マルグとしては連合軍すらも蹴散らせる最新式の魔導兵器を投入して状況を打開したいと思っているのだろう。


「では、さっそく商談に入りましょう」


 リゼがそう言いながら、侍女の持っていた鞄から何枚かの紙を取り出す。紙にはスカーレット家が販売する『魔導兵器』のラインナップが書かれており、それをマルグの前にスライドさせた。


「商談、ねえ」


 二杯目のワインを飲み干したマルグは口元を腕で拭い、狼らしい獰猛な目をリゼに向ける。


「俺はな、よく国民に強欲で独裁者だと言われているようだ。だが、それは自分でも認めているよ。俺はこの国で一番偉く、強い存在だ。だから強欲でも構わないと思わないか?」


 どうだ? とリゼに同意を求めるマルグ。しかし、彼女の返答を待たずに彼は犬歯を見せながらニヤリと笑った。


「お前が持つ兵器を全て俺に寄越せ。タダでだ」


 なるほど、確かに強欲だ。リゼの事を武器()()と知って招いておきながら、商人の商売道具をタダで寄越せと言う。


 しかも、彼は右手二本指を立てて周りにいる武装した民族兵達に合図を送った。すると、客間にいた二十人ほどの民族兵達が一斉にリゼへと魔導銃の銃口を向ける。


 これは「寄越さなかったら命は無い」と脅しているのだろう。


「ふふ」


 だが、銃口を向けられながら脅されている本人は小さく笑うとテーブルの上で両手を組んだ。


「二つほど言いたい事がございますわ」


「なんだ?」


 命乞いでもするのか、とマルグは思っていただろう。しかし、そうじゃない。リゼは天使のような笑みを浮かべながら告げる。


「まず一つ。我がスカーレット家は武器商人ではありません。貿易商ですわ」


 この世界、この時代において武器商人というのは国際的に禁止されている職業ではない。だが、死の商人とも比喩される名では些か響きが悪いだろう。


 それにスカーレット家が扱う商品は武器や兵器だけじゃない。食料や小物、金属類や木材など扱う商品は多く、各国でしっかりと認可されたクリーンな貿易商会を営んでいるのだ。


 扱い品目の中に()()()()と兵器類も混じっているというだけ。大陸間の貿易をする際に大量栽培された芋などと一緒に魔導兵器を運んでいるだけの話。


 故に彼女は武器商人ではなく、貿易商であると訂正した。


「二つ目。これが一番重要な事ですわ。私、誰かに利用される事が一番嫌いですのよ? それに私も貴方と同じように人の上にいなければ我慢できないタイプの人種ですの」


 リゼ・スカーレットは誰かに利用される事が大嫌いだ。それでいて、自分と他人の格付けにおいて自分が上でなければ我慢が出来ない。


 共に歩む協力関係、単純な商売相手となれば話は別であるが、自分に対して無条件に上から語る相手に対しては上下関係をしっかり認識させねば気が済まないタイプ。特に今回のような相手であれば猶更だろう。


 故に、今回のような「脅し」には決して屈さない。なぜなら屈してしまえば、リゼとマルグの関係性は対等ではなくなってリゼの方が()になってしまうからだ。 


「へえ。じゃあ、この状況はどうするんだ?」


 ニコニコと余裕な笑みを浮かべていても、人を簡単に殺してしまう武器を向けられている現実は変わらない。マルグにとっては訂正されたところで状況は変わらないと言いたいのだろう。


「こうするんですわ」


 しかし、リゼが強欲な独裁者に対して強気に出るにも理由がある。


 彼女はジャケットの内ポケットから小さく薄い端末を取り出した。彼女が取り出したのは世界中で普及している魔導具と呼ばれる物の中でも特別製の物だ。


 端末の側面を指で押すと文字や数字が浮き出した。浮き出した文字を組み合わせ、魔導具に命令を与えて実行。端末から『ピロン』と電子音のような音が鳴った。


「そこの貴方、引き金を引きなさい」


 音が鳴った直後、彼女は横にいた民族兵に自分を指差しながら「撃て」と命じる。


「は? え?」


「だから、私を撃ちなさいと言っているのですわ」


 戸惑う民族兵はリゼとマルグの顔を何度も行ったり来たりさせて、どうしていいか判断できない様子。


 マルグも強気に言うリゼに対して何かを感じ取ったのだろう。マルグは黙ったまま頷くと、戸惑う民族兵は魔導銃をしっかりと構えてリゼの頭部へ狙いを定めた。そして、引き金を引くが――


 カチン。


 魔導銃の後部に取り付けられた術式起動用のハンマーが動くも、魔法で形成される弾は出ない。


「ああ、そちらの貴方もどうぞ」


 別の者に対しても同じように撃てと命じるが、何度やっても、誰がやっても結果は同じ。


「一体どういう事だ!?」


 魔導銃が撃てぬ状況にマルグは驚きながらも怒声を上げた。当然だ。先ほどまで有利だと思っていた状況が変わってしまったのだから。


「簡単な事ですわ。現在、世界各国で生産されている魔導銃には共通規格のコアパーツが使われていますのよ? それを使用不可にしてしまえば弾が生成されなくなりますわ」


 魔導銃には核となる部分が必ず組み込まれている。それは魔法の弾を生成する術式ユニットと呼ばれるコアパーツなのだが、各地で生産されるモデルに特徴はあれど術式ユニットに使われる『弾の生成』という魔法原理は全て共通している。


