助けて
連続投稿2話目
ーーーその頃、孤児院では…
「…フィリバルトさま、ぜんぜんかえってこないねぇ」
リリーは待ちくたびれて、窓辺に頬杖をついた。
フィリバルトが戻ってきたら、一緒にシーナを探しに行くつもりだったのに(実際には連れて行ってもらえないだろうが)肩透かしを食らった気分だった。
「フィリバルト様がいらしたら教えてあげるから。それまでは、マリアさんの様子を見ていてくれる?」
エーシャが近づいてきて、優しく肩に触れた。
リリーはため息をついて振り返った。
朝の混乱は少し落ち着いて、みんなそれぞれの役割をせかせかとこなしている。
一見、日常に戻ったようだが、シーナ捜索隊に選ばれた年長の子どもたちが暖炉の前に陣取って、あーだこーだと作戦会議をしている姿が目に入った。マリアもまだ目を覚まさない。
そのことが、子どもたちを浮き足立たせていた。
「ねぇねぇ、エーシャ。マリアおばさん、め…さますよね?」
不安そうにエーシャを見上げた。
「シーナも…げんきだよね?かえってくるよね?」
いつもの元気はなりを潜めて、随分と小さな声で訪ねてくる。その様子に胸を締め付けられたエーシャは、膝をついてリリーを抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫よ。マリアさんももうすぐ起きてくるわ。シーナだって、フィリバルト様と一緒に探せばきっとすぐ見つかる」
だからもうちょっと待っていようねと言われて、リリーは少しだけ頷いた。
エーシャは心配そうにリリーを撫でた後、また家事に戻っていった。
リリーはもう一度だけ、フィリバルトが帰ってこないか確認しようと窓から身を乗り出した。
きょろきょろと辺りを見回したけれど、やっぱり誰の影もない。
がっかりしつつ、エーシャに言われた通りにマリアの側に行こうと窓から離れた。
その時、遠くから誰かの悲鳴が聞こえた。
リリーははっとして窓からまた身を乗り出した。
この辺りは治安が悪い。時々、悲鳴が聞こえることはあったし、普段なら気に留めない。
けれど、今日は別だ。もしかしたらシーナなんじゃないかという焦燥感にかられたのだ。
耳を澄ましていると、大通りと反対側、貧民街のもっと奥の方から何やら騒がしさが近づいてくる。
「ねぇ!なにかくるみたい!」
周りのみんなに向けて振り返りもせず呼んだ。
もしかしたらシーナが駆けてくるかもしれない。フィリバルトが馬に乗って門の影から現れるかもしれない。そんな期待に身を乗り出したまま、外を見つめた。
その時、向かいの家々の屋根の向こうに、大きなオレンジが姿を現した。
ぴょんぴょんと跳ねるように屋根から屋根へ飛び移り、何かを探すように辺りを探っている。
「ねぇねぇ!あれなぁに?!」
また振り返らずに、声だけ大きく張り上げた。
いつのまにか暖炉の前にいた子どもたちも窓辺によって、リリーの頭越しにそのオレンジをみとめた。
「「「キー!!」」」
次々とオレンジが現れ、屋根から屋根へ飛び移り、こちらに向かってくる。
横にいた年長の男の子が呟いた。
「おい、もしかしてあれって…!」
もっとよく見ようと目を凝らしていたリリーは、突然後ろから引っ張られて窓から引き離されてしまった。
「きゃ!なにすんの!」
驚いて振り返ると、みんなの顔が強張っていた。
「窓を閉めろ!他の部屋もだ!」
年長の男の子が急いで目の前の窓を閉めた。
窓はガラスなどはめられておらず、木でできた窓板を両側から閉めるので光がほとんど入らない。部屋の中は一気に暗くなった。
リリーが困惑している間に、年長の子どもたちが駆け出して家中の窓を閉める音がする。他の部屋から同じく困惑の声が聞こえた。
「何しているの?窓を閉めたら暗いでしょう?」
エーシャが戻ってきて、呆れたように言った。
だが、部屋を見回してみんなの様子がおかしことに気がつくと、神妙な面持ちで尋ねた。
「…なぜ、窓を閉めたの?」
気づけば、家中静まり返っていた。
エーシャの声が思いの外大きく感じた。本当はいつもの話し声くらいなのに。
側にいた女の子が窓に釘付けになりながら、内緒話をするようなひそひそ声で言った。
「…リリーに言われて窓の外を見たの。そしたら、ポポ色の初めて見る生き物がいてね…私たちよりも大きな生き物みたいだった」
「っ!それって…!」
その時、窓の外から何かの気配を感じた。
窓枠のわずかな隙間から漏れる光が一瞬陰る。
みんなが息を飲む中、リリーだけは怖いもの見たさに、その隙間から外を見ようと近づいた。
…そっと下から、窓枠を掴んで、ちょっとだけ、ちょっとだけ
バンッ!バンバン!
「「「きゃー!!」」」
激しく窓板を叩かれて、リリーは尻餅をついた。
窓板が傾いてできた隙間に、鋭い牙と爪を持つ猿が姿を現した。
「ポポッシュだ!」
「マリアさんを守らなきゃ!みんな2階へ!」
悲鳴とともに一斉に走り出す。
階段を駆け上り、マリアの部屋へ駆け込んだ。
「マリアさん!起きて!魔物が来るのよ!」
エーシャがマリアを激しく揺さぶった。
他の子どもたちも一緒になってマリアに呼びかける。
初めて見る魔物は想像よりずっと恐ろしかった。
子どもたちは誰もが思っていた。
こんな時にシーナがいてくれたら、不思議な力で守ってくれるのに。
こんな時にフィリバルトがいてくれたら、あの立派な剣で魔物をやっつけてくれるのに。
目覚めないマリアと、階下から感じる魔物の気配にすすり泣きながらリリーはお祈りの時のように手を合わせた。
「たすけて!シーナ!フィリバルトさま!」




