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しょっぱくて甘い夏休み。

作者: キュウミリ

お題:彼女の夏休み 必須要素:塩 制限時間:1時間


即興小説トレーニング

http://sokkyo-shosetsu.com/


 ――あれは遠い夏の日だった。

 両親の結婚記念日ということで、二人が前々から旅行を企てていたのは知っていた。

 僕も今年で一五歳。中学三年生ということもあり受験勉強を今のうちからしっかりやっていこうと心に決めていた。この夏は二人に水を差さないように鼻から旅行に付いて行く気などなかった。


 そんなこともあり、夏休みの間。父方の実家に僕は預けられることとなった。

 海外への長期旅行。たまには楽しんで来て欲しい。



 ◆



「あら、大きくなったねぇ僕は」


 僕を見やると声をかけてきたのは、久方振りに会うおばあちゃん。

 昔から変わらない風貌で、しわくちゃな笑顔が時を感じさせなかった。


「さぁさ、お上がり一人でここまで来るの大変だったでしょう。今お茶とお菓子を持ってくるからね」


 そう言うとキッチンの奥へとわざわざ用意しに行ってくれた。おばあちゃんらしい。


 ここまで来るのに電車を利用した。

 もう一五なのだから何でもできる。尾崎だったら盗んだバイクでここまでやってきたかもしれない。

 よく晴れた日。熱されたアスファルトから陽炎が立ち、遠く山々が波打って目に映る。

暑い夏は虫たちを囃し立て、喧然たる道をただひたすらに歩いた。

 そして、この長閑な田舎にポツンと佇むのがおばあちゃんの家。

 前にここに来たのはじいちゃんが亡くなって一周忌の頃だったかな。


「ほら、お茶とお菓子よ。久しぶりに来たんだからじいちゃんにも挨拶してくれるかい?」

「うん、わかった」


 そう相槌を打つとおじいちゃんに線香を。そして家族の健康を。見守ってくれることを願った。願ってみた。今から大人になろうとしている僕の精一杯のお願い。


「今日からメグミちゃんも来るのよ。僕に会うのはほんと小さいとき以来かしらね」


 メグミちゃん? はてさて、聞いたことあるような、ないような。


「ゴメン。おばあちゃん僕全然憶えてないや」

「あら、そうかい? おばあちゃんの娘。えーと、僕のお父さんの妹の娘さんよ」

「そうなんだ……」


 やっぱりちょっと記憶にない。


「おばあちゃん二人も来るからこの夏は全然寂しくないわ」



 ――そう楽しそうに笑って話す祖母の顔を今でも俺は忘れない。



 夕焼け空を広く庭が見渡せる縁側に座り眺めていた。

 子供ながらにこの景色は忘れることなく脳裏に焼きつき、一生の宝物になるとそう考えていた。


 遠く車の音がした。排気ガスと草の匂いが鼻についた。


「僕~メグミちゃんが来たから一緒にお出迎えに行こうか」

「今行く!」


 そのメグミちゃんがやってきた。


「おばあちゃんとぉ……キミは誰かな? 私はメグミ」


 そう言う顔はやけに大人びていて僕の顔は見る見るうちにあの夕焼けのように赤く染まっていただろう。

 父の妹の娘と。こう聞けば一見。僕より小さい子が来るんじゃないかと勝手に想像していたのだけれど。思惑とは裏腹に彼女は――


「私は高校二年生なんだけど……いくつかな? おっちゃんの息子さんだよね?」

「そうなのよ。中学三年生なのだけど……あらあら照れ屋さんなのね」


 僕はなぜか気恥ずかしくなっておばあちゃんの後ろへと隠れていた。


 ――これが俺と彼女との最初ではない。最初の出逢いだった。



 その日の夕飯も僕はただおかずとご飯をただひたすらに注視して食事を済ませた。

 ちょっと年上の女の子とどう話したらいいか、皆目検討がつかなかったからだ。


「おばあちゃん。私先にお風呂頂くね」

「うん、ゆっくりしていきなぁ」


 そんな会話をよそに今度はテレビをずっと見続ける。

「志村後ろ、後ろー!」

 騒がしくテレビは和やかに部屋を包み込んだ。


 ――この頃のテレビはなんだか毎日がキラキラしていたな。


 ふわっと浮き足立ってお風呂を覗きたいとかやっぱり思っちゃうのだけど。

 それをしたら、両親に面目ないしおばあちゃんに失望されると自我を抑えた。僕の良心が働いた。



 次の日。

 何もすることがない僕は縁側でおばあちゃんが切ってくれたスイカを頬張っていた。

 近くの川で冷やしてきたココの畑で採れたものだ。


「ぼく~隣いいかな? 昨日から全然話してないじゃない?」

「うん……」


 ここに来てから借りてきた子犬のように『うん』としか言ってない気がする。


「ほら、塩かけるとめっちゃ美味いんだよ! こうなんだかさ、俺は甘いんだぜーってしょっぱさの後ろ側から甘さが押し寄せてくるの」


 そう聞いた僕はメグミちゃんに習って塩をかけるとかけすぎちゃって……。


「あはは、そんなにかけたらしょっぱさが勝っちゃうよ」


 言われた通り。しょっぱさが勝った。


「うーしょっぱくてもう食べれないよ」


 そう言うと彼女は……


「じゃあ上の部分だけ食べてあげるさ」


 パクパクっとしょっぱい部分を根こそぎ食べてった。


「メグ姉ちゃん……やばっ」


 嬉しさと恥ずかしさと、メグミさんの男気に男ながらに……なんかこう惚れた。



 こうして日々は進んでいった。

 毎日毎日キラキラと宝石のような日々。

 僕の人生経験値は研鑽を重ねるように。


「メグ姉ちゃんはさ、大きくなったら何なるの?」


 ある日僕はこんな質問をした。


「うーんとね。幸せで健康な家族を……家庭を築くことかな? うふふ……」


 そう聞いた。





 ――そして、今。


 メグ姉ちゃんは。

 メグミは幸せな家庭を築いた。

 そして僕も……俺も支えている。

 この幸せな毎日が、あの日から続いている。



 END

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ベタだが安心できるハッピーエンドだった。文末の時間軸でメグミも出しておけば、更に砂糖なハッピーエンドになっていたような気もしますが、そうすると糖分強すぎなような気もしますし、これ位のほうが…
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