 この『弾の生成』を成す際のプロセスを邪魔してやれば魔導銃はただの金属でできた鈍器に早変わり。


「ど、どうやってそんな事を……」


「ふふ。秘密ですわよ」


 リゼは天使のような笑みを浮かべながら方法は明かさない。ただ、取り出した携帯端末が鍵となっているのは明らかだろう。マルグも馬鹿じゃないのか、それを見逃しはしなかった。


「その魔導具を奪えば――」


「ああ、私の美しい肌に指一本でも触れれば全員ぶっ殺しますから、そのつもりで」


 リゼはそう言いながら、今度は指をパチンと鳴らす。瞬間、先ほど最初にリゼを撃とうとした民族兵が悲鳴を上げた。


 一体今度は何事かとマルグが目を向けると、民族兵の持っていた魔導銃がドロドロに融解しているではないか。金属で作られた魔導銃が高温で溶け、民族兵の腕は火傷よりも酷い状態になってしまっている。


 大の大人が悲鳴を上げながら客間の床を転げまわり、熱い、助けて、などと声を上げる惨状にマルグの背中には冷や汗が流れた。


 マルグは長く民族戦争を続ける中で、何度も暗殺されそうになったこともある。相手がどんな手段を使って人を殺そうとするのか、ほとんどを熟知していたはずだったが今回のような状況は人生初めてと言えよう。


 ただ、彼の胸の内ではある程度予想はあった。恐らく、この目の前にいる女は『魔法』を使ったのだろう、と。


 この世界に住まう人々は確かに魔法を行使できるが、金属で作られた物体を融解させてしまうような魔法を使えるような者はいない。使えたとしても、紙や木屑に小さな火種を飛ばすような、ある意味生活の助けになるような規模のものしか使えない。


 だからこそ、兵器として魔導具が主流となっているのだ。


 しかし、目の前にいるこの女は違う。


「お前……! 一体何者なんだ!?」


 魔導銃は使用不可、それに加えて魔導銃そのものを融解させてしまう一瞬の芸当。マルグにとって目の前にいる美少女はただの美少女という認識から「化け物」へと変わる。


「ふふ。ただの商売人でしてよ? ほんの少し、()とは違うだけ」


 貴方が言ったのでしょう? 武器商人で名家のお嬢様である、と。そう言わんばかりにリゼはこの状況を楽しむように微笑んだ。


「さぁ、茶番はここまでにして商談を続けましょう? 今度こそ、本物の商談を」


「ぐ、う」  


 一連の惨状を目の当たりにして、マルグの目に映るリゼの姿は変わって見えた。先ほどまでは民族戦争を行っている国にノコノコとやって来た世間知らずかと思っていたようだが、今となってはそれも頷ける。


 どんな魔法を使ったのか……。そもそも、あれが魔法だったのかは定かではないが、とにかく格付けは終わった。


 自分はこの女に勝てない。何か不利益な事をしてしまえば、この場にいる全員諸共殺される。そう確信があった。


「さて、どの兵器が欲しいのでしょう? 希望を言って下さいまし?」


 しかしながら、リゼは「いつも通り」だ。スカーレット家が輸出できる兵器のラインナップを見せ、どれが欲しいのかを聞く。聞いた注文を紙に書いてそれを輸出する。いつも通りの仕事スタイルを見せた。


 ただ、マルグにとってはそれがより一層不気味に見えるのだろう。


「こ、これとこれを……」


「まぁ! お目が高いですわ! 他にもこれがオススメですわよ。こちらはエルティエラにある魔導技術研究所で開発された最新式ですの。獣臭い畜生共にぶち当てれば一瞬でミンチに変わりましてよ?」


 更にはオススメ品まで提示してきて、やっている事はそこらの商人と変わらない。……彼等と同じ獣人種であるア・ギ族側を『獣臭い畜生』と呼ぶのはどうかと思うが。


 しかし、オススメを聞かされるマルグの心中は不安が渦巻いてそれどころじゃないのだろう。断ったら何をされるのか、と疑心暗鬼に陥っているに違いない。


 マルグの注文が終わるとリゼは紙に注文内容を書いた後に金額を発表。リゼが提示した金額はなんと相場の十倍。恐らくマルグの隣にいつもの取引担当がいたら「高すぎる!」と声を上げていたに違いない。 


 いくら何でも吹っ掛け過ぎだ、と思うだろう。だが、断れないのが今のマルグである。 


「因みに、我がスカーレット家との取引は全額前払いをしてもらう事になっているのは知っておりますわよね?」


「え?」


 そうなのか? と問おうにもいつもの担当者はこの席にいない。即金を用意せよ、とリゼに言われて少々焦るマルグだったが、屋敷の中にある金をありったけかき集めるしか道は無い。


「ああ、支払いはルツでお願いしますわね。この国の通貨など便所紙にしかなりませんことよ」


 世界最大規模の国土を持つ大国が刷る紙幣で払え、と言われて余計に焦る。


 ただ、これは商売人にとって当然の事だろう。いつ戦争で地図から消えるかも分からない国が発行する通貨よりも、国際的に地位が確立された大国の通貨で払えというのは常識だ。


