After boy's dead
霊園に入っていくというのは、いつになっても慣れないものだ。都留の墓参りに行く時も、毎度緊張してしまう。この独特の緊張感は、眠った魂が醸成するものなのだろうか。それはわからないが、わたしとエイちゃんは周囲を見回しながら、ゆづくんの墓石を探した。誰もいない霊園は、荘厳な雰囲気で静まり帰っていた。
ゆづくんの墓は、彼の故郷である静岡県東部のとある市に作られている。わたしたちは、夏休みを利用して、彼の墓に来ていた。陽の光は容赦なく照りつけ、目線の先では陽炎がゆらゆらと揺れている。
「あっちいな、本当に。こんなクソ暑いなか、わざわざこんな片田舎まで墓参りに来てんだ。感謝しろよな。なあ、ゆづくんよお」
「ゆづくんは、わたしたちに来てって頼んでないし」
「そうだけど、こんだけ暑いと、そんんな気分になってくるよ。ああ、暑い暑い」
そんなこんなで、わたしたちは霊園を歩き回った。エイちゃんは文句を垂れながらも、その表情はどこかすっきりとしていた。わたしはその横顔をちらりと見ては、再び前に向き直った。遠くに見える緑の山を見ながら、ゆづくんの墓を探し回る。
「あ」
「ああ」
「あれだね」
「間違いない」
「これは笑うね」
階段を登り、「とある物」が供えられている墓を見た途端、わたしたちはそれがゆづくんの墓に違いないと確信した。そしてその墓まで歩いていくと、わたしたちは思わず吹き出してしまった。目を見合わせる。
「なんで、ギターが置いてあるのかねえ」
ゆづくんの墓には、彼が生前使っていた赤白のテレキャスターが供えられていた。屋外に置いてあるにも関わらず、ボディやネックは綺麗で、その横にしっかりとピックが置かれているのも笑えた。ピックは、彼が生前使っていたヘンテコな怪人が写った物だった。
「ゆづくん、こんなファンキーな子だったっけ?」
「お利口さんだったよな?」
「死んだら、人って変わるもんなのかね」
「まあでも、ある意味ゆづくんらしいのかもしんないな。ギター大好き少年のゆづくんの墓にギターがあるって、なんかちょっと素敵だよな」
エイちゃんは言いながら、ポケットから箱を取り出し、その中から一本のタバコに火をつけた。そして、ふうっと煙を吐くと、それがギターの周りに漂った。
「エイちゃん、タバコなんか吸ってたんだ」
「悪いな」
「べつにいいけど」
「ゆづくんが死んでから吸い始めたんだよ」
「そうなんだ」
「俺は、都留やゆづくんみたいに死ねないから、辛いことがあっても生きていくしかないんだよな。でも、生きるのはストレスが溜まる」
「なるほどね」
「人間、そう簡単に死ねねえんだよな。生きていくしかないんだわ。まあ、ムカつくから死ぬ気もないけどさ」
エイちゃんは言って、笑った。右手の人差し指と中指にはさんだタバコの先からは、煙が立ち込めている。
「なあ、依斗」
「何?」
「俺は、あと何年生きる?」
エイちゃんに尋ねられて、わたしは小さく微笑んでみせた。エイちゃんはじっとわたしを見ている。彼には言っていなかったが、ゆづくんの死後、わたしにも変化があったのだ。
「わたし、もう見えないんだ」
エイちゃんが目を見開いた。
「マジかよ」
「ゆづくんの訃報聞いてから、急に見えなくなってさ。最後までどういう理屈で見えてたのかはわからなかったけど、やっぱり嫌な能力だったね」
「そうだったのか…… それは、お疲れさん」
「本当ね。今思い返しても、あの能力は疲れたね。まあべつにいいけどさ」
それからわたしたちは、ゆづくんの墓の前で手を合わせた。目を閉じながら、生前のゆづくんの姿を思い浮かべて、彼の冥福を心から祈る。目を開けると、やはりそこには赤白のテレキャスターが置かれていて、わたしたちはまた笑ってしまった。
「ったく、なんでギターが備えてあんだよ」
「本当に、わけわかんないね」
わたしたちは、それからもしばらくゆづくんのテレキャスターを見てから、線香を供えて墓をあとにした。
ゆづくんのテレキャスターはほんのりと煙に包まれつつも、しっかりそこに佇んでいた。
◯
ゆづくんの故郷を散歩しているうちに、辺りはすっかり暗くなっていた。ゆづくんの故郷は観光地というわけではなく、見るところと言っても山と川しかないのだが、わたしたちは思い出話に花を咲かせながら歩き、気付けば夜になっていた。そうなるまでろくに食事もしていなかったわたしたちは、コンビニで弁当やパンを買い、その近くにあった川辺で食べることにした。店に入るのではなくコンビニで食事を済ませようとしているのは、わたしもエイちゃんも金欠だったからだ。
