大好きなカレはツンツンでした。⑦
未来の旦那様の家族との晩餐の席で、どうやら未来の妹に嫌われていると判ったあたしはなんとか好かれようと努力してみることに――。
結果だけ言えば、他人とコミュニケーションをとることは難しい……と言う感じだった。
妹のクリスティアちゃんは、凄く美人なんだけど……気が強そうで頭も切れそう。
一方のあたしは、無知でありこのゲームをやっていただけのただの一般人。
会話が続くはずも無く……あえなく撃沈させられた。
メイン料理が運ばれてくる間、必死に考えているあたしの肩にいつの間にかオリジンが座っていた。
『どうしたにょだ』
心配そうに首を傾げる小人のオリジン。
なんでもないと首を振り、頬を突けば丸い瞳でジーと観察するような素振りを見せた。
『ハク。そにゃた、にゃにをにゃやむ?』
そう言えば、オリジンは心が読めるんだったと思い出し考えないようにしようとするも、結局は考えてしまうため悩みを打ち明けたようなものだった。
『嫌われりゅにょには理由があるにょだろう? 妹とは今日初めて会ったにょか?』
うん。初めてだよー。そして理由はわからない……なんで嫌われたのかも……クルル様と仲良いからそのせいかなぁ? でも実の兄妹みたいだし……うーん。
『にゃるほどにゃ』
何がいけなかったのかわからないけど、まーそのうち仲良くなれるだろう。なんて甘い考えを持ち食事を勧めていた私に、最大のピンチが訪れた……!!
それは突如として現れた、巨大な鳥の丸焼きである……。
目の前に置かれたそれを目にした瞬間、一気に食欲が失せ、吐き気を催した。
「……うっ、ぷ」
実は、唯一食べられないもの……それが、鶏肉!
10歳まで住んでいた、田舎の祖母の自宅で縁日で買った「ぴよりん」と名付けたひよこを育てていたのだが……ある日、ぴよりんは忽然と姿を消した。
数日心配して探し回った私が見たものは……首を落とされ木にぶら下げられたぴよりんの姿だった。その日の夜ご飯に毛を毟られ、からあげになったぴよりんが出された。
それ以来、鶏肉を見ると干されたぴよりんの姿が浮かび、吐き気を催してしまう。
丸焼きの鶏肉を視界に入れないよう必死に視線を逸らすも目の前で、質持参が優雅な手付きで鳥を捌いていく。
あぁ、やばい、もう胃が……喉まであがってきた――。
急いで立ち上がり、ヒールを脱ぎ捨て扉へと向かう。慌てて追いかけるクルル様とメイドさんたちを振り切り廊下へ出ると、一気に走り加速する。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ――。
階段を駆け下り、部屋まで残り100メートルほどのところで誰かが、私の腕を掴み振り向かせ抱きとめた……。
「だめっ!! うっ(ピーーーーーーーーー)」
我慢の限界に達し、一気に胃から吐き出される物体が、白い礼装を汚した。
酸っぱい匂いが、鼻をつく……まだまだでるぞと脅す胃に、口を押さえて必死に我慢する。
「片付けておけ。白、部屋まで我慢できるか?」
凛々しい声が聞こえ、脳裏に浮かんだのは ”絶望” の二文字だった。
「うぅっ……」
「白、とりあえずこれを!」
クルル様が上着を脱ぐと私の口元に、それをあてがってくれるけれど……今は、その優しさが辛い。
泣きそうになりながらも、お礼を言おうと口を開けば、こみ上がる吐き気が堪えきれず走って部屋へ向った。
扉を開けてそのままトイレへ駆け込めば、私を追ってくるメアリーさんが背を優しく撫でてくれた。
なんとか吐き気がおさまって、口を濯いでソファーに倒れこんだあたし。
厳しい顔をしたクルル様が、私を気遣う素振りをみせつつ、イリュス様に何かを伝えるとイリュス様が部屋を出て行った。
吐き出したせいか、酷く身体がだるい。動くのも話すのも億劫で、心配してくれる周囲をほって、ソファーへ座ると何も考えたくないと思考を放棄した。
目が覚めればソファーではなく、ベットの上で寝間着を着ていた。
いつも通り、イソイソとベットから這い出たあたしを、メアリーが着替えさせ。朝食を摂る。
そこまでは、普通だった。
昼過ぎに顔を見せるクルル様たちが今日は、何故か朝から部屋にいる……なんで?!
