なかなかうまくいきません
前回
リリーに懐かれました
シーナは困り顔でリリーを見下ろした。
お出かけについてきたい様子だが、幼い子の面倒を見ながら初めての土地を歩く余裕は正直ない。
(しかも、なんか機嫌悪いし。さっきまでそんなことなかったのにな〜)
幼い子どもの機微などわからない。シーナはしゃがんで、リリーと目線を合わせた。さっきはうるさいくらい動いていた口がへの字に曲がって「不機嫌です!」と主張している。
(なんとか説得したいけど…親戚にもこんなにちっちゃい子いないし、どうしたらいいかわかんないよ〜)
とりあえず愛想笑いで場を和ませて、当たり障りのない言葉で伝えようと試みるが…
「え〜と、リリー?ワタシ、イク。フィル、イク。リリー………チガウ」
「#@/&→¥$€! %♪→#」
…直球しか思いつかなかった。
もちろんリリーは不服なようで俯いてしまった。
ますます困っていると、集まっていた子どもたちの向こうから声がして、エーシャがやってきた。
状況を見ていたのだろう。エーシャは苦笑しながら、リリーの背中をとんとんと叩く。
「リリー、マリア#○/→?」
リリーが首を振る。するとエーシャが、
「#&_→×?」
諭すように話しかける。どうやら説得してくれているようだ。
(よかった!エーシャ、ナイス!じゃあリリーは託して、暗くなる前に出かけてこなくちゃ!)
リリーがエーシャの方に気を取られてるうちに、そろ〜と立ち上がって向きをかえた。一歩踏み出そうとした瞬間、ぽんと肩を掴まれて振り向くと、笑顔のエーシャがこちらを向いていた。
(あれ、エーシャの笑顔がさっきより迫力ある気が…)
「シーナ、イク、チガウヨ?」
ぐっと掴む手に力が入って「逃がさない!」と言われているようだ。私のわかる単語で、噛んで含めるように言われて思わず「ひぇ!」と声が出てしまった。
助け舟をもとめてフィルを振り向くと、やれやれというふうに首を振られてしまった。
(今行くって言ったじゃん!簡単に諦めないでよ〜!)
逆恨みも甚だしいが、裏切られた気分だ。抵抗を試みるも甲斐無く、エーシャに従うしかなかった。
(なんで私まで出かけちゃいけないの?マリアさんの許可が必要なの?)
確かに、マリアがここの責任者なら子どもたちを守る義務があるわけで、彼女の許可なく子どもたちに出歩いてほしくないのは当たり前のことかもしれない。ちょうど外出しているマリアに代わって、エーシャが止めに入ったのも頷けるが…
(私は大学生なんですー!だから、責任は自分でとりますー!)
ふーんだ!と心の中でやり場のない怒りを発散させながら、結局樽や桶は片付けてフィルとの勉強会で1日が終わってしまった。
リリーの機嫌は、フィルが帰るまで直らなかった。
何故だろう。
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夕食の支度の前に帰ってきたマリアに話をつけようと、タイミングを見計らっているうちに夜になってしまった。
あっという間にベッドに入る時間で、マリアが最後のチェックを終えて部屋を出て行く。マリアが夜に何をしているのか知らないが、だいたいは向かいの自室にいるみたいだ。そこは初めて魔法を使った時に寝かされていた部屋だ。
(お風呂まで後少しなのに…我慢できないよ!拭くだけじゃ髪がベタベタするし!着た切り雀なせいで全体的に汗臭いし!今日中に話をつけて、明日には湯船を完成させてやるんだから!)
子どもたちが寝静まったのを見計らって、こっそりベッドを抜け出す。別にこそこそする必要はないかもしれないが、またリリーに見つかって騒ぎになりたくない。
音を立てないように、ゆっくり扉を開けた。向かいの扉の隙間から光が漏れている。やはりマリアはまだ起きているようだ。
ノックしようと手を上げた時、中から声が聞こえた。
(あれ、他にも誰かいるの?)
そっと扉に耳を当てる。小さくて聞き取りづらいがマリアとは違う、知らない大人の女性の声がした。
(夜にお客さん?でも、誰か来た気配なんてなかったのにな)
いったいいつ来たのか。
邪魔をしてはいけないからベッドに戻るべきとは思いつつも気になって、扉の隙間に目を凝らした。もしかして中が見えるかもと思って…
「ひっ!」
見えたのは、シーナを見返す濃い紫の瞳。
隙間からは瞳しか見えないほど間近で、背筋が凍りついた。
息をのんで、思わず反対の扉まで後ずさる。足がもつれて尻餅をつきそうになって、慌てて手をついたその時、横から黒い影が襲ってきた!
パニックになる頭とは裏腹に、身体は勝手に攻撃を交わして床を転がる。
さっと相手に向き直ったと思ったが、後頭部に衝撃が走った。意識が飛ぶ寸前、背後に立っていた別の影に殴られたのだとわかった。
影のように黒い身なりの誰かに……
お風呂への道は険しい…




