1-2 倉木さな
「倉木さんなー。なんか独特の雰囲気あるよなー。まあ、顔は中の上だな。上の下ではない。目が細いのがマイナスだな。うん」
失礼な奴だ。
「成幸は下の中くらいだけどな」
一応、倉木さんのために反撃しておく。
「高校からこっちに引っ越してきたらしいな。都会から来たんだっけな」
「で、なによ。謙は倉木さんが気になんのか?」
「いや、そうじゃないって」
「まあ、誰かと付き合ってるって話は聞かないな」
「あっそ」
「まあ、倉木さんコミュ力高いから、謙とはちょっと釣り合わないかもな」
成幸がにやりと笑う。否定的なことを言いつつ、実際にはその瞳に暖かさがある。仮に僕が「付き合いたい」と言ったら手伝ってくれるのだろう。
まあ、そういう奴なのだ。
「そうかもな。いやだからそうじゃないって」
だから僕の表情も少し柔らかくなっているだろう。
いつも通り、退屈な授業を受ける。
やはり倉木さなに目が向いてしまう。成幸が言うように、倉木さなはコミュニケーション能力が高い。色々な性格の人と仲良くしているように見える。しかも、心からそうした交友を楽しんでいるようだ。
どうして、倉木さなが気になるのか。成幸が言うように恋情なのか。
いや、違う。
この感覚は、違和感だ。
彼女を見ていると、なにか「ズレ」のようなものを感じる。そこが僕の気を引くのだ。
昼休みも成幸と雑談しながら彼女を見る。
改めて意識すると驚いたのだが、彼女のしぐさはとても上品で洗練されている。いや、洗練されすぎている。僕の祖母は茶道を習っていたが、それに近いものを感じる。ただ単に品のある動きを知っているのではなく、年月を掛け熟達したものなのだ。
手や足の運び、目と口の動きなどが高校2年生のしぐさではない。そこに「ズレ」を感じるのだ。
そういえば、関係ないだろうが、昨日の彼女の言葉にも違和感を覚えた。
彼女は僕を見た時、「これは、はじめてね」と言った。「ここでは、はじめてね」とか「はじめまして」なら意味が通るのだが。洗練された彼女が間違った文法表現を用いるとも思えない。
下校時間になった。
成幸は部活に向かった。
僕が一人で校門から帰ろうとすると、倉木さなに会ってしまった。ちょうどクラスメイトと別れて手を振っているところだ。もちろん、今までにもすれ違うことはあった。
しかし、今日は目が合った。
「ああ、三島くん。昨日ぶりだね。帰るところ?」
「うん。ま、また明日ね」
僕はすぐに帰りたかった。目を合わせづらい。
彼女は少し笑いながら、
「どうしたの?今日はずっと、なんだか、そわそわしているみたいだけど?」
その言葉に僕はかなり動揺してしまった。目を見ることができない。彼女は、僕が今日ずっとちらちらと見ていたことに気付いていたのだ。顔が熱い。
「い、いや、なんでもないよ。いや、なんて言うか、倉木さんて、な、何歳なのかなって」
僕はどうかしている。何当たり前のことを聞いているのだ。一刻も早く立ち去りたい。
すると、彼女から微笑みが無くなった。困惑しているのだろう。
「え、三島君と同い年だよ」
当たり前だ。
「そうだよね。そうだよね。い、いや、知ってたけど、ほ、本当は、本当は何歳なのかなって」
自分で何を言っているのか、もう分からない。
しばらく経っても彼女からの返答がない。これはもはや会話ではない。
僕はやっと自分の顔を上げることができた。
倉木さなは、
彼女は、今までに見せたことのない表情をしていた。
目は見開き、口は笑っている。
驚愕と不安、そして喜びが入り混じった、そんな表情だった。
混乱すると自分の思考を言葉にしちゃう系男子ですね。