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【小話】 あいつは何者だ

今回はシーナに投げ飛ばされたイケメンくんのお話

四方を山脈に囲まれた王国ドラゴニア。その東の要所として栄えたリュークスの領主シュルツ伯爵には2人の息子と1人の娘がいた。

3人とも白い肌に美しい金髪、容姿端麗とくれば知らないものはいない。今年社交界にデビューした末息子のフィリバルトでさえ、すでに注目の的だった。


そんな領主一家が住まう館では、そろそろ夕食時だ。美しき一家が勢ぞろいする時間なのだが、


「あら、フィル。今日も孤児院に行っていたのですって?」


腰まで伸ばした波打つ髪を手で払いながら、面白がるように女性が言った。すでに席についていたフィリバルトは、不機嫌な表情を隠しもせずに女性を見た。


「姉上、からかうのはやめてください」


ツンと顔をそむければ、クスクスと笑われる。


「釣れないわね。私は姉として心配しているのよ。昨日、女の子に負けて気を失って帰ってきた弟が、またこてんぱんにされたんじゃないかって」

「こてんぱんになんてされてない!」


身を乗り出して言い換えすと、テーブルの向こうからパンパンと手を叩いて止められた。


「食事の前に兄弟喧嘩はやめなさい。アンネリーゼはもう17になったのだから、もっと淑女らしい言動を心がけるように」


領主シュトラウスはため息をついた。


「まぁ、お父様!私はいつだって淑女らしく振る舞っていますのよ!ただフィルがあまりにも可愛らしくて、意地悪したくなってしまうのは仕方のないことと思いませんこと?」


ふふふっと口元に手を添えて優雅に笑っている姉の姿は美しいけれど、フィリバルトは苦虫を噛み潰したような顔をした。


(姉上はいつもこうだ。僕を子ども扱いしてからかって!僕だってもう15になったのに!父上もため息ばかりついてないでもっと強く言ってください!)


15といえば、この国では成人だ。それなのに、外ではしっかり猫を被って身内の前では唯我独尊なアンネリーゼに振り回されるのは未だにフィリバルトの役割だった。

周りは年上ばかりで、この気持ちを共有できる友達もいない。

…決してフィリバルトに問題があって友達ができないわけではない、と彼は思っている。


「おいおい、フィルに意地悪したくなる気持ちはわかるが、男がかわいくてもしょうがないだろ」


男はなんたるかを語り出したのはシュトラウスの弟ルーベンスだ。彼はリュークスの治安維持を司る、通称金鷲騎士団の団長を務めているので普段から鍛錬を欠かさない。筋肉がしっかりついた胸をどんと叩いてアピールする。


「あんなちっこい女の子に負けたのは鍛え方が足りなかっただけさ!明日もしっかりみっちり訓練しような!」

「だから!負けてない!叔父上もいいかげんにしてくれ!」


けれど、フィリバルトの叫びなどいつだって届かないのだ。気づけば、次の話題が始まっているのだ。


「そういえば、そのフィルを負かした女の子というのは、結局どんな子だったんだい?」

「負けてない!」

「昨日伝えたこと以上はわからなかったよ。異国人の子どもで言葉が通じない。どこから来たのか、マリアも不思議がってたよ」


フィリバルトをスルーしつつ、シュトラウスは眉間にしわを寄せた。そうしていると、フィリバルトが父親似なことがよくわかる。


「アレキサンドラ陛下がお隠れになって10年、外の世界と遮断されたこのドラゴニアに来訪者がいるわけはない。あの方が最後にかけた結界は内にも外にも強力だ。魔法師どもも未だその結界を破れていないのだから。それになのに…」


「わかってる、わかってる!俺もまさか外から来たとは思ってないさ。きっと10年前に帰れなくなった異国の商人の娘か何かだろう」


言葉が通じないのはちょっと不思議だがな、と笑って付け加えるルーベンスの楽観的思考に、シュトラウスは納得しかねるような表情を浮かべた。


「そんな難しく考えなくて大丈夫さ。あの子は悪いやつじゃない。理由?まぁ勘だけどな!あんなに純粋な目をしてる子どもが悪いやつなわけないさ!」


(叔父上の言い方は適当だけど、確かに悪いやつではなさそうだったな…)


少女の無礼な振る舞いに思わず手を出してしまったフィリバルトだが、言葉が通じていなかったことがわかったら怒りは不思議と消えていた。

それよりも、女性に掴みかかってしまったことや、投げ飛ばされて気を失ってしまったことがすごく恥ずかしかったし、悔しかった。

それでも、あの少女が何者なのか知りたくて、どんな顔で会えばいいかもわからないままに孤児院へ行ったのだ。


(あの投げ飛ばした時の動きは、どこかの体術だろうか?見たことも聞いたかもない動きだったな…)


いろいろ聞きたいことはあったが、何せ通じない。突然、彼女が頭を下げてきたのにも驚いたが、それが謝罪だとわかったのはルーベンスの発想力のおかげだ。


(何とか秋までに会話ができるようにしたいな)


秋には貴族学院への入学が控えている。15になった貴族の男子が集まる学び舎だ。寮生活になるから、入学したら冬と夏にしか返って来られなくなる。


(仕方ないから、僕が言葉を教えてやろう。そして一刻も早く何者か突き止めてやる!明日は僕が昔読み書きの練習に使っていた本を持って行こう!)


フィリバルトは決意した。まさかこれから毎日孤児院に行くなどと思っていない家族への意趣返しでもあった。


心の中で1人笑って少しだけ胸のすく思いがしたフィリバルトだったが、もう一つ、家族にも誰にも言っていないことかあった。


今日、真摯に謝ってくれた彼女の目は夜の闇のような黒だった。

しかし、昨日投げ飛ばされる寸前に見たのは、トカゲのように縦に走った瞳孔と金に輝く瞳だった。


(あいつにはきっとすごい秘密がある。それを一番に突き止めてみんなを驚かしてやるんだ!)

次はシーナ視点に戻ります。

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