事件
遅くなりました!
年末年始は少し間を開けて投稿しますので、よろしくお願いします。
魔法が当たり前の世界か確認してもらおうと勇んで部屋を出たが、なんと声をかけるかで早速躓いてしまった。
(話したことある人すらほとんどいないんだよね。初会話でいきなり魔法がどうのなんて言われたら、私だったらドン引きするわ)
もう少しみんなと信頼関係を築いた上でないと無理なんじゃなかろうか。詰まる所、今すぐに魔法のことを確認できないということだ。
(仕方ないかー!うん、ここは気持ち切り替えて、あったかいお風呂もご飯もこっそり準備しよう!魔法のことがはっきりしたら、みんなにも教えればいい!)
諦めらめるなんてできない。だって、お風呂とご飯がシーナの頭の中でぐるぐるしていて、完全に禁断症状末期なのだ。
ご飯は材料を分けてもらわなければならないから後回しにしよう。とりあえずお風呂から考える。
ともかく、誰にも見られずに安心して作業できる場所が必要だ。
(夕方以降はみんな屋内にいるから、暗くなってから外にでれば誰にも見られないかも!)
確か畑の横に農具や薪をしまっておく小屋があったから、そこはどうだろうか。中に空いているスペースがあるかわからないし、まずは確認だ。
夕食まではもう少し時間がありそうだし、子どもたちの監視の目も緩んでいる今のうちに見てこようとシーナはこっそり外に出た。
夕暮れの街並みは陰影が濃くて独特の雰囲気だ。
まだここの敷地を出たことがないけれど、表の道は普段から人通りがないので外から誰かに見られる心配はなさそうだ。
建物の脇へ回って、薪置き場と農具置き場を覗いた。
中には昨日使った鍬や落ち葉かきなどの道具のほかに、しばらく使っていなさそうな用途不明のものが壁に寄せて積まれていた。
中には空の樽や壊れた木製のたらいがあって、うまくすれば湯船にできそうだ。
(砂埃とか蜘蛛の巣とか掃除すればいい感じじゃない?よしよし!そしたらこの樽で五右衛門風呂とかどうかな?熱した石を入れてお水をあっためて、このたらいを裏返して底に入れれば完璧!私頭いい!)
まずは小屋の掃除から、と鼻歌交じりに箒を手に取ろうとしたその時、小屋の外から女の子の悲鳴がした。
「わ!なに?!」
小屋を出ると、畑で女の子が見知らぬ子どもに押し倒されていた。汚れてよれよれの服に、何日も洗っていないようなボサボサの髪のみすぼらしい子どもが女の子に向かって右手を振り上げる。
「な!なにしてるのよ!」
思わず大きな声を上げて駆け出した。子どもの顔がこちらを向く。髪の間から、暗く、落ち窪んだような目がシーナを捉えた。その途端、シーナの中で何かが蠢くのを感じた。この気持ち悪さはあの夢の…
(うぅ!それどころじゃないのに!)
「その子の上から退きなさい!」
必死に不快感を振り払い、子どもを引き離そうと手を伸ばした。その時、
「いてっ!」
シーナの手に石が飛んできた!そちらを見ると、他にもみすぼらしい格好の子どもが3人いて、それぞれが畑の野菜を抱えている。
(この子たち、泥棒か!)
