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三人並んで、海沿いの道を歩いていた。周囲には、見覚えのあるライブTシャツを着た人の姿が散見され、自然と気分が高まる。


ライブ会場へ向かう道中で見慣れたライブTシャツを見た時こそ、わたしが最初に「ライブ」を感じる瞬間だ。そこから、会場の写真を撮り、物販の列に並び、会場内へ入り、薄暗い中一緒に来た友人と「なにやるかな?」と話していると、気分がさらに高まっていき、不意に鳴り出すオープニングの曲と拍手で気分が最高潮になる。それが、ライブにおける、わたしの気分の上がり方だ。


今日は三人で、新木場で行われるNumber‘s Numberのライブに来ていた。エイちゃんの申し込んでいた新木場のチケットが、厳正な審査の結果当選し、無事三人でライブに行くことが決まったのだ。初めはあまりの豪運に怖くもなったが、しばらくすると喜びが込み上げてきたのを覚えている。未だに生でNumber‘s Numberを見られると思うと、嬉しすぎて信じられないのだが、楽しげなゆづくんを見ているとどうでも良くなってくる。ゆづくんが笑っている。今はただそれだけで良いのだ。


「いやあ、このライブ前って感じ、良いな」


「本当ね。何回行っても、このライブ会場近辺のこいつら全員仲間だ感は良いね」


「なんか僕、未だにナンナンのライブ観れるって、信じられないです。ちょっと、あまりにも楽しみすぎる」


「解散した時は、自分たちの前で静田と徹さんとオオちゃんが一緒にやるのをもう一回見れるなんて、思わなかったな」


「本当に、ありがたいよね。絶対、それぞれ悩んだと思うけど、再結成してくれたんだから」


「本当な。生きてりゃ辛いこともあるけど、たまには良いこともあるもんだよな」


エイちゃんは言って、薄い雲の広がる夕方の空を見上げた。彼の脳裏には都留が思い浮かんでいるのかもしれない。わたしも、エイちゃんの意見には同感だった。


会場に着くと、わたしたちは大はしゃぎで写真を撮った。そして、開門までの間、今日のセットリストについて熱い議論を交わし、結局よくわからなくなったところで、拡声器を持ったスタッフが出てきた。そして「こちらでアナウンスをした番号のチケットをお持ちの方からご入場ください」と号令をかけ、番号をアナウンスしていった。新木場でのライブは、こういう形式での入場方法を取る場合もあるのだ。


「なんか、新木場来たって感じだな」


「このアナウンスでそれを感じるのね」


「僕も思いましたよ。ああ、新木場だなーって」


しばらく待っていると、わたしたちの番号が呼ばれたのでスタッフにチケットを渡してちぎってもらい、会場へ入る。会場内にはすでに大勢の人がいて、物販には長蛇の列ができていた。そして、天井付近のモニターからは、先日公開された新曲のミュージックビデオが流れており、存分に心が躍った。Number‘s Numberは再結成して、わたしたちは今ライブに来ている。そのことをはっきりと認識した。わたしは今、とてつもなく幸せな場に立ち会っているのだ。


それからは物販の長蛇の列に並び、わたしたちはやっとの事でグッズを購入した。わたしはパーカーとタオルとシールを買った。人混みの中で見たエイちゃんとゆづくんも、沢山の袋を持っていた。


「二人は何買ったの?」


「俺は、Tシャツとタオルとトートかな」


「ゆづくんは?」


「僕は、フリスビーとラバーバンドとピックケースを買ったよ」


ゆづくんが袋を軽く持ち上げながら言うと、エイちゃんが薄っすらと笑った。


「なんか、ゆづくんのグッズ、ことごとくに実用性がねえな」


「好きなの選んだら結果的にそうなってましたね。まあ、今度公園でフリスビー投げましょうよ」


「まあ、大学入ってから運動不足気味だしな。それも悪くねえか」


買い物を終えると、わたしたちは荷物をロッカーに入れ、いよいよ会場に入った。ケージで仕切られた薄暗い会場には、すでに大勢の人がいて、視線奥のセンターステージには横断幕が垂れていた。わたしはそれにもどかしさを感じた。早く観たい。そう、強く思った。


「いや、もういよいよだな」


「本当に楽しみです」


「一発目、なんの曲だろうね」


「わかんねえけど、ナンナンならかましてくれるだろ。もう、期待しかねえわ」


興奮を抑えつつ、横断幕を見つめる。この横断幕の奥には、きっとメンバーがいて、ライブへ向けての気持ちを高めている。今から、ライブが始まるのだ。わたしは、脈打つ心臓の鼓動を感じた。


やがて、会場の照明が一気に灯り、横断幕が上がった。それで会場に、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こると、三人のメンバーとサポートギタリストが颯爽と現れ、シンバルの合図の後、曲を展開した。

一曲目は、代表曲の一つである「ロックンロール」だった。



「みんな、今日はライブに来てくれて、ありがとう。どうも、Number‘s Numberです」


ぶっ通しで五曲をやり終え、ようやく静田のMCが入った。解散前と変わらぬ赤白のテレキャスターを肩からかけ、髪と髭を伸ばした静田が吐息混じりに語っている。解散から三年。静田の風貌の変化は、時の流れを感じさせた。


「この三年、俺は色々考えることがあった。ソロで曲出してても、やっぱりナンナンでお前の歌が聴きてえって声は耳に入る。でも、裕介はいない。正直言うと、この三年間はすげえ苦しかった」