 結果として、全額前払いは完了した。ただ、この屋敷で貯め込んでいた金はほとんどボストンバッグに詰められてしまったが。


 ルツ紙幣でパンパンに膨らんだボストンバッグを「よっこいしょ」と肩に掛けたリゼは金銭的に満身創痍になったマルグへ天使のような笑顔を向ける。


「お買い上げありがとうございますわ。商品は3日以内に届けさせましょう」


「ほ、本当に届くのか……?」


 マルグの心配も当然だ。傍から見れば脅した代償としてケツの毛まで毟られた哀れな男にしか見えない。


「まぁ! 私、貴方のような不誠実な方とは違いますのよ! ちゃんと納入しますからご安心なさって? 今までもちゃんと納品していたでしょう?」


 まぁ! の辺りでマルグの肩が跳ねたあたり、彼女に対しての正体不明な恐怖感は彼の心に突き刺さっているのだろう。だが、リゼの態度はやはりいつも通りだ。


「それではご機嫌よう。ウ・ガ族の勝利を願っていますわ」


 商談を終えたリゼ・スカーレットはニコニコと笑顔を浮かべながら金ピカの悪趣味な屋敷から立ち去った。


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 リゼはウ・ガ獣国で商談を纏めると、その足で今度は対立国であるア・ギ族の支配するアギ獣国へと入国。夜に首都へ到着すると宿で一晩明かし、翌日の日中に街の外へ赴いた。


「流石にこちらはウ・ガ族側より快適ですわね」


 そう小さく呟きながら、リゼはア・ギ獣国の首都にあるメインストリートをウ・ガ獣国の時と同様に侍女を連れて歩く。


 メインストリートの両脇にはコンクリートで作られた家や店が並び、道は風に乗って運ばれてきた砂漠地帯の砂があるものの、ウ・ガ族よりも文化的で近代的と言えるだろう。


 街の造りや景観はさすがに世界でトップを争う先進国と比べれば数段落ちるが、それでもスラムのような有様だったウ・ガ族の街とは比べ物にならないほど清潔である。


 ウ・ガ族同様に砂漠地帯にある街故に日差しは強く、水分補給をしなければすぐに熱中症になってしまいそうだ。


 しかし、こちらの国は以前マルグが言っていた通り、三大国が軍隊を派遣して保護している国。


「お水を下さいまし」


「あいよ! ボトル一本で十ルツだ!」


 メインストリートの至るところに設営された小さな露店では綺麗な水の入ったボトルが普通に買える。しかもウ・ガ族側と比べると価格は十分の一である。


 国際通貨での支払いを要求されるが、それでも良心的な値段と言えるだろう。それもこれも、連合軍が駐留しながらア・ギ族側に物資を販売しているおかげだ。


 ア・ギ族側としては金銭を払うものの、強力な軍隊に国土を守ってもらえて、更には水や食料なども輸入することができる。国が輸入した物資は国内に流通され、首都では綺麗な水が簡単に手に入るといった具合。


 しかも、国内に点在する小さな村にも物資を搬送してくれるし、村で病気になって医者に掛かれない者達まで保護して医療行為を施してくれる。


 首都で暮らす獣人達は勿論の事、小さな村で暮している者達も笑顔に満ち溢れている事だろう。


 まさに至れり尽くせり。ア・ギ国としては万々歳……と思われるが。


「どいつも偽善者達に騙されて……。哀れな国民ですこと」


 水のボトルを片手に道行く人々を見つめるリゼは彼等を鼻で笑う。


 この世に本当に心から甘い汁などあるものか。重要文化財の保護、弱者救済、不足物資の輸出……これら救済行為が本当に見返り無く行われているとでも思っているのだろうか。


 こちら側の国もウ・ガ族同様に族長一族が国のトップに立ち、代々仕えてきた側近達と共に国を運営している。連合軍が派兵される前まではウ・ガ族よりも少しマシな生活を送っていて、近代的に急速成長したのは連合軍介入が始まってからだ。


 その証拠に先代族長が舵を取っていた頃は格差が大きかった。ウ・ガ族同様に豪華な家に住み、不自由なく暮らす族長一族と富裕層達。所謂、庶民と呼ばれる者達は雨風凌げる家はあるものの、日々の糧を得ては消費していく毎日だった。


 その先代族長が2年前に病死して、息子である現在の族長に代わってから国の方針は一変。族長を支える側近の一新と共に先進国の協力を取り付け、国民は現在のような生活を手に入れられるようになった。


 国民達は現在の族長を称え、救国の英雄とまで囁く始末。果たして代替わりした直後に、物事がトントン拍子に上手く進むだろうか? 僅か数年で国が豊かになるのだろうか? 現在の族長はよほど優秀な知恵者なのか。


