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ゴメン

前回

オヤスミは言えました。

その夜、夢を見た。


暑くて煙くて息苦しくて、でも体を動かそうにも全く反応しない。目も開けられない。まるで金縛りみたいでパニックになる。

息苦しさはどんどんひどくなって、熱が肌を焼くような痛みを感じてもうだめだと思った。


その時、誰かの声が聞こえた気がした。


助けを求めて必死に手を伸ばそうと体に命令したけど、やっぱり動かない。でも、次の瞬間ふわりと柔らかな何かが私の中に染み込んだ。

途端にほっとするような暖かさに包まれて、痛みや息苦しさから解放された。


あぁ、これで大丈夫だと安心した時、そっと耳元で知らない男の声が囁いた。


"すまない。生きてくれ"



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



夜が明けきらない薄暗さの中、目が覚めた。

妙にはっきりとした夢を見たせいか、体がだるい。

隣を見れば、もうベットが空だった。


慌てて起きて台所に向かうと朝食の準備をしていた。

昨日の決意が鈍らないうちに、出遅れた分もせっせと動く。といっても、朝食も質素なもので、麦のようなものの粥とフルーツだからすぐ準備できてしまった。


朝食の席で、私は改めて挨拶してみんなの名前を聞いた。まだ怖々とこちらを見つめる子どももいたが、総じてみんな歓迎ムードだった。きっとマリアが受け入れてくれているからだろう。


食器を片付けた後、やる気みなぎる私の様子にマリアが教育係をつけてくれた。たぶん。そんな雰囲気だったからそう思うことにして、とりあえず彼女の後をついて回ることにする。


彼女の名前はエーシャ。昨日、私を着替えさせて、ベットまで案内してくれた女の子だ。ふわふわとした長いブラウンの髪を後ろで一つにまとめた落ち着いた感じの美人さんで、子どもたちの中ではお姉さん的存在のようだ。

今も、まとわりついてくる幼い子を上手に相手しながら洗濯している。


私はといえば、エーシャに「あれなに?」「これなに?」と指差して聞きまくっていた。作業のことで質問しているのもあるが、ついでに言葉も覚えたかったからだ。エーシャはその度に「ドレ?」というから、次から指差して「ドレ?」と言ってみた。すると彼女は笑って優しく教えてくれた。うれしかったが、正直作業の効率は悪くしていると思う。


(これじゃ、ちっちゃい子たちと一緒よね。エーシャの邪魔してる感じ)


私もここで生活していくなら、頼れるお姉さんになりたい。見渡してみても、私より年上はマリアだけのようだから。


(昨日からすごく子ども扱いされてるというか舐められてると思う!もっとできるとこ見せないと!)


言葉は教えてもらいたいけど、一旦黙って洗濯に集中する。洗い上げると、庭に出て長く張ったひもに洗濯物を干した。


(これだけの量が干してあると壮観ね!達成感あるわ〜)


よし!次はなにする?とエーシャを振り返れば、子どもたちに引っ張られて行ってしまった。

なんだなんだと追いかけると、居間の窓辺に見覚えのある金髪イケメンが立っていた。


(げ、忘れてた!)


昨日投げ飛ばした少年だ。相変わらずの仏頂面で外を見ている。それだけで居間の入り口から中をのぞいている女の子たちはヒソヒソキャーキャー言ってテンションだだ上がりだ。


(なんか芸能人とファンて感じ。ってそうじゃなくて!)


見たところ別状はなさそうだけど、ちゃんと謝らないと!と女の子たちを押しのけ押しのけ前に出た。


ふと、少年が気がついてこちらを見た。

険のある瞳と深く刻まれた眉間のシワが、昨日より仏頂面に拍車をかけている。


(当たり前だけど、これはかなり怒ってる!)


だけど、ここでひるんでも仕方がない。

私は姿勢を正すと、頭を下げて謝罪した。


「昨日は本当にごめんなさい!あの、怪我とかしてませんか?」


ゆっくり頭をあげて、真っ直ぐに少年を見る。エメラルドグリーンの瞳とかち合った。訝しんでいるようだ。


(当たり前か。言葉わからないし)


どうしたものかと困っていると、急に笑い声が上がった。と、髪をぐりぐり掻き回される。


「わ!な、なに?!」


手が離れたのを見計らって身を引くと、昨日少年と一緒にいた男が豪快に笑っていた。


(びっくりした!いたの気づかなかった〜)


失礼なことを考えていると、少年と私を交互に見てなにやらニヤニヤとからかうように何か言った。途端に少年の目が釣り上がり、人を殺せそうな凶悪な顔でにらんできた!


(ひえ!なに?!このおじさんなに言ったの?!!)


謝ってる最中だったのに!おじさんのせいで台無しだ!と恨みがましく男をにらんだ。男は少年の殺気も私の睨みもどこ吹く風で、相変わらずニヤニヤしている。気持ち悪いぞ、おじさん。


どうしようと途方に暮れかけたところで救世主が現れた。お茶をお盆に乗せてやってきたマリアだ。

この最悪な空気を知ってか知らずか、ドアを閉めて女の子たちの視線を遮ると、テーブルにお茶を並べてくれた。男は待ってましたとばかりにさっさと席について、マリアと和やかに話し始めた。


(もう、なんなの?)


男のペースについていけなかったが、それは少年も同じだったようで2人同時にため息をついた。

マリアが苦笑しながら椅子を勧めてくれたので、しぶしぶ私も少年も席につく。


すると、男とマリアが私のことを話し始めた。何回も「シーナ」とでてきたから間違いない。きっと私のことを説明してくれているのだろう。


(マリアさん、助かります〜!でも謝るのは自分でなんとかしたいんです〜)


男との会話が一区切りついたところで、マリアをつついてみる。振り向いたマリアと少年を交互に見ながら、頭を下げて謝る仕草をして「ドレ?」と言ってみた。ついでに首も傾げてみる。

でも、キョトンとされてしまった。みんなの頭にハテナが浮かんでいるのが見えるようだ。


やっぱりだめか…と諦めかけた時、男が閃いたように手を打った。


「ゴメン?」

「ゴメン??」


曖昧に男が頷くのを見てあまり信用できなかったが、とりあえず私は少年に向き直って言ってみた。


「ゴメン」


深く頭を下げる。これで通じてください!と念じて顔を上げると、少年の顔に驚いたような怒ってるようななんとも言えない表情が浮かんでいた。


男がまた豪快に笑い、マリアが私の背に触れて微笑む。きっとうまくいったに違いない。私はマリアに笑い返した。




結局、帰るまで少年の不機嫌は治らなかったけれど、ちゃんと私の気持ちが伝わったのか、その後は何事もなく帰って行った。


(言葉を聞く時は「ドレ」、謝る時は「ゴメン」ね。これは覚えた!)


他に今覚えている単語は…と考えて、洗濯しながら教えてもらった所が全然身についてないことに気がついた。がっくりだ。

受験勉強の頃を振り返っても、ながら学習は無理だったなと諦めざるを得なかった。


(どうにかして勉強に集中する時間をもらえないかな?あ〜、どう言えばいいかわかんないよ〜!も〜!)

読んでいただきありがとうございます。

シーナ、一歩前進です。

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