6.ホムンクルスと反乱軍
市街地での監視兵との戦いから二日後。
自動修復を終え、アイが|停止状態≪スリーブモード≫から目覚めたのは明朝の事だった。
ドクに電波通信で起動した旨を連絡すると、ひとまずキッチンに向かうことにした。
ドアを開けながら、ふと探知機能を起動して自称王女の居場所を探る。
反応は自室のベットから帰ってきた。冬は近いが、まだ日が昇るには早い時刻。眠っていてもおかしくない。
ゆっくりとリビングに通じるドアを開ける。
汚れた衣服が脱ぎ捨てられ、昨日の新聞や何かの研究資料が机の上に積まれている。さらにシンクからはみ出すほどの汚れた調理器具と真っ黒のコンロ。そして、卓上の定食屋の皿は諦めた跡なのだろう。
二日だ。僅か二日の間に、ここまで広げられるのかと感心するほどだ。
「……これは時間がかかりそうだな」
立ち尽くしていても、仕方ない。どこから手を付けるかを脳内で組み立てながら、清掃を開始した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「うわ、きれいに片付いてる。て、目が覚めたのなら声ぐらいかけなさいよね」
ドクに朝食を持って行き、一息ついたところ朝食の匂いに誘われてフレイが起きてきた。
「目が覚めたのが早かったからな。それで、もう食べますか?」
「もちろんよ。コーヒーもお願いね」
「了解です、王女様」
少しの皮肉を込めた返事をしてみたが、フレイは特になんとも思っていない様子。
すでに焼き上げていたオムレツを皿にのせ、残っていたハムと野菜を盛り付けて完成。向かいの椅子に座ったフレイに渡す。コーヒーはインスタントなので、お湯を注ぐだけだ。
自分の分も一緒に淹れてから、アイは席についた。
フレイはひょいひょいとオムレツを切り分けて口に運んでいき、アッという間にメインを食べきってしまう。
テーブルマナーについては一通り記憶しているが、フレイのそれは手慣れており、素早いが粗雑に見えない。
気付けばアイがコーヒーに二口目を付けるより先に完食していた。
フレイは卵二個分と厚めのハム四切れの朝食に満足した様子で、コーヒーをすする。
頃合いだろうとアイはフレイに話しかけた。
「二日前の機械兵に襲われたわけだが、心当たりはあるのか?」
「そんなこと聞くのね。もう、アイの中では見当ついてるんじゃないの」
「警戒区域に近づきすぎたか、貴族の気まぐれかのどちらか」
「もしくは私が本物の王族だから」
ニヤリとしながら、アイの言葉にそう付け足す。
「それが妥当でしょ?」
反論はない。
警戒区域に近づきすぎた? いや、これまでに柵を越えて侵入したものは何名かいたが、機械兵が出てくることなどなかった。
貴族の気まぐれ? これも考えにくい。貴族たちは箱庭の中だけで満足している。気まぐれに街の人々を攻撃しに来たとしても、たった一機で行うとは思えない。
となると、あの場にいたどちらかを目標として襲撃しに来たという結論に至る。
突然、ドクからのチャンネルが入った。
『アイ、通りにリゴーたちが来ておる。出迎えてやれ』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
アイたちのいるバーから一本逸れた大通りに出ると、向こうにリゴーたちの姿が見えた。
リゴーを中心に数人、反乱軍のメンバーが歩いてくる。その後ろからは三メートルはあろう大きな機械兵がついてきていた。
進行方向に立つアイにリゴーは大きく手を振りながら走ってくるが、ドクがいないことに気付くと少し顔をしかめた。
「ドクはどうした! せっかく俺たちの新兵器をお披露目に来たっていうのに、見に来ねえのか!」
「どこかのカメラで見てるでしょうから。
ここ一帯はドクの縄張り。気付けないだけで、そこら中に隠しカメラやセンサーなどの機器が設置されている。
そんなことも気付かないリゴーは無視して、アイは前に出てきた機械を観察しながら尋ねた。
「で、それが新兵器ですか?」
リゴーが持ってきた機械兵は、全体的に角が多い装甲板や兵装を付けた、いかにも機械といった見た目をしていた。おまけに、右肩には革命軍のシンボルが黒でペイントされている。
