58②
「そういえば、昨日のツアーの申し込みってやった?」
スタジオを出て、三人並んで歩いていると、エイちゃんがわたしたちを見やった。昨日は、再結成と共に発表されたツアーのチケット抽選申し込みが行われる日だったのだ。
「やったよ。三人分、ちゃんと第三希望まで入れといたよ」
「場所どこで申し込んだ?」
「新宿と仙台と横浜にしといた。エイちゃんは?」
「俺は新木場、名古屋、福岡にしといたよ」
「へえ、新木場いったんだ。チャレンジャーだね。ハコ小さいから、倍率高いだろうに」
「好きなんだよな、新木場。行くまでの海沿いのいかにも埋立地な道とか、木の床とか、ステージが近い感じとか、立ち見なところとか、全部ひっくるめて本当に好きでさ。初めて行ったナンナンのライブも新木場だったし」
「僕も最初新木場でした。良いですよね、あそこ」
「お、マジか。じゃあ、今回も新木場で申し込んだ?」
「はい。新木場、大阪、幕張で申し込んでおきました」
「良いね。じゃあ、新木場で当たると良いな」
「なんだ、言ってくれればわたしも新木場で申し込んだのに」
「まあ、一人二人でそんなに変わんないだろうし、別に良いよ。そもそも、どこやっても倍率はエグいし」
「厳正な審査の結果、落とされないと良いね」
「適当な審査の結果落とされても腹立つけど」
「厳正な審査の結果通るのが最高ですね」
「いや、通るなら適当な審査でも良くない?」
「いや、よく考えたら適当な審査ってなんだ」
エイちゃんは言いながら、会話の可笑しさに吹き出してしまっていた。
「さっきから、会話の生産性のなさがすごいね」
「そうだね。こんなに生産性がないことも珍しい」
「まあとにかく、当選するようにお祈りでもしとこうぜ。なむなむっつってな」
「まあ、信じる者が報われるってとこだね」
「お祈りしときます」
そんな会話をしながら、わたしたちは駅へ向けて歩いた。オレンジの夕焼けに照らされたビル群を眺めながら、街を行く。歩く人々の頭上に浮かぶ数字は、相変わらずポップ体だった。
「じゃあ僕は、ここで」
水橋口の近くまで来たところで、ゆづくんが立ち止まった。
「おう、また今度な」
「じゃあね。今日は楽しかったよ」
「じゃあ、ありがとうございました。また今度」
そうしてゆづくんは手を振りながら、わたしたちとは逆方向、横断歩道を渡って行った。その背中には確かにギターがあって、わたしはなんだか少し感慨深い気分になる。ゆづくんの姿が小さくなると、わたしとエイちゃんは改札口を抜けていった。
「そういえば、気になってたんだけどさ」
ホームで二人並んで電車を待っていると、ふいにエイちゃんがそう言ってきた。
「何?」
「ゆづくんって、あとどれくらい生きるんだ? 先週の飲みで、ゆづくんがどうしたら後悔のないように死ぬか聞いてたろ? それ聞いてたら、もう長くないのかなって思ってさ」
「なるほどね」
わたしは口を結んで、小さく息をつく。
「あと、五八日だね」
わたしが言うと、エイちゃんは一瞬驚いた様子をみせたが、すぐに表情を戻した。覚悟はあったようだ。
「思ってたよりも短いな、おい」
「急いでたのも、わかるでしょ」
「そうだな。どおりで、お前がゆづくん見るたびに悲しそうな顔をしてたわけだ」
エイちゃんはそう言って、ため息をついた。
「本当に、嫌な能力だな、人の寿命が勝手に見えるってのは」
「まあ、もう慣れはしたけどね」
「俺だったら、慣れる前に発狂してたわ」
「意外にどうにかなるもんだよ」
「本当かよ。そうは思えねえな」
エイちゃんはまた、ため息をついた。
「もう、ゆづくんと会えるのも何回かだけなのかもしれないのか。せっかく仲良くなれても、いつもこんなんだ」
「でもなんだか、そんな現実に腹が立つけどさ。都留やゆづくんにも、彼らがここにいた確かな証拠があるわけで。わたしたちは、それを愛していきたいよね」
「まあ、そう考えるしかないか。くよくよしててもしゃあねえな」
「そうだね。人生、楽しみ倒さなきゃ損だよ」
わたしたちはそれから、少し遅れてやって来た電車に乗り、家路に着いた。そしてエイちゃんと別れたあと、わたしは最寄り駅から家へ歩く。あたりは暗くなっていて、帰路は人もおらず閑散としていた。
空を見上げる。頭上には星が咲いていた。