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ベオウルフ の戦い

『巻き込まれたくない者は下がるがいい!』


ベオウルフ の低い声が響く。

テオドーアはその背に跨ったまま、しっかりと鞍を掴んだ。その腕には、ごてごてと飾り立てられた竜のぬいぐるみがしっかりと抱えられている。


『ベオウルフ はよく鞍なんぞ付けてくれたな。まぁ、おかげで落ちずに済みそうだが…』

ぬいぐるみから男の声がした。全くもって不釣り合いだが、ひと通り笑い倒したテオドーアは気にしない。


「舌噛むから少し黙っていてくださいよ!」

『いや、この体に舌はないから要らぬ心配…』

言っている途中で、ベオウルフ は大きく羽ばたいた。浮いてしまいそうな体を、大地にしっかり食い込ませた足爪で支える。

激しい風が辺りの木々や石ころを吹き飛ばし、目の前の大猿にビシッ!バシッ!と命中した。


『グッ!グオオオオオ!』

大猿の雄叫びは衝撃波となって、飛んでくるものをはじき返す。


完全に怒った大猿は、血走った三白眼でベオウルフ を睨み据えた。だが、ベオウルフ は意に介さず、風を巻き上げ続ける。


堪らず大猿が短い足に力を込めて走り出した!

胸をドンドンと叩きながら、雄叫びをあげて迫ってくる。その衝撃で大地が揺れた。


ベオウルフ に摑みかかるが、一寸前に足の支えを外して空へと逃れる。

大猿の頭上に飛び立ったベオウルフ の口が赤々と燃え上がった。


ゴオオオ!

ベオウルフ は垂直に炎を吐いた。

それは堰を切ったような勢いで、大猿を包み込む。


『ギャアアア!』

大猿の体は火だるまになって、大地を転げ回った。

炎を消そうとしている側から、二度三度と吹きかけられて大猿は叫び続けた。


「どうです?!ベオはスピードだけじゃない。炎だって吐けるんですよ!」

自分のことのように胸を張るテオドーアに、ぬいぐるみが嘆息した。ベオウルフ は気にせず、炎を吐き続ける。

『…まぁ、勝敗は決したな。あの毛むくじゃらじゃ、炎は防ぎきれん』


大猿が動かなくなった。

辺りには生き物が焼ける時の臭いがむっとするほど充満している。確実に、毛皮の向こうの肉まで焼けている臭いだ。


「最初に見た時は強敵に見えたんですがね。存外、大きさばかりであっけなかったですね」

テオドーアは片手を鞍から離して額を拭った。

炎の熱さに、気づけばぐっしょりと汗をかいていた。


ぬいぐるみがパタパタと背中の小さな羽を動かして、テオドーアの腕の中から逃れる。

『しかし、こいつはなんなんだ?昔、ポポッシュの親玉ポポッシュ・キングには遭遇したことがあるが、ここまで大きくはなかったぞ』

もっとよく見ようと大猿に近づこうとしたぬいぐるみだったが、不意にベオウルフ に阻まれた。


「どうしたの、ベオ?」

『…見ろ。…まだ、終わってない!』


警戒の声を上げた瞬間、大猿の長い尻尾が目にも止まらぬ速さでベオウルフ の足に巻きついた。

あっと思った時には足を引っ張られて、後ろへぐらりとよろける。咄嗟に踏ん張ろうとした足がもつれて、激しい地響きを上げてひっくり返ってしまった。

ズズンンンンッ!


土埃が視界を遮る。

「けほっ!ごほっ!っ、痛いなぁ、もぉー」

片手を離していたせいで、テオドーアは倒れた衝撃に耐えられず振り落とされてしまった。

受け身をとって衝撃を和らげたが、それでもダメージはゼロではない。特に痛む左肩をさすりながら立ち上がった。

「竜王様ー!大丈夫ですかー?!」


すぐにパタパタと軽い羽音がして、土煙の向こうから派手な色合いのぬいぐるみが姿を現した。

『俺は大丈夫だ。テオは?』

「打ち身くらいです。しかし、まぁベオの炎をくらってまだ動けるとは!ちょっとはできるやつのようですね」

その感想にはぬいぐるみも賛同した。

横でベオウルフ が身を起こした。巨体を動かした勢いで土煙が去っていく。


薄まった土煙の向こうで、黒煙を上げて立ち上がる大猿が姿を現した。黒煙は蒸気のように大猿の傷口から吹き出している。

1人と2匹が警戒して見つめているうちに、煙が上がっている箇所から肉が盛り上がり、綺麗な皮膚が現れ、ふさふさとした毛が生えた。


「ちょっと、なにあれ?治癒?再生?あんな速さ見たことないですよ!」

さすがのテオドーアも目を見張った。

それは異様な光景だった。


「ベオ…あいつはいったい…」

『…離れていろ。あいつは、ただの魔物ではない』


テオドーアはただ頷いた。離れる前に、もう一度大猿の様子を伺う。

そこには、禍々しいオーラを放つ、巨大な魔物がいた。先ほどまではまだ動物としての猿の気配がわずかにしたが、どうやらあの黒煙でそれも失ったらしい。


焼けただれて濁った瞳が再生し、ぐるりとこちらを向いた。

『ギィヤヤヤヤ!』

天に向かって劈くような雄叫びを上げる。これまでと違って肌が粟立つ。

テオドーアは足が地面にくっついてしまったかのように動けず、立ち尽くした。


『早く離れろ!ここからは構ってやれる暇はなさそうー

最後まで言う前に、大猿に体当たりされた。

早すぎてベオウルフ は反応できない。けれど、今度はなんとか倒れずに持ちこたえた。踏ん張る足が大地を削り取る。

バキバキと木々をなぎ倒してやっと止まった。しかし、態勢を立て直すのを待たず大猿に首を掴まれた。掴んだ両手を徐々に持ち上げて、ベオウルフ が宙に浮いた。


「『ベオ!!』」


ベオウルフ は腕と一体になっている翼をばたつかせたり、足爪で引っ掻いたりして逃れようと暴れた。

竜が暴れるのだ。辺りは激しい風と衝撃に揺れた。


『くっ!俺はベオを助けに行くぞ!テオは早く避難しろ!』

「わかったから行ってください!ベオを!早く!」


軽やかにぬいぐるみが飛ぶ。この激しい風をもろともせず突き進んでいく姿を見送ってから、テオドーアは自身の足元を見下ろした。


「僕も行きたいところだけど…なんなんでしょうね、これ」

動かないと思った足は、よく見ればどろりとした何かの影が縫いとめていた。

意味はわからないが、これが味方でないことはわかる。焦りと緊張でこめかみを汗が伝った。


「まさかベオが負けるとは思っていないけど。僕が足手まといになるわけにはいかないからね」

テオドーアは腰に下げていた曲刀を抜いた。

猫の尻尾のようにすらりと曲がった刀身が鋭く光る。


「さぁ!僕の足をさっさと離せ!」

また戦いは終わらず

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