 そんな夢物語があるはずない。


 何事にも裏はある。特に利点ばかりが目立つ状況であれば猶更だ。


 事の全てを知る彼女からしてみれば、ア・ギ族を纏める族長一族の方がよほど『独裁者』だと思っているに違いない。


「ミス・スカーレットですね?」


 購入した水で喉を潤しているとリゼは一人の獣人男性に声を掛けられた。


 声を掛けてきた獣人男性はア・ギ族の民族衣装に身を包みながらも真剣な表情を浮かべて、腰の右側に備わった魔導拳銃のホルスターに手を添えながら返答を待つ。


「ええ。約束の時間にはまだ早いようですが?」


 彼女がこの国にやって来た理由はウ・ガ族同様に『商談』をするためだ。一週間前に交わした約束では合流時間まであと一時間はあるはずだが。


「族長の予定が詰まっておりまして。できれば約束の時間を繰り上げて頂きたいのですが」


 獣人男性の顔と態度を見る限り、拒否権は無いと言わんばかり。


「そう時間は取らせないとの事です」


 ついでに族長本人からの言葉を添えてリゼの反応を待つ。


「……ふむ。良いでしょう。観光は後回しにしますわ」


「ありがとうございます」


 リゼの表情からして「時間は取らせない」という言葉に多少の引っ掛かりを覚えたようだが、彼女は要請に乗っかる事にしたようだ。


 案内役の獣人と共にリゼは首都の最奥にある建物――族長と側近達が政治を行う宮殿へと向かった。


 ウ・ガ族の族長マルグが住まう屋敷と違い、さすがに金ピカではないがそれでも宮殿の大きさは相当なものだ。一昔前であれば王族が住まう城のような造りであるが、今ではこの中で国の政治事を決める民族議会が行われているという。


 宮殿内に入り、応接室に通されると思いきやリゼ達が案内されたのは族長の執務室。どうやら本当に予定が詰まっているようで、族長執務室の付近には書類の束を持った文官達が列を成して待機している様子があった。


「ようこそ、ミス・スカーレット。時間を繰り上げて頂いて申し訳ない」


 執務室内には部屋の主であり、この国のトップ。現ア・ギ族族長のア・ギ・カルツという名の青年だ。


 ウ・ガ族族長のマルグと違って歳はまだ二十代後半といった若さであり、希少種である銀狼族ともあって銀色の綺麗な長髪を後ろで束ねて。人懐こいような笑顔を浮かべながら挨拶する姿は、とても清潔感溢れる美男子といった第一印象を受けるだろう。


「ごきげんよう。随分とお忙しいそうですわね?」


 ただ、初めて会った彼の外見にピクリとも反応しないのがリゼという女性である。彼女もまた天使のような笑顔を浮かべて挨拶を返した。


「ええ。最近はあまり睡眠時間も取れませんよ。と、お互い忙しい身ですからね。単刀直入に言いましょう」


 カツルはニコリと一度笑い、執務机の腕で手を組みながら告げる。


「今回の取引は無効にして頂きたい。それだけではなく、貴女とは今後一切の取引を行わない方針に決まりました」


 彼の口から飛び出したのは拒否の言葉。それどころか、絶縁にも近いニュアンスの拒否である。この国とは先代族長の頃から付き合いがあるが、取引停止を告げるだけじゃなくリゼ本人に今後は国内へ入国も禁ずるとまで宣告した。


「あら。随分と思い切りましたわね」


 今後一切の入国禁止宣言を受けながらもリゼは笑顔を崩さない。


「ええ。貴女には非常にお世話になりました。ですが、気付いてしまったのですよ。貴女は私達を支援しているのではなく、この民族戦争を長引かせようとしているのでしょう? ウ・ガ族に兵器を売りつけているのがその証拠だ」


 どうやらリゼが裏でウ・ガ族にも魔導兵器を販売していた事はバレていたようだ。恐らくはこの国を支援する三大国の諜報員が掴んだ情報を聞かされたのだろう。


 父は騙せても私は騙せませんよ。そう言ってニコリと笑うカルツ。


 確かに血気盛んだった先代はリゼにとって良い顧客だったと言える。いや、ただのバカとしか彼女は思っていなかったろうが。


「ふふ」


 ただ、カツルの問いに対してリゼは笑うだけで明確な答えは返さなかった。そのリアクションが肯定であり、図星を突かれたのだと勘違いしたカルツは得意顔を浮かべるが……。


「そちらの連合国から来た教育係に授けてもらった知恵なのでしょう?」


 笑みを絶やさないリゼは部屋の片隅で立っていた人間の男を顎で示す。この部屋に入った瞬間から存在に気付いていた彼女は顎で示した男を「空気みたいな方ですわね」と言いながらクスクスと笑う。


 同時にその空気のように存在感を消していた男とカルツの肩が跳ねた事をリゼは見逃さない。


「貴方、父親よりも聡明だと振舞っていますが……。正直、父親の方がマシでしたわよ? あまり無理はしない事をオススメしますわ」


 果たして二十代そこらの若造が英雄とまで名を馳せることができるだろうか。答えは否だ。よっぽど優秀であれば別だが、目の前にいるカルツは一族の血を引くというだけで特別優秀そうな気配は微塵にも感じられない。


 どちらかと言えば演技が上手いだけ。堂々としてハッキリと物を言えばそれは立派に見えるだろう。特に血筋を大事にする者達からすれば。


「……父よりも私が劣っていると?」


「ええ。貴方の父親は三大国の()()にはならなかったでしょうね。私も最初に聞いた時は驚きましたわ。まさか、この国から採掘できるマナ・アースを差し出すなんて。とんだアホウだと思いましてよ?」