「なんか、良い感じのところだな」
「ね、高架下の川辺って、なんだか青春って感じで良いよね」
わたしたちは、石が散らばる川辺に座り、レジ袋からそれぞれ弁当やパンを取り出した。目の前では川がさらさらと流れ、頭上には太い橋がかかっていた。
わたしたちはそこで、二人黙って、静かに弁当を食べた。お互い歩き回って疲れていたので、特に話す気にもならないのだろう。話したい話も、歩き回っている間におおよそしてしまっていた。
「そういえばさ」
弁当を食べ終わったエイちゃんが、川に石を投げながら言った。言い終えると、じゃぽん、と水音がした。
「ゆづくんって、高校の時に高架下の川辺でナンナン聴いてたって言ってなかった?」
「ああ、言ってたね」
スタジオ帰りにゆづくん宅で飲んだ時、そんなことを言っていた気がする。
「もしかしたらさ、それってここのことを言ってたのかもな。こんな田舎に、高架下の川辺がそう何個もあるとは思えないし」
「そうかもね。なるほど、ゆづくんはこの川を眺めながらねえ」
わたしは、正面に広がる川を眺めてみた。それなりに綺麗な水の、なんの変哲もない川辺だ。さらさらと音を立てながら、滞らずに流れている。
「ゆづくんが死んでも、わたしたちの人生はお構いなしに続いていくんだよね」
「本当にな。容赦ねえけど」
「まあでも、ゆづくんは生きてるよ。わたしたちの中にね。スプストがある限りさ」
「それもそうだな。そう思うしかないよな」
弁当を食べ終わり、そのゴミをレジ袋にまとめると、わたしたちは何も言わずにただ川を眺めた。川は流れ、わたしたちはそれを眺めている。心臓の鼓動も、脳裏の記憶も全部引き連れて、わたしたちは川を眺めているのだ。
「なんか、久しぶりにゆづくんの曲聴きたくなってきたな」
「ああ、俺もそう思ってた」
「聴こうか」
「そうだな。せっかくゆづくんの故郷に来たんだもんな」
わたしたちはイヤホンを耳にはめ、ゆづくんに送ってもらっていた音声データを再生した。すると、ゆづくんの尖ったギターから曲が展開し、イントロが終わると彼の柔らかい歌声が聴こえてきた。そのゆづくんの声は優しく、楽しげでもあって、わたしは安心した。ゆづくんは、生前のあの笑顔のまま、今ここにいるのだ。
曲を聴き終えると、わたしはそっと胸に手を当てた。そして、心臓の鼓動を確認しながら、視線右の夜空を見上げる。橋に遮られた空には、黄色く光る月が浮んでいた。
イヤホンから流れる、ギターの残響を聴く。そして、その残響が途切れると、ゆづくんが感情たっぷりに言った「みんなありがとう」が聞えてきて、わたしは思わず声を出して笑ってしまった。隣を見ると、エイちゃんも笑っていた。
あの時、ゆづくんは編集で消すと言っていたが、消し方がわからなかったのか、はたまたあえて消さなかったのか、ともかく「みんなありがとう」は残っていた。わたしは彼の感謝の気持ちに温かくなって、そっとイヤホンを外す。隣に座っていたエイちゃんも笑い声をあげていた。
「ゆづくんの奴、結局消さなかったんだよな」
「本当ね。入ってるの忘れてたから、不意うちで笑っちゃった」
「本当、かわいい奴だったよな。こっちがありがとうって言いたいくらいだ」
「本当ね。会えて良かったな。もっといっぱい話したかったけどさ」
エイちゃんの言葉に頷くと、わたしは目を閉じて、ゆづくんの笑顔をそっと思い出した。
「ゆづくん、ありがとう」
心の中で、ゆづくんにそう言った。ゆづくんの命はもうないけれど、その音楽は、魂は、わたしたちの記憶に、強く息付いている。彼の笑顔を、優しい声を、わたしはちゃんと思い出せる。ゆづくんは、わたしのなかで生きているのだ。
死んでも記憶と音は残る。三分間の演奏を聴けば、そこにゆづくんはいる。今はひとまず、それで良いのだと思う。
「じゃあまあ、そろそろ帰るか。また来ようぜ。次いつ来れるかわかんねえけど、必ずな」
エイちゃんに言われて、わたしはその場を立ち上がった。そして最後にもう一度流れる川を眺めては、駅に向けての道を歩き出す。川はやはり滞ることなく、さらさらと流れていた。わたしたちの人生は、これからもまだ続いていく。
駅への道中、信号待ちでそっと思い出してみる。
記憶の中のゆづくんはあの日のまま笑顔で、思い切りギターを弾いていた。