第30話 レオナルト・ローゼンハウス
その日は、午後からマナー講師とダンスの講師が来るので、午前中は図書室で竜の谷について調べ物をしようかな、と思っていた。
図書室は広いけれど、あまり人を見かけない。
人気ないのかな、図書室。
私は静かな方が好きだからいいんだけど。
童話の棚はすでに探したから、今日は歴史書とかちゃんとした資料を漁りたいな。
転生ボーナスなのか、本や言葉は全く困らず習得できているし、難解な歴史書でも読める。
そんな事を考えながらうろうろする
「この辺は…恋愛小説か。騎士と白百合の姫君。侯爵令嬢のヒミツ…」
恋愛小説らしき棚をどんどん飛ばす…
ちょっと目につきにくいところまで探しても、なかなか見つからない。
中二階があると言っていたから、そこかもしれないわね。
ちょっと行ってみようと思った時、後ろから呼び止められた。
「この先には、お嬢様のお気に召すような書物はないかと思われますよ。」
淡々とした声だ。
振り返ると、メルヴィンと同い年くらいだろうか、水色に近い青髪の少年がこちらを見ている。
さらりとした髪が、耳のあたりで綺麗に切り揃えられている。
きちんとした服装や佇まいから、知的な雰囲気のある少年だ。
「どうしてそう、お思いなのですか?」
名前も名乗っていないのに。
「中二階には、歴史書や経済史などの専門書ばかりだからです。」
やっぱり、中二階だったか。
「それはご親切にありがとうございます。丁度用がございますので、これで。」
よしよし、早く読みに…
青髪の少年は少し焦れたように。
「図書室を逢引の場に使うなら、もう少しマシな言い訳をしていただけませんか?それに図書室は読書の為の空間。ハヴェルカ子爵家の貴腐人の貴女が、どなたと待ち合わせるのかは知りませんが、不純な動機での利用は…」
えっ私が逢引?
2階ってデートスポットなの?
思わず遮る。
「ごめんあそばせ、今逢引と聞こえたような…?」
ついでに、なんか失礼な呼ばれ方したような。
「ええ、貴女のような年齢の方向けの物はありませんし…歳下好きなアーノルド伯爵あたりに待つように言われたのでは?」
「いえ、残念ながら。その方とは面識もございませんわ。」
「…。」
「私、本当に本を読みに参りましたの。図書室にお詳しいようですし、よろしければ歴史書の棚に案内してくださいませんか?」
「わかりました。では、こちらに。」
まだ疑っている様子だが、さらりとエスコートしてくれる。
立ち振る舞いだけは、とても美しい。
なんか嫌なやつに会ってしまったわね。
でも探さなくていいのはラッキーね。
少年は中2階に着くと、歴史書の棚へ案内した。
「どのあたりの歴史をご希望ですか?」
「そうね。王が代替わりする辺りの歴史はできれば全部読みたいわ。」
「それだと、この辺りですが歴史年表、伝記、歴史書ではどれをご希望ですか?」
「まずは歴史書をお願いします。」
スラスラと答えると、少年が意外そうに目を見張る。
「お嬢様には少し重たいので、席までおもちしますよ。」
そう言うと、分厚い歴史書を数冊奥まったテーブル席に持っていってくれる。
席に着くと、座席からは美しい庭園が上から一望でき、明るい窓のあるとても美しい場所だった。
なるほど…来た人からは見えにくいし、この景色はたしかに逢引向きかもね。
私が歴史書を読む間、少年は斜め向かいに坐り、魔石についての技術書を読んでいる。
歴史書には、確かに童話よりはマシな情報が載っているが、ズバリで場所を示すものがない。
歴史書に書いてある所要日数や、装備、植物や動物の記録から割り出していくしかないか…
メモ帳を取り出し、メモをしながら読み進める。
どの王様も見た限りでは、冬山の装備は準備してないから、北の山脈は候補地から外れそうね。
夢中で読み進めていると、すっかり昼の時間になっていた。
急がないと先生達来ちゃう。
慌てて帰る支度をしようとすると。
「後片付けは僕がやります。置いておいて構いませんよ。」
先程までの冷たさが幾分なくなり、優しげな声音だ。
「先程は、初対面の令嬢に礼を尽くさず、大変申し訳ございませんでした。僕はレオナルト・ローゼンハウスと申します。ローゼンハウス男爵家の長子です。レオナルトとお呼びください。」
「ご丁寧にありがとうございます。私は、すでにご存知のようですが、コーデリア・ハヴェルカ子爵家長女ですわ。」
「しかし、まさか本当に、この年で歴史書が理解できる方が他にいるとは思いませんでした。メモ書きもよくまとまっておりましたし…」
「お褒めいただき恐縮です。まだまだ続きが読みたいので、またいらっしゃる時にお願いしてもよろしいでしょうか?」
本はこの身体では届かないし、かなり重い。
「ええ、もちろんです。図書室へいらっしゃる時は、この鳥を飛ばしてください。」
とても小さな紙でできた鳥を5羽ほどくれる。
「ありがとうございます。とても助かりますわ。」
「そちらは魔力を流すと飛ぶ仕組みになっておりますので。」
「はい、図書室に行く前に飛ばすようにいたしますね。」