 この国には世界にとってとても重要な資源が眠っている。それは砂漠の下に埋蔵された「マナ・アース」と呼ばれる希少金属だ。


 マナ・アースは魔導具のコアパーツである術式ユニットを製造する際、かなりの親和性を発揮して魔導具の出力効率はグンと上がる。


 故に魔導具を生産する国にとっては喉から手が出るほど欲しい資源だ。特に魔導具を軍事利用する国からしてみれば、武力の源となるような物が眠っている土地と言わざるを得ない。


 だが、カツルの父である先代族長はこのマナ・アースを積極的に採掘・輸出する事はしなかった。世界に向けて販売すれば国の産業と経済が潤うのは確実だが、いつ枯渇するか分からなかったというのが本音だろう。


 細々小出しで外に出し、外貨を得ながら国を維持する。その間に民族戦争を終わらせつつ、マナ・アースに代わる産業を作ろうとしていたのだ。


 しかし、二年前に状況は一変。堅実な考えを持っていた先代族長は病死して息子が族長の座に就いた。すると、カルツは三大国にマナ・アースの自由採掘権を与える代わりに支援を得た……というのが現状のカラクリである。


 そして、一番の問題は三大国の支援を取り付けるのにア・ギ獣国側から自由採掘権を代償に提示したのか、という事だ。


「甘い蜜を見せつけられ、目先の利益に囚われるなんて」


 答えはノーである。


 リゼの持つ情報網では三大国側から手厚い支援の代価として自由採掘権を差し出すよう要請したのだ。


 つまり、現在この国を支援している三大国は()()しようとしているわけじゃない。この国を食い潰そうとしている。


 恐らくはまだ若いカルツ単身に付け込み、甘い言葉を囁いて丸め込んだのだろう。彼を取り巻く側近も古参連中を排除して一新されたのも、三大国の意思があるに違いない。 


「偽善者達に騙された愚か者。父親と国の遺産を売り払った独裁者。さて、事実を知った国民は貴方をどう罵るのかしら?」


 だが、その餌に喰い付く事を決断したのは目の前にいる愚か者である。


 先ほどからア・ギ獣国の核心を突いているリゼにカルツは反論が出来ない。それを良いことにリゼはクスクスと笑いながら煽りっぱなしだ。


「先ほどから黙って聞いていれば! この薄汚い武器商人めッ!」


 彼女の煽りに我慢できなくなったのか、カルツは表情を崩して怒声を上げる。執務机に拳を叩きつけると、顔をリゼが教育係と称した人間に向けた。


 自分では反論できず、最後まで教育係に頼ってしまうとは。彼が狼タイプの獣人なだけあって、教育係――いや、ご主人様には忠実な犬畜生らしい行動だ。


「お引き取り願った方がよろしいでしょう」


 そして、その教育係も提案を口にする。空気のように存在感を消していた人間はリゼを一瞥するとフッと口元に笑みを浮かべた。


「ミス・スカーレット。貴方は民族戦争を長引かせて、その隙にマナ・アースを独占しようと考えていたのでしょう? ですが、そうはさせない」


 彼は持論を口にして勝ち誇ったような声音で告げる。


 確かに国ではなく、個人事業主が希少性も有用性も高い金属を独占して世界に販売できれば多大な利益を生み出すだろう。だが、第三国がそうはさせないと彼は言う。


「あら。まるで私がマナ・アースを喉から手が出るほど欲しがっているような言い草ですわね?」


「違うのですか?」


「さぁ? どうでしょう?」


 果たしてリゼの狙いはマナ・アースだったのか。彼女は相変わらずクスクスと笑いだけで本心は覗かせない。


「まぁ良いでしょう。早々にこの国から立ち去る事をおすすめしますよ。でなければ、見つけ次第……身の安全は保障できません」


 最後に教育係の男は脅しのような言葉を告げるが――


「ご忠告ありがとうございますわ。ですが、それは不要というもの」


「え?」


 相変わらずリゼは天使のような笑顔を浮かべて、教育係が口にした忠告に首を振る。同時に右手を挙げてパチンと指を鳴らした。


「あ? あああああッ!?」


 パチンと音が鳴った瞬間に教育係の男が着ていた服が燃え始めた。火を消そうと手で払う動作を続けるが、燃え広がる火の勢いは衰えず。瞬く間に全身が炎に包まれて、男の絶叫が途絶えると同時に床へ転がった。


「ひ、ひぃ!?」


 カルツが突然の出来事に悲鳴を上げ、執務室内にいた護衛達は一斉にリゼへと魔導銃を向ける。この護衛は国連軍の訓練を受けたのか、優秀と評価できるほどの判断力を発揮。一斉に向けた魔導銃のトリガーを引いてリゼに魔法の弾を発射するが……。


「ノンノン。豆鉄砲など効きませんわよ?」


 放たれた魔法の銃弾はリゼの体を貫くことはない。彼女の全身を包み込む薄い炎の膜のようなオーラが魔法の弾を霧散させて、世界で最もポピュラーな殺人兵器を無効化してしまう。


「ふふ。良い声で鳴いて下さいまし」


 リゼは右手の掌に小さな魔法陣を生成すると、それを床に押し付けるような動作を行う。掌で押し付けられた魔法陣は淡く発光すると室内にいた六人の護衛に向かって床を這うような線を伸ばしていく。