かなりの重量だろうに、二足歩行を行えるのはかなり良い動力機構を積んでいるのだろう。
メインウエポンらしいのは両腕上部に着いた二つの機関砲。更に背中には大きめの背嚢がある。頭部にはセンサーの類もあるようだった。
用途は分からないが、腰の部分に発煙筒らしきものが二つ下げられている。見た目どうりの発煙筒だとしたら数が少なく、そこにある利点は少ない。
とはいえ、武器かといえば違うようにアイは考えた。爆発物であれば、狙ってくださいと言っているようなもの。銃器の替え玉かとも思うが、視覚データから見た限り口径が合わない。ひとまず、その正体については保留することにした。
「おうとも、国外の協力者から買ったパワードスーツだ! この国の技術じゃあ作れねぇ特殊合金ってやつで出来てるらしい。パワーの程は」
リゴーが合図すると後ろにいた仲間たちがリモコンで操作して、近くの空き家まで移動させる。
静かに腕が上がっていき、コンクリート製の建物の壁に拳を叩きつけた。
ドガァンと派手な騒音を上げながら、中のホコリを巻き込みつつ粉塵が舞い上がる。
パワードスーツが生み出した拳の衝撃は、壁を破るだけにとどまらず、そのまま建物を半壊させた。
にもかかわらず、パワードスーツは無傷。ボディや機関部の方にも負荷はそれほどかかっていない。
今のは攻撃ではなく、ただ"拳を振るう"というだけの標準動作だったといった方が正しいように見えた。
「どうだ、これでもこの兵器の持つ規格としては、序の口だぜ」
「……確かに、なかなかのものですね」
この兵器は強い。恐らく、先日アイが戦った機械兵となら九割がたは勝てるだろう。
それがアイの素直な評価だ。
アイのあっさりとした言葉に、満足していないのかリゴーは少し考え、何か思いついた様子で一つの提案を持ちかけた。
「これだけじゃ、こいつの凄さを分かってもらえてないと思うんだよ。そこでだ、お前とこいつで戦ってみないか?」
ニヤリと薄ら笑いを浮かべた挑発的な表情。
言葉通り、パワードスーツの性能を見せたいのも本当だろう。
だが、そこに込められている、アイとパワードスーツ、どちらが強いか試そうという魂胆は見え見えだ。
どうするべきか考えるよりも先に、ドクからの通信が来た。
『5分。武装はⅡ番までの使用を条件として、戦闘を許可する』
「『了解、ドク』。では、リゴーさん、通信で許可が出ました。ですが、五分。これ以上の戦闘は四賢者の目に付く可能性があることから、勝敗に関係なく五分以内で終わることが条件です。それでもよろしければ、受けて立ちましょう」
「よっしゃ! それじゃあ準備するから少し待てよ」
返事も半ばにリモコンを操作すると、胴に当たる部分の装甲板が左右に開き、コクピット部分の入り口が現れる。外観とは違い柔らかな素材をした密着型のシートは、パワードスーツという名に相応しく、四肢の動きをそのまま操縦に反映させるためものだ。
また、頭がくる位置にはヘッドギアとマイクがあり、外の様子を確認しつつ、視線誘導による銃撃などを行うように作られていた。
悠々と乗り込んだリゴーを包み込むように、コックピットの扉が閉じ、装甲板が元の位置に降りていく。
『合図はこいつが地面に落ちたらスタート、で良いか!』
スピーカーを通してリゴーの声が鳴った。
パワードスーツの手には半壊した建物の破片が握られており、それを腕ごと上下させて、投げる素振を見せている。
それに対して、手を挙げて理解したことを態度で示す。
『よし、それじゃあ行くぞ』
パワードスーツの動きは軽いものだった。
だが破片は空高くに飛び上がり、数秒の内に小さな点になるくらいの高度まで到達する。
落ちかけると後はあっという間だ。
それを分かっているだろうに、リゴーの機体から声が発せられる。
『言い忘れてたが、この機体の名前は"グレイス"。素敵な名前だろ』
破片が地面に落ちて、砕け散る。
それと同時に、リゴーの載る機体"グレイス"から排気ガスの噴出音が鳴り響き、突撃。
反対にアイは動かないまま、戦闘を開始した。