目にかかる前髪を軽く振って払いながら、静田は語りかける。三年前の髪を短く切りそろえた好青年然とした姿から、静田も随分と年を取ったなと思った。その姿は、彼の三年間の苦悩の証であるように思えた。静田の時間は止まらず、動いていたのだ。


「再結成も、何回も頭をよぎった。でも、裕介いてのナンナンっていうのはずっとあったから、ナンナンを再結成するってのは、裕介を裏切ることにもなる気がして、嫌だって思ってた。でも、裕介の命日にあいつのギター聴いてて、違うなって思えた。あいつと、あいつを愛してくれたお前らに恩返しするには、再結成しかないと思えた。裕介は、ナンナンとお前らが大好きだったから」


静田は、ステージに立ちながら、観客たちを指差した。拍手と歓声が上がる。わたしも胸に、静かに湧く温かい感触を抱いていた。


「だからよ、お前ら。裕介のことはぜってえ忘れんなよ。ナンナンとお前らがいれば、裕介は生き続ける。死なねえ。わかってるよな!」


静田は声を張り上げてそう言ってから、一瞬俯いた。そして小さく息を漏らし、また、マイクに顔を近づけた。


「わかったら、聴いてくれ。あの日、あの春の話、Spring story!」


静田が叫んでから、右腕を高く突き上げた。それを合図にオオちゃんがシンバルを入れると、そこから曲が展開した。会場では、情熱的なMCからの代表曲という流れに歓声が爆発し、立っていた観客は皆一斉に拳を突き上げ、大合唱だった。隣のエイちゃんも、ゆづくんも、満面の笑みで拳を突き上げていた。嫌なことも、全部忘れて、ただ今この瞬間に身を委ねていた。


ちゃきちゃきと鋭く響く静田のテレキャスターのバッキングと、スネアをしばき倒すかの如き激しいオオちゃんのドラム、ベキベキゴリゴリとしたグルーブ感のある徹さんのベース。それが音響設備によって増幅され、会場に響き渡る。わたしも拳を突き上げ、声を張った。喉から感情が暴露される感覚が、本当に心地良かった。


腕を突き上げながら、私は静田のMCを思い出していた。


「ナンナンとお前らがいれば、裕介は生き続ける」

彼は、そう言っていた。


わたしは思い出しながら、その言葉に頷いていた。そうだ。柏葉はまだ死んでいない。彼のギターがあって、Number‘s Numberがあって、そしてそれを聴くわたしたちがいれば、柏葉は生き続けるのだ。生き続けることができるのだ。


静田は汗を飛ばしながら、マイクを前に笑った。観客も皆、楽しげな表情で、目の前の一秒一秒を生きている。


「もっと歌え! 叫べ! お前らのこの声で、世界で一番幸せなこの空間で、裕介は何度だって蘇る!」

間奏の中、静田はそう叫んだ。演奏の圧倒的な音圧と大歓声にも負けず、彼の声ははっきりと会場全体に響き渡った。間奏を終えて、曲がラスサビに入る。会場のボルテージが、最高潮に達する。


割れんばかりの歓声のなか、わたしはいつしか泣いていた。今まで胸に溜まっていた黒い塊が、正しく融解されていく感覚があった。そうだ、これで良いんだ。目頭が熱い。涙が止まらない。頬を伝って、感情が溢れ出す。


わたしは目を拭う。潤んだ視界が開く。そこには世界一幸せな光景が、燦然と広がっていた。



ライブの熱気を冷ますように、わたしたちは新木場駅への道を歩いていた。周囲にも、ライブを見に来ていた人々がいて、それぞれ感想を興奮気味に語り合っていた。


「終わっちゃったなあ」


空を見上げながら、ゆづくんがつぶやいた。


「終わっちゃったな。本当に、夢みたいな時間だった」


「あんな幸せな時間、あるんだなと思いました。興奮しすぎてよく覚えてないですけど、とにかく幸せなのは感覚として残ってます」


「わかる。俺も、全然覚えてないわ」


ゆづくんとエイちゃんは落ち着いた様子で話していた。興奮のライブから一呼吸を置き、段々とライブが終わったという実感が湧いてきたのだろう。


「僕、今までも何回もライブは行きましたけど、今回は特別です。本当に楽しかった」


ゆづくんは言って、ゆっくりと空を見上げた。空には、仄かに輝く星がぽつぽつと浮かんでいる。小さいながら、確かにそこで光を放つ星が、暗い夜空にそっと光っている。ゆづくんが高校時代にNumber‘s Numberを聴きながら見ていた星空も、あるいはこんな風に見えていたのかもしれない。その真偽はわからないが、わたしも星空も星空を見た。この風景を、目に焼き付けたいと思った。


それからは、三人とも特に話さず、駅までの道を歩いた。各々ライブの感傷に浸りたかったのだろうし、それなりに疲れてもいただろう。わたしたちはお互いにそういう空気を感じ取って特に何も話さなかった。だから、無言でも気まずさはなくて、ライブの感動を噛み締めるように歩いた。


「また来ましょうね、ライブ。次はいつ来れるかわからないですけど」


駅に着く直前で、ゆづくんがそう言って笑った。わたしとエイちゃんは、それに頷く。

頭上には変わらず「20日」文字が浮かんでいるが、ゆづくんは幸せそうに笑っていた。

今はゆづくんが笑ってくれれば、それで良いのだ。


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