 その線が護衛達の足元に触れると六人の体は揃ってスカーレットカラーの光に包まれた。


「う、う"――」


 光に包まれた六人の護衛は一瞬だけ断末魔を上げると、口や目など体のいたる箇所から火を放つ。人体発火と言われるような現象を起こし、体の内側から燃やされて絶命した。


「ひ、ひ、く、来るなぁ!」


 最後の一人となったカルツは恐怖に心を飲み込まれ、腰を抜かしたうえに股間を濡らしながら必死に後退り。だが、背中に終点である壁が当たると顔に絶望の色を浮かべた。


「た、助けてくれ! 頼む! 何でもする! 言われた通りに何でもするから!」


「見事な忠犬っぷりですわね? ですが、誰にでも尻尾を振る犬は求めていませんのよ?」


 カツカツ、と靴底を鳴らしながらリゼはゆっくりとカルツへ近づいていく。彼に近寄るとニコリと笑いながら、その細く小さな手で彼の頬をなぞる。


「ごきげんよう」


 最後に彼の胸を人差し指でトンと突く。すると死亡した六人の護衛と同じように人体発火が始まってカルツの体は火に包まれた。


「餌としてはこんなものかしら?」


 黒焦げになった人体と飛び散った火種によって燃える絨毯を見ながらリゼは満足そうに頷く。


「さぁ、警備の者達が来る前に出ましょうか」


 一部始終を黙って見つめていた侍女に振り返り、彼女が頷いたのを見ると執務室にあった窓を開けて。窓から身を乗り出して二人は外に出る。


 宮殿内部が騒がしくなり、人の悲鳴を背中で聞きながら彼女達は街のメインストリートを進んで行った。街の出口へ向かって歩いて行く途中、リゼは斜め後ろを着いて来る侍女に振り返る。


「シャル、グッドマンに連絡を」


「はい。お嬢様」


 リゼの命令を受けた侍女――シャルティエは革鞄の中から四角い物体を取り出した。サイズにして大人の拳一個分。以前、マルグの屋敷でリゼが使った端末に似ている。彼女の持つ端末よりも分厚さはあるものの、辛うじて片手で持てるようなサイズ感だ。


 四角い物体の上部にあった伸縮式の棒を伸ばし、側面に取り付けられたボタンを長押し。すると、四角い物体の中央に数字とディスプレイとなる部分が浮かび上がる。


 シャルが指で指定の数字を打つとディスプレイに表示された数字が混じり合って、紫色で『グッドマン』と表示された。


 これはまだ世界にリリースされていない、距離の離れた相手とどこでも会話が可能となる遠距離通信用の魔導具である。


「どうぞ」


 開発されたばかりの通信機の欠点としては指定の相手に繋がるまでにタイムラグが生じる事だろうか。


 通信端末を手渡されたリゼは耳に当て、魔導具内部から聞こえるコール音を聞きながら待つ事二分弱。


『はいはい、こちらグッドマン』


 通信機越しに聞こえて来たのは若い男の声と声の後ろ側で鳴る陽気な音楽だった。随分とノリの良い音楽が流れ、緊張感など皆無であるがリゼの表情は変わらない。


「グッドマン? こちらは済みましたわよ」


『それはそれは。ご苦労様でした。どうでしたか?』


「ウ・ガ族は予定通りに。ですが、ア・ギ族は手の回りが早いですわね。最後に毟れるだけ毟ろうと思いましたが、連合軍から教育係が派遣されていましたわ。二次プラン通り、全員燃やしましたけど」


『そうですか。マナ・アースを餌に色々と動いた甲斐があるというものです。とにかく、傀儡の族長が死んで首都には連合軍が集まるでしょうね』


 通信機の向こう側でグッドマンは「予定通りに進んで安心しました」と言いながら嬉しそうに笑う。


『ああ、こちらも手筈は済んでいますよ。ウ・ガ族側に荷物(パッケージ)が到着次第始められます。首都に連合軍が集まる時間も考えると丁度良いんじゃないですかね?』


「分かりましたわ。では、三日後に」



-----



 三日後、リゼは未だア・ギ族の領土内に滞在していた。


 グッドマンの予想通り、リゼが首都を去ってから連合軍の一部が首都に集結。族長と教育係が殺害されたとあって、首都は厳重な警備体制が敷かれながら犯人捜しをしているようだ。


 その犯人であるリゼは首都から数十キロ離れた別の街で観光しながら時間を潰し、グッドマンとの約束の日がやって来るとア・ギ族首都の近くにあった大きな砂の丘へと向かった。


 移動に用いたのはマナエネルギーで動く魔導車と呼ばれる鉄の箱。馬を必要とせず、現代ではどの国でも普及してきた便利な代物である。


 目的地に到着したリゼはシャルティエが運転していた魔導車から降りると、首に巻いていたマフラーで鼻と口を覆った。


「手早く済ませましょう。このような劣悪な環境の国からは早々に脱出したいですわ」


「はい。お嬢様」


 風で舞う砂漠の砂が鬱陶しいのか、リゼはしかめっ面でシャルへ手を伸ばす。


 対し、侍女のシャルは砂が舞う中でもいつも通りの無表情と変わらぬ態度。どこか人間味の感じられない彼女だが、リゼは彼女がいつも取るこの態度に文句を言った事はない。


 命令に忠実で必要最低限の事を簡潔に言うシャルティエは主の言った言葉の意味を察して通信機を操作した後に手渡した。


「グッドマン。配置に着きましたわ」


『こちらも準備完了ですよ。いつでも行けます』


「では、そちらからどうぞ」


 リゼがそう言うと、通信機越しにグッドマンの「了解」という声が聞こえてきた。彼の言葉から数十秒後、ア・ギ獣国と隣接するウ・ガ獣国の北側から火の玉が複数打ち上がる。


 空へと打ち上がった火の玉の正体は世界に流通する魔導兵器が放つ長距離大砲だ。魔法によって生成された火の玉が放物線を描きながらア・ギ獣国北にある連合軍が設営したキャンプ地へと向かっていく。


