1‐8 It's beautiful
彼女は一番最初にループしたときは何していたのか
僕の質問に彼女は困ったように笑った。
「それが、分からないの」
「わからない」
僕は思わず反芻する。
「うん。正確に言うと、当時の正確な事は忘れてしまったの」
体感数百年前にもなると無理もない。
「当時は必死に、何か違ったことは無いか探したわ。それでも見つからなかった。それは覚えているわ。でも実際に何をどう探したかは覚えてないのよ」
「そっか。まあ、そうだよね。そうなると何から手を付けていいか、見当もつかないな」
「そうなのよ。だから本当に困ってて」
彼女はそう言いながら、持っていたカップに口をつける。「カフェラテも良いわね」などとつぶやいた。表情は困っているというより、楽しそうだ。
そんな彼女を見ていて、僕はずっと気になっていることを聞きたくなった。
「倉木さんてさ」
「うん?」カップに口をつけながら顔をこちらに傾ける。
「なんでそんなに楽しそうなの?」
「え、どういうこと?」
「いや、なんて言うか、僕の勝手な想像なんだけど、タイムリープしている人ってさ、同じことの繰り返しに退屈したり、絶望感を抱いているものだと思ったんだけど」
「いい思考ね」
彼女は人差し指を上に立てる。教師のようなしぐさだ。
「まず、三島君は『同じことの繰り返し』って言ったけど、運命なんてないのよ。毎回のループで同じことが繰り返されるわけではないわ」
「え、そうなの?」
かなり衝撃だ。
「もちろん、私がループする前の出来事は既に確定してるから、それに起因することは大抵変わらないわね。でも絶対じゃない。ループ期間中に何かが偶然起これば、それが関与して変化することもあるの」
「人の傾向とかもそうそう変わらないから、似たようなことは起こるわ。もちろん毎回同じ時期ではないし、起こらないかもしれない」
「大きい出来事は結構原因が根深いから大抵起こるわね。どこかのアイドルグループの解散とかね」
「そうなのか」
確かにそれは道理にかなっていると思う自分がいる。
「じゃあ、僕は昨日の晩ランニングしたけど、前回のループではしてなかったかもしれないってこと?」
「そうね。偶然、ケガをしたかもしれないし、お母さんと喧嘩して気分がのらなかったかもしれないわ」
「だから、毎回、新しい発見があって楽しいわ!今もそうよ!」
彼女は満面の笑みを浮かべた。これほど嬉しそうな彼女は見たことないくらいだ。
僕は、その笑顔をとても美しいと感じた。人として、とても美しいのだ。
「三島君は毎日ご飯を食べてるけど、飽きる?寝るのが嫌になる?毎日友達とおしゃべりしてて退屈になる?」
確かにそうだ。
「人間ってそういうものなのよ。毎日の積み重ねを楽しむことができるようになっているの」
「三島君と今、一緒に話して、考えている。とても楽しいわ。明日も明後日もずっと続けても楽しいはずよ」
今の彼女の優しい言葉と表情は僕の心臓を打った。高鳴っている。
僕が何も言えずにいると、周囲が赤く染まってきた。夕日が沈んできたのだ。長時間話し合っていたようだ。
夕陽に照らされている倉木さなの微笑み。
僕は、「人として」とかではなく、個人的に、彼女を美しいと、そう思った。
そういう瞬間ってありますね。大事だと思います。