勝敗
風邪から復活!
遅くなりましたが、お付き合いくださいませ!
ルーベンスは散り散りになっていた部下をかき集めて、バリスタがある丘まで移動していた。
バリスタの矢は尽き、今は大猿とベオウルフの戦いを見守ることしかできない。
歯がゆく思うのは皆も同じだった。本部に魔法の大矢の確認をしに行った仲間の帰りを、戦況を見つめながら今や遅しと待っていた。
自分たちが手を貸せるとすれば、もうそれしかないのだから。
「あっ!ベオウルフ様が!」
「なんだ、あの黒い煙は?!」
ベオウルフが派手に転倒したと同時に、一回は倒したと思った大猿の体からシュー!と黒煙が吹き上げた。
土煙がもうもうと上がった向こうから、ぬるりと大猿が立ち上がる。それは今までとは違って、おぞましい動きだった。
「き、気持ちわるっ!ありゃなんですか?!」
問われてもルーベンスには答えられない。
ここからでは仔細は見えないのだが、必死に目を凝らした。
大猿の焼けただれた皮膚が再生していくのがここからでもわかった。この世界には様々な魔物が存在するが、ここまで治癒力のある個体は聞いたことがない。
『ギィヤヤヤヤ!』
背筋が寒くなるような叫びに一同は耳を塞いだ。
その叫びは心の弱い者を挫かせる響きがあった。
「なんなんだよ、あれ…あんなんに勝てるのかよ…」
ルーベンスは一喝した。
「怯むな!再生したとしても一度は死にかけた、ただの猿だ!それに!俺たちにはまだやれることが残ってる」
その時、背後から馬のいななきが聞こえた。
振り向けば、馬に大きな荷物を括り付けてこちらに掛けてくる仲間の姿があった。
「隊長!魔法の大矢です!」
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ぬいぐるみは小さな体のどこにそんな力があるのかと思うほど速く飛び、大猿の鼻先に躍り出た。
ベオウルフのしなやかな首を守る頑強な鱗がミシミシと今にも砕かれそうな悲鳴をあげていた。時間がない。
『俺の炎もくらうがいいー
言い終わる前にぬいぐるみが吹っ飛んだ。
大猿の長い尻尾が目にも留まらぬ速さで弾き飛ばしたのだ。ぬいぐるみは軽々と飛ばされたが、くるりと勢いを殺して静止した。
『全く!この体は軽すぎる!』
悪態をついている場合じゃないことはわかっている。
ベオウルフは炎を吐こうとしているのか、あるいは苦しいのか、けほけほと咳き込み火の粉を吐き出していた。羽ばたきも弱くなってきている。
『くそっ!』
ぬいぐるみはまたありったけのスピードで飛んだ。
飛びながら身体中に炎を這わせ、力を溜める。ロケットのように一直線に飛んで、あまりの熱さと速さで衝撃波を巻き起こした。
『ベオを離せぇぇぇ!』
尻尾が当たったがブレることなく弾き返して突き進み、大猿の土手っ腹を貫いた。
…一瞬の静寂。
ドオンンンン!