 着弾点として指定された連合軍キャンプでは今頃大慌てだろう。キャンプには医療施設もあって、民間人を収容する医療施設を併設した場所には攻撃を加えてはいけない世界条約が存在する。


 だが、それがどうした。


 どこぞの国同士で合意した条約などリゼ達にとってはクソ以下の約束に過ぎない。なんたって、自分達は同意した覚えがないのだから。三大国が勝手に条約を作って、勝手に世界へ発信して、然もそれが当然のように振舞っているに過ぎない。


 放たれた火の玉は彼女達のメッセージだ。悪意を凝縮させたメッセージがキャンプ地に落下すると、着弾と同時に爆発音と大きなキノコ型の煙が空に向かって立ち上る。


「くくく……。あーっはっはっは!!」


 攻撃を受けたキャンプを見ながらリゼは腹を抱えて笑った。一頻り笑った後、リゼの顔には嫌悪と侮蔑が混じり合ったような表情が浮かぶ。


「下劣で醜悪な偽善者共ッ! なにが人道的支援だッ! なにが世界平和維持だッ! 見た目だけ繕って、中身は欲望塗れた豚のクセにッ!」


 世界平和、弱者救済。三大国が掲げる理念など、どれもこれも嘘でメッキ加工した言葉に過ぎない。実際は利益を生み出す方に加担して、笑顔で「助けにきました」と擦り寄る偽善者共が巣食う欲望に満ちた三つの国。


 人道的支援を行っているから攻撃するなと大声を上げて、一方的に安全と権利を主張しながら晴れ晴れとした顔で「良い事をしています」と自己主張するクソ野郎共。


 それでいて、自分達の欲望が満たせれば早々に撤退を決め込む。傷跡の残った二か国に対し「残念だ」とだけコメントを載せた国際新聞でも刷れば世論は落ち着くと思っているに違いない。


「なにが三大国だッ! 安全地帯でのうのうと暮らして、自分達は被害に遭わないと思っているチキン共めッ! 世界をコントロールできる神にでもなったつもりかッ!」


 一方で条約など無視して撃滅する彼女達。魔導兵器を輸出して戦争激化に拍車を掛ける事も厭わず、貧しさで喘ぐ国民の血税を毟り取る彼女達。


 果たしてどちらが()なのか。


『ご鑑賞のところ申し訳ないですが、そちらも手早く済ませて下さい』


「ああ。いけない、いけない」


 胸の内を発露していたリゼはグッドマンの声で我を取り戻す。ふぅ、と一度深呼吸した後にシャルティエへと顔を向けた。


「ブースターを」


「はい。お嬢様」


 リゼの命令を受け、シャルティエは鞄の中から薄い銀の小箱を取り出して蓋を開ける。中には液体の入ったアンプルが五本ほど並んでいた。


 一本だけ取り出して蓋を開けた後にリゼへと手渡す。手渡されたリゼは躊躇いもなく中身を飲み干すと……。


「く、うう……」


 ぎゅっと目を閉じて苦しみに耐えるような表情を浮かべながら両腕で自身の体を抱きしめた。荒い呼吸が徐々に落ち着いていき、苦痛の時間を終えたリゼは真っ直ぐア・ギ獣国の首都へ視線を向ける。


「さぁ、貴方達も地獄に堕ちる時間がやって来ましたわ」


 リゼは右手を空へと向けた。瞬間、彼女の右目には魔法陣が浮かぶ。目に浮かんだ魔法陣が淡い光を放つと、彼女の右目から血の涙が流れた。


「術式開放。広域殲滅魔法のセットアップを開始」


 右目から血を流しながら、リゼはこれから放つ魔法の準備に取り掛かる。己の内にある魔力に対し、それを認識させるように呟くと空へと向けた右手の上に巨大な赤色の魔法陣が生成されていく。


 数字、文字、記号によって組み合わさっていくそれは、現代に生きる人間達には出来ぬ魔法を可能にするプロセス。彼女のような人であって人ではない存在にしか出来ぬ、兵器を越えた殺戮の術。


 彼女のような生物をよく知る者は、きっとこう表現するだろう。


 リゼ・スカーレットは『最悪の魔法少女』である、と。


「ふふ。それでは、ごきげんよう」


 彼女の顔にはいつも浮かべる天使のような笑顔は無かった。


 代わりに浮かんでいたのは悪魔のような笑顔。目には邪悪と嫌悪が満ちて、口元は三日月のように歪む。これから殺す人々を想像しながらも、それに対して罪悪感など一切感じていないような表情だ。 