状況は理解できたものの、見過ごすわけにはいかない。きっと何か事情があるだろうけど、だからといって盗みを働いていいことにはならない。
シーナが止まった一瞬の隙をついて、目の前の子どもが突き飛ばしてきた。
「わ!なにするの…!」
全部言い終わる前に胸倉を掴まれた。暗い瞳から怒りとか悲しみとか、いろいろな感情が流れ込んでくるようで息が詰まる。体の中の蠢きがまた一層強くなって襲ってきた。
(う!気持ち悪!体が…熱い……)
あまりの不快感に意識を飛ばした次の瞬間、子どもが拳を振り上げた。シーナは無意識に拳と相手の襟元を掴むと、足で太ももを蹴り上げて投げ飛ばした。巴投げの要領だ。
「#☆〆/!」
野菜を放り出して他の子どもたちも集まってくる。投げ飛ばした子もよろよろと立ち上がって睨みつけてきたが、次の瞬間、みんな一様に固まった。
シーナもゆらりと立ち上がる。
(自分の体が、自分のじゃないみたい…)
意識がふわふわとしてはっきりしない。体が勝手に動いているような不思議な感覚だ。
ふと見下ろすと、黒い靄が体からにじみ出ていた。
頭が痺れたように麻痺していてよくわからないけど、よくない感じがする。靄を抑えないといけない。そう思って必死に意識を集中した。
「#〆×<*ー!!」
投げ飛ばした子が拳を振り上げてまたも襲いかかってきた。女の子が息をのみ、建物のドアが勢いよく開いてマリアたちが集まってくる。
けれど、今のシーナは気づかない。
何もなかった空間からボボボッ!と炎が吹き出した。昨日のライターのような火とは比べ物にならない大きさだ。その炎がヘビのように伸びて、靄ごとシーナを覆うように走り出した。
それは殴りかかってきた子どもを弾き飛ばし、にじみ出た靄を蒸発させ、流れとなってぐるぐるとシーナを取り巻く。
(あ…気持ち悪いの、なくなってきたかも……)
シーナはふぅと息を吐いて、はたと周りを見回した。
炎がぐるぐると舞っている。熱いくらいだが、特に火傷もなく、怖い感じもしない。
(これ、私が出してるんだよね?い、いつのまに…!)
意識がはっきりして、思わず青ざめた。急いで火が消えるところをイメージすると、炎はすーっと溶けるように消えていった。
ほっとして目の前の子どもを見ると、その手が赤くただれていた。明らかにさっきの炎で火傷したのだ。
「あ…ご、ごめんなさい!早く冷やさないと!」
気が動転したまま駆け寄って、逃げようとする子どもの腕を掴んだ。キッとこちらに向けられた顔が恐怖と憎悪に歪められていて、シーナにこう言っているようだ。「化け物め!」
はっとして、掴んだ腕を離してしまった。
子どもはするりと抜けだすと、仲間と一緒に逃げて行ってしまった。
呆然と膝をつく。触れた土の感触に地面へと視線を落とした。
(…みんなで頑張って整えた畑、ぐちゃぐちゃになっちゃった)
畝はなくなり、どこに種を埋めたかもわからない。
あの子どもたちは飢えて野菜を盗んだのかもしれないが、ひどいじゃないか。私だって、向こうが襲って来なければこんなことせずに済んだのに。
(私に、じゃなくて、きっと自分の状況に腹を立ててたんだろうけど、あんなに暗い目を見たの初めてだよ…)
マリアが近寄ってくる。
こんな風に魔法を見せるつもりじゃなかった。
ついさっきまで、ちゃんと計画を立てて確認してからと思っていたのに。
マリアを見るのが怖かった。もし拒絶されたら、これからどうすればいいのだろう。ここ以外に居場所なんてない。言葉も分からず放り出されたらと思うと不安で吐きそうだ。
ぐっと奥歯を噛んで俯いていると、頭上に影が差した。次の瞬間、フワっと抱きしめられていた。
「マリアさん…」
顔を上げると、マリアが目に涙を浮かべて微笑んだ。
暖かい手がシーナの頰を包む。
「シーナ、#@%*○→☆」
シーナの頰からぽたりと涙がこぼれた。
マリアは受け入れてくれたのだ。火を出せる自分を。
見回せば、子どもたちは一様に戸惑ったような、理解できていない顔をしている。魔法か当たり前でないのは明白だ。しかも、今回は黒い靄まで出てしまった。あれがなんなのか私にも分からないが、あまり良いものな気がしない。
マリアが手を引いて立たせてくれた。
土だらけになってしまったのを払って屋内へと歩き出す。
とりあえず泥棒は追い払えたし、図らずも魔法のことがばれてしまった。さて、これからどうしよう。
(あれ?これってもうおおっぴらにお風呂の準備とか料理とかしてもいいんじゃない?)
超絶前向きなシーナさん。そうじゃなきゃ、やってけませんよね。
それでは皆様、よいお年をお迎えください。