『ギャァァァァァァァ!!!』
衝撃音が悲鳴とともに遅れてやってきた。
大猿は風穴の空いた腹の痛みに思わず手を離した。
解放されたベオウルフはぐったりと地に落ちる。
ズズンンン…
『ぜぇぜぇ、ざまぁみろ!…はぁ』
ぬいぐるみもころりと地に落ちて荒い息をついた。いや、呼吸の必要があるかはわからないがともかく疲れた。力を使い過ぎて動けない。体に無数についていた宝石は割れ、明るい色の生地には煤がついて無惨な有様だ。
だが、役目は果たした。
ぬいぐるみが横たわっている前で、ベオウルフがゆっくりと身を起こす。何度か咳き込んで気道の調子を確認している。ダメージはあるが、その目は怒りに爛々と輝いていた。
大猿はじっと傷の再生を図っている。
だが、その傷口は炎を纏っていて、先程のような速さで回復しない。
焦っているのか、大猿はギョロギョロと目だけ動かして辺りを警戒し、尻尾を地に打ち付けて威嚇した。
『はっ!俺の炎は“浄化”の効果付きだからな…そう易々と治せはしないぞ』
ぬいぐるみはぴくりとも動かない体とは裏腹に、勝ち誇った声を上げた。
『おい、ベオ!今のうちだ!』
『ギャオオオオ!』
ぬいぐるみに呼応するように、ベオウルフが翼を広げて鳴いた。
と、すぐさま大猿に突進し、その首元に噛み付いて足爪でその傷ついた腹を掴んだ。
『グゥ!』
大猿はバシン!バシン!と尻尾を振り回し、鋭い爪で鱗を剥がしにかかる。
それでもベオウルフは怯まず、ガッチリと噛み付いたまま大きく羽ばたいた。
すると、大猿ごとベオウルフが宙に浮いた。
羽ばたく度に、少しずつ高く空へ上っていく。
木々よりも、周囲の丘よりももっと高く上ったところで、ベオウルフはふっと力を抜いた。
『これで、終わりだ!』
ベオウルフは大猿を離すと、くるりと宙返りしながら太い尻尾で大猿を蹴り上げた。
重い大猿はそこまで高く上がらなかったが、すかさず上空に回り込んだベオウルフが再び炎を吐いた。
『ギャアアア!』
空中では逃げることもできない。
いまだ塞がらない腹の傷に加え、頭から炎を浴びて先程と同じく肉まで焼ける痛みに悶え苦しんだ。
地面が迫ってきたところで、唐突にベオウルフが距離を詰める。大猿が認識するよりも早く、その尻尾で追い打ちの一打を食らわせた。
ドシィィィィン!
激しい衝撃と土煙が上がった。
『ふぅ。これで終わったな。…そういえば、テオのことを忘れていたな。ベオ!テオを探しに行くぞ!』
ぬいぐるみが相変わらずころりと転がったまま叫んだ。
だが、舞い降りたベオウルフの表情は芳しくない。
その目の前で、大猿がよろりと立ち上がった。
『ちっ!まだ死んでないのか!しぶといやつだ』
ぬいぐるみが悪態をついて、ベオウルフが再び攻撃態勢に入ったその瞬間、大猿の胸から黒い棘が無数に突き出した。
『ギィィ!』
大猿は信じられないように自分の胸を見下ろした。
棘はあれよあれよという間に変形して半球状になったかと思うと、大猿の胸を丸くくり抜いた。
意味不明な状況にベオウルフたちが固まる中、大猿が音を立てて地に伏し、完全に動かなくなった。
残ったのは、その体から立ち上るように揺らめく黒い影と、胸をえぐった球体だ。
球体はゆっくりと地面に降りて行って、大猿の体を滑り降り、その影に溶けていく。
『おい、おいおいおいおいおい!ちょっと待て!あの影止めろ、ベオ!』
ぬいぐるみの大声にはっとしたベオウルフの反応を待たず、今にも影の中に消えてしまいそうな球体に向かって何かが飛んで行った。
ベオウルフの後方、丘の上からの大矢だった。
球体に触れた瞬間、カッ!と閃光が走った。とともに、大音響で爆発した。
ゴオオッ!と激しく燃え、影全体に燃え広がった。
影は苦しむように形を変え、粘土のようにぐにゃぐにゃと捻れ、伸び縮みした後、端から灰になって散っていった。
しぶとく燃え続けていた球体が、影と切り離されて再びふわりと宙に浮いた。
この球体こそが大猿の心臓であり、今回の騒動の原因であろうという考えがぬいぐるみにはあった。だからこそ、球体が確実に燃えて無くなるまでは安心出来ず、ベオウルフとともにじっと成り行きを見守った。
その時、球体の端に亀裂が入り、そこからボッ!と炎が噴き出した!
燃えている外の炎とは別に、中からどんどん噴き出してくる。球体はどんどん崩れ、炎の壁に取って代わられていった。
激しく燃える炎の球体と化したそれは、見つめるには眩しいくらいだ。
ほんの数秒、そのまま浮いていたが、唐突に炎が広がり薄まって、中から何者かが姿を現した。
ベオウルフたちが信じられない思いで見つめる視線の先に現れたのは、黒髪の女の子…シーナであった。
シーナおかえり!