「クタバレってんだよォォッ!!」


 いつもの外向けに繕った口調すらも投げ捨てて、内に秘めた悪意を解放しながらリゼは右手を振り下ろす。


 すると、魔法陣から炎の大蛇が顕現した。空で僅かに滞空した炎の大蛇は大口を開けてア・ギ獣国の首都にある宮殿目掛けて猛スピードで飛んでいく。


 大口を開けた大蛇は数秒で首都へと到達し、()()に喰らい付いた瞬間に大爆発を起こした。爆心地である宮殿は跡形もなく吹き飛び、爆発の余波で首都全域すらも吹き飛んでしまう。


 首都に集結していた連合軍も、首都で暮していた一般人も、全てが炎に包まれてあの世行き。


「ふひ、んふふふ……」


 大魔法と呼べる規模の魔法を放ち、大量虐殺を成したリゼは膝から崩れ落ちるも、顔はしっかりと消滅した首都に向けながら力無く笑う。余力が残っていれば、先ほどのように口から汚らしい言葉が飛び出ていたに違いない。


 ただ、もう一歩も動けないと言わんばかりに消耗したリゼは肩で息をしながらシャルティエへと振り返る。シャルティエは通信機を彼女の耳に黙って当てた。


『お見事。こちらからも見えましたよ。これで予定通りに事が進められそうです』


 通信が繋がったままだった通信機からはグッドマンの嬉しそうな声が聞こえてきた。


「そう。準備は万全かしら?」


『ええ。既にア・ギ族側には過激派を仕込んでありますし、三大国側もウ・ガ族側からの攻撃を受けたと報告が行くよう仕込みはしてあります』


「一番哀れなのはウ・ガ族の族長かしら?」


『まぁ、そうでしょうね。ですが、彼が死んでも代わりはいくらでも用意できますよ。長く民族戦争を続けてもらって、三大国の注意を引き付けてもらわないと』


 彼女達が真に狙うのは民族戦争の長期化でも兵器販売による利益でもない。


 本当の狙いは三大国だ。世界の頂点に君臨する三大国を少しずつ崩し、現在の世界バランスを崩壊させる事こそが狙い。

 

 民族戦争もア・ギ獣国に眠る希少素材も全ては囮。マナ・アースを餌に連合軍をこの地に引っ張り出し、三大国の顔に泥を塗りつつも最大の被害を与える。


 あとは現状を利用して三大国内の世論を刺激しつつ、内輪揉めさせれば上々。そうすれば如何に大国であれど付け入る隙は出来るというもの。


『あとはこちらでやっておきますから、エルティエラに戻って来て下さい。次の仕事まで休暇ですよ』


「ええ、そうさせて頂きますわ。さっさとこの砂地獄から抜け出して、シャワーを浴びたいですわ……」


『私も早く帰って冷たいビールを飲みたいですよ。と、雑談はこれくらいにしておきましょう。スカーレット家が誇る魔法少女のご活躍、お見事でした。上司に代わってお礼申し上げますよ。では、また』


 一方的に通信を切ったグッドマンにリゼは「ふぅ」と小さなため息を零す。彼女はシャルティエに顔を向けると、未だ痙攣するように震える両手をゆっくりと伸ばした。


「シャル、帰りましょう」


「はい。お嬢様」


 通信機を仕舞ったシャルティエはリゼの伸ばした両手の間に体を差し込む。リゼがシャルの首に両手を回すと、シャルティエは彼女の体を抱き上げて魔導車の後部座席まで運び込んだ。


「はぁ……」


 後部座席に寝かされたリゼは右目から流れる自分の血を手で拭う。手の甲に付着した赤い血を見て、彼女は憂鬱そうに呟いた。


「あとどれくらい偽善者共をぶっ殺せば、世界を綺麗にできるのでしょう?」


 彼女はこれまで何度も敵とされる国の人間を屠ってきた。


 既に殺した者達の数は覚えていないほどだが、それでも世界は全く変わらない。何も変化は生まれず、三大国が世界の頂点を競い合って世界の誰かが喰い物にされている現実が続く。


 この世界に正義の味方など存在しない。全員が内に秘めた欲望を正義と言い合っているだけだ。傍から見ればこの世界に巣食う者達は全員が悪と呼ばれる存在だろう。


「ああ、早く綺麗で理想的な世界でのんびりと暮らしたい……」


 リゼ・スカーレットは静かに目を閉じて、胸の中に秘める理想の世界を思い描く。全てが浄化され、美しく輝く理想的な世界を。


 その理想に至るまでの手段と道筋を第三者が知れば「それは世界征服だよ」と言うだろう。だが、彼女からしてみれば薄汚れた世界を『浄化』していると言い張るに違いない。


「はぁ、憂鬱ですわ……」


 彼女は外から聞こえる砂が舞う音を聞きながら、大きく息を吐いた。



同じ世界、時系列のお話はこちら → 『彼氏を奪われましたので家の掟に従って必ず殺します』


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― 新着の感想 ―
[一言] この話……なぜマジカルちゃんが?と思ったら「そういうこと」だったのか……。見える、淑女の面影が見える……(フラフラと真っ白な壁に向かって歩いている)
[良い点] スカーレットを見てるとどこかの淑女を思い出す。些か品性が足りないけど。 まあ結局のところ、いくら知性があろうと弱肉強食の摂理は変わらないんだよな。 [一言] 面白かったです。
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