そして、不思議なことに……部屋に騎士さんが沢山来ている……あぁ、これはきっと昨日、クルル様に向って、出してはいけないものを出してしまったせいだ。
ついに、追放されちゃうの……あたし……。
なんてことを悶々と考えソファーへ座れば、隣にクルル様が座り何故か腰に手を回されガッチリとホールドされた……。
えぇ! 今までこんなことしたことなかったよね? ね? ちょっと、怖いんですけどー。
涙目になりながらクルル様へをチラリと見てみる。
「ん?」
「ひっ、あの……近くないですか。今日……」
目があっちゃったよー。
予想外に視線が合ってしまったために、奇声を発したあたしへニッコリ微笑むクルル様が、笑っていない目をコチラへ向け腰に回した指先に力が篭る。
「そうか? 婚約者なら当たり前の距離だろう?」
「えっ……?」
クルル様の婚約者と言う発言に、追い出される訳ではないことが判りほっとしたのも束の間。
その態度のおかしさが際立ちはじめる。
え? 何か企んでる?
そんな思考をする私の状況などお構い無しに「王太子殿下、失礼いたします」と言って、強面のイケメンっぽい騎士が数名の部下らしき人たちを連れて声をかけてくる。
「ほぉ~。イケメンさんだ~]
無意識にイケメンセンサーが働いたあたしの言葉に反応を示した騎士さんが「いえいえ、そんな王太子殿下に比べたら自分などはまったく」なんて謙遜する言葉を言った。
「いやいや、マジモテるでしょ?」なんて軽く会話をしていると、腰に当てられた指に力が入り、自分の方へあたしを身体ごと引き寄せたクルル様が、ニッコリと微笑む。
「すまんな。いま少し婚約者と話したい」
「畏まりました」
その声音に何故か、身体が震えを覚え、冷汗が背を伝う。
なんか怒ってる……?? うーん。怒らせるようなことして……あっ、昨日のリバースのこと謝ってないからか!!
よし、ここは女子力を発揮させて素直に可愛く謝ろう。
そう思って、オリジンには効かなかったアヒル口に上目遣い、ついでに少しクルル様にしな垂れかかると可愛らしい声を意識して、クルル様の名を呼んだ
「クルル様……あっ、あのね……」
「ん?」
「ごめんなさい」
「――っ!!」
正直に謝ってみれば、目を見開いたクルル様が腰に回した指先ではなく、腕で腰をガシっと握る。
ちょっ、正直に謝ったじゃん! 可愛くなかったか……この世界の男の人はどれなら許してくれるの? ていうか……なんでそんな握り締めたら、苦しい……また、きちゃう。
腰に回った手をペシペシ叩けば、見開いていた目が不自然に揺れるとその動きを隠すように瞼が降りた。大きく溜息をついたクルル様が、こちらを向き直るとジーと私の目を見てくる。
逸らしてはいけないと判っていても、見つめられると視線を外したくなるのが引きこもり……の性だ。そっと、視線を逸らし俯いけば、頬を掴まれ強制的に視線を合わせられた。
「何故、目を逸らす?」
「ひとにょ、めをあわしゃるにょにがで……」
「は?」
「だかりゃ、ひとにょ……って、はなししゅにくにー!」
何、何であたしをみるのー? て言うかマジ、こうも顔が整ってると目のやり場に困る……んだけど!
鼻血出そうなぐらい綺麗……。
そう思い、その顔を堪能していれば、ハッした表情をしたクルル様はパッと手を離す。そのまま視線を掴んでいた手へ向けた。
「その……体調はもういいのか?」
「ふぇ? あぁ、はい」
「そうか、ならいいのだが……昨日、体調が悪いにもかかわらず、無理をさせたのではないかと思ってだな……」
「ぁ! もしかして、心配してくれたんですか?」
「だっ……。悪いか?」
うーん。いつもなら誰が! とか言って怒りそうなのに、今日は本当におかしいよね?
なんて考えてたら、ジト目でこちらを見ています……あれ? オリジンみたいに心の声が聞こえる?
「今、何を考えていた……」
「んー。くっ、くるる様は優しいイケメンだなって!」
「ばっ! はぁ~。なんでこれが――見えるんだ」
まただ、本当に今日はどうしたの?
不審な言動を繰り返すクルル様に少しの不安を覚えた。
嫌われてるわけじゃないから、いっか~と、軽く流してしまう。
朝からクルル様に会えた上に、心配してもらえたことに少しだけ浮かれていたらしいあたしは、騎士たちが何故ここにいるのかを一切考えることなく、クルル様との憩いの時間を楽しんだ。
足を運んでいただきありがとうございます。