不可解が在る
昨日怖い夢を見たので、気を紛らせようと。
それは、夕飯を終えて風呂で頭を洗っていたときだった。
目に泡が入らない様に、瞬きを繰り返していた。4度目の瞬きで目を開いた瞬間、不可解な女の子が視界に割り込んできた。
そいつは、風呂の蓋を頭で持ち上げ、浴槽に齧り付く様に俺を凝視している。
歳は10歳くらいだろうか、無垢なまんまるい目をしている。風呂に浸かってる割には白い肌。当然そんな女の子が家に居る筈がないので、やはり疑うのは霊の類いだ。
「ねぇ、見えてるの?」
疑いが確信にかわる。幽霊の第一声ランキングの上位に食い込んでいるであろう台詞だ。
なんだ、俺呪われんの?まじで幽霊?
なんかもう、ガッツリ目が合ってるけどスルーに専念する。
ばくばくとうるさい心臓をなだめながら泡を洗い流す。
顔を一度手で拭ってから、少女がいなくなっていることを期待しながら目を開いた。
状況は悪化していた。蓋なんか全開なっちゃってるよ。
蓋がなくなったことで、見える範囲が広がる。髪は......やっぱ長いんだ。何気に裸体だけど、これに興奮したらネクロフィリア判定だろうか。不躾に眺めていると、痺れを切らしたのか、リトル貞子が口を大きく開く。
音が聞こえる程の勢いで息を吸い、言い放つ。
「見えてるのっ!」
すごい大声だった。聞こえなかったわけじゃないよ。
なんかもう、目の前の不可解に少し慣れてきてしまった。そして、たぶんそれはいいことじゃない。むしろ悪い。油断したところをって魂胆なんだろう。既に打つ手なしな気もするが。
少女はふたたび口を開く。
「さいん、こさいん」
......え?いきなり数学?
疑問に思いつつも「タン、ジェント......?」と続ける。続けてしまった。
無表情を貫いていた少女が笑う。
学生の習性に利用されてしまった。
もう踏んでしまった地雷。なら生き残る為に、踏み抜いて進もうじゃないか。
「なんだよ、なんなんだよお前⁉︎」
今更感が拭えない。
「今更かよ」
てか言われてるし。
「とにかく何者なんだよ?」
「幽霊」
「正直でよろしい‼︎」
何言ってんのか、自分でも分からなくなってきた。
少女はそんな俺の焦りなど歯牙にも掛けないで、様子を窺っている。
「ここにあんたは何をしにきた?」
「わかんない」
わか......分からないと来ましたか。
「じゃあ、速やかに立ち退いてもらえないでしょうか?」そろそろ湯船に浸かりたい。
「......」
いや、無言はやめろ。
もう何?どうすりゃいいんだ⁉︎
頭を抱えて嘆く。シャワーのお湯が冷めて、髪の毛は冷たくなっていた。
もうお手上げとばかりに、緩慢な動きで頭を上げる。
............あ。少女は消えていた。
あの後、結局不気味で湯船に浸かる気になれなかった。居るときより、対面が終わった後の『ユウレイトハナシチャッタヨ』っていう恐怖の方が大きいみたいだ。
普段はつけない階段の電気につけて、二階に上がる。自室は二階だ。
ドアノブに手をかけ扉を開くと、そこに不可解が在る。電気がついているし、俺のベッドの上に枕をクッション代わりに座る少女がいる。
楽しそうな表情で佇む、不可解ガールが。
幽霊ちゃん、悪い子じゃないですよ。
たぶん。