フィリバルトの受難
入学、進級、就職などなど、新生活を迎える皆様おめでとうございます!
私も繁忙期でのんびり投稿に拍車がかかってきましたが、今年度もよろしくお願いします!
フィリバルトは教会を目指していた。
けれど、実を言うとおおよその場所しか知らなかった。領主の息子とはいえ、この街の正確で詳細な地図など頭に入っているわけがないというものだ。
(たぶんこの辺りだけど…誰かに聞いた方が早いな)
と言っても、通行人が全くいない。
スラム街に立ち入ったことといえば孤児院までで、ここまでうろついたことなどない。こんなに人気がないのがいつものことなのかはわからなかった。
似たような路地を何度か通り過ぎたところで、みすぼらしい子どもが4人座り込んでいるのをやっと見つけた。
暗くて細い路地だ。馬で入るのをためらって、フィリバルトは路地の入り口から声を掛けた。
「おい!そこのおまえたち!教会はどっちだ?」
子どもたちがびくっとして顔を上げた。
皆、覇気がない顔で、何かに絶望したような暗い目をしている。フィリバルトは思わず視線を晒しそうになってしまった。
(しっかりしろ!領主の息子が何を貧民に怖気付いてるんだ!)
「おい!教会はどっちだと聞いている!」
フィリバルトは弱腰になる自分を奮い立たせて声を張り上げた。
困惑したように子どもたちは顔を見合わせたが、そのうちの1人がゆっくりと膝に手をついて立ち上がった。その手が、火傷したように爛れている。
「…教会に何しに行くの」
大きくもなく小さくもない声で、立ち上がった子どもが言った。少年の声だ。
聞いているのはこっちだぞと思ったが、生来の素直さか、姉の教育の賜物か、深く考えることなく答えてしまった。
「人を探している。昨日、誰かに連れ去られたんだ。教会なら何か知ってるかもしれないし、助けを得られるかもしれない」
子どもたちが再び顔を見合わせた。けれど、何やら様子がおかしい。
「探しているのって、黒髪の女の子?」
「あの孤児院の?」
座ったままの子どもが呟いた。
「シーナを知ってるのか?!」
フィリバルトの剣幕にたじろぐ仲間を庇うように少年が前に出た。
「知ってる。たぶん…連れ去った相手も」
「!なんだと?!」
フィリバルトは気色ばんで身を乗り出した。
馬が不穏な気配を感じて落ち着かなく足踏みする。
少年はゆっくりと近づいてきて、日の当たる少し手前で立ち止まった。
「教会に行っても見つからないよ。危ないからやめとけば」
「なんだと?!おまえ、何を知ってる?!シーナはどこにいるんだ?!!」
馬上からは影に立つ少年の顔が見えない。
けれど、ふと見れば少年の肩が震えていた。血が上った頭が、少し冷静さを取り戻す。
「おまえ…何をそんなに怯えているんだ?」
少年が勢いよく顔を上げた。
ボサボサの髪の間から覗く暗く濁った瞳と目が合う。が、それより、目の周りの皮膚に泡立つような無数の水泡ができているのに気がついた。
「おまえ、病気なのか?」
少年の顔が歪んだ。
「そうさ!教会が金をくれるって言うからあいつのこと教えてやったのに、俺をこんなにしやがった!」
吐き捨てるように言った。
「どういう意味だ?教会がおまえを病気にしたのか?」
「ああ、やつらはいかれてる。何が"光の神が全てを照らし導かん"だ!導く先は地獄さ!」
ゲホッゴホッ!と突然咽せ込むような咳をして、少年は体をくの字に曲げた。
仲間の子どもたちが駆け寄って、その背をさすってやった。
「ゲホッ!…はぁ、はぁ。あんたもこんなところうろついてたら、病気がうつるぞ?人探しは諦めて早くお屋敷に帰れ…ゴホッ」
「…いや、帰らない。なおさら早く助けてやらないと!あいつは…きっと助けを待ってる」
少年の言葉は信じられないが、もし教会が協力的でなくても孤児院のみんなとシーナを見つける。そう、フィリバルトは決意していた。
(シーナは言葉も分からなくて、きっと心細い思いをしているはずだ!早く…早く見つけてやらないと!)
フィリバルトの揺るがない強い意志を感じて、少年が自嘲した。
「…おれたちのことは助けてくれないくせに。そのシーナとかいうやつと、おれたちと、何が違うってんだ。金持ってるやつらから見たらおれたちはみんなその辺の石ころみたいなもんなんだろ?なのに、なんで…なんで!」
グワッ!
少年が急に恐ろしいものに変わったように、背筋が凍った。
(なんだ?!こいつ、急に…)
「あの畑からは盗み放題だって聞いたのに追い払われるし!契約者が魔法を使ってくるなんてやり過ぎだろ?!他のやつは教会から金もらってうまいメシ食って…なのにおれはわけわかんねー光浴びせられて体が溶けちまいやがった!なんでなんだよ!クソ野郎!」
仲間たちを突き飛ばして、少年がフィリバルトに向かって日の光の中に躍り出た。
その途端、彼の体は溶けるように崩れて形を失った。
崩れた先から真っ黒な影になってフィリバルトに向かって網をかけるように広がり襲いかかる!
咄嗟に動けず、馬上で体を縮めたフィリバルトはあっという間に影に飲み込まれてしまった。
影を押しのけようともがいたつもりだが、ちゃんと体は動いたのだろうか?いつのまにか馬の感触は消え、手足の感覚も薄れて自分が上を向いているのか下を向いているのかも分からなくなってしまった。
耳元で不快な響きがした。それは少年の声だった。
『ああ、ずっと誰かに呼ばれてる気がするんだ…
怖ぇけど、すごく行きたくて行きたくてたまらない。でもあいつらは連れていけない。あいつらはこんなおれを見捨てなかった、大切なダチだから。幸せになってほしいんだ。だから、だからさ』
『あんたは道連れだ』
薄暗い感じになってまいりました。
これくらいならR15にはならないよね?とビクビクしながら書きました…
また次回もお付き合いください!




