2,ホムンクルスと一人の王女
テストが終わったと言うことで更新しました。
次の更新は未定です。
長く、暗い通路の先にある程度の広さの部屋があった。
何かの実験をしていたのだろうか、配線や大型の装置が半分を占め、中央には、一つの結晶が装置に囲まれて浮かんでいた。
長い間誰も入っていないのだろう、部屋の床や装置には、厚く埃が積もっている。
だが、その結晶だけには、塵の一つもかぶっていない。
自ら光を放つ結晶の内部に浮かぶ一つの人影は、夢を見ていた。
黄色い花畑の向こうから走ってくる人、白衣を着ているやせた科学者、床から見上げた部屋に立っている五つの人影、繰り返されるいくつかの記憶の内容をもう思い出せなくなってきている。
ここ何年かは、何もないのと変わりない年月だったが、誰かが近くで戦っている気配がする。
その人が私を起こしに来たのだろうか。
いくつかのことを思考しながら、彼女は、結晶の中で一人、目覚めを待っていた。
新月の夜、城の近くの裏通りに、街灯が一つもついていなかった。
誰かに電球が盗られていたり、割られていたり、フィラメントが切れているものだけでなく街灯そのものが根元からへし折られているものまであった。
普通なら灯りのないことは、不用心極まりないのだが、侵入を試みようとしているこの状況では逆に、好都合。
アイがいるのは旧アメディア王城の研究棟に向かう隠し通路、ここに来る前にアイは、ドクからこの通路のことを聞いた。
『王宮内には自立型警備兵がうようよいるはずだ。
侵入の時は、通常のルートを使わずに今からいう隠しルートを使え。
そこには、警備兵もセンサーも設置されていないはずだからなあ』
とか言っていたので、使わせてもらうことにしたのだ。
「確かに、こんな裏通りのマンホールなんて誰も入ろうと考えないだろうな。
でも、マンホールが秘密の抜け道というのは、ドクも案外面白いな」
そんなことを言いながら光のない管を進むことしばらく、ようやく目的の出口(外からは床下収納と見えるらしい)を見つけ出る。
そこはどこかの部屋のようだった。
王宮の管轄という事もあるのだろう、ある程度の広さを持っているリビングのような部屋だ。
天井には、シャンデリアがつるされており元の形は、豪華絢爛だったのだろう大理石のテーブルや、それに見合う椅子が今は砕けて散乱している。
所々に銃弾の穴があり何かがあったのだろうと部屋を見渡しながら考えていた。
その時だった、センサーに反応を感知する。
「侵入者ヲ確認。 許可者一覧二該当ナシ、排除、実行」
抑揚のない機械音声とともに数体の機械警備兵たちが部屋の扉をけ破りながら現れる。
機関部が見える鋼鉄の体は、鈍く光り、武装は、手に持っているアサルトライフルのみ。
同時に数発の銃弾を乾いた音と共に部屋の内側、アイがいる場所に撃ち込む。
しかし、マッハの速度で迫るそれらはアイを撃ち抜くことはなかった。
銃声が鳴る前からすでに迎撃体制に移っていたアイは、予測したコースから外れた位置に移っている。
「ドクでも予測を外すことがある、なかなか面白いこともあるもんだな」
攻撃の失敗に気づき機械兵たちが、追撃を加えるべく三体の内一体が接近してくるなか、余裕のある感じでそのような言葉を漏らした。
好機とみて飛び出してきた機械兵は何も持たずに素手で立ち向かってきており、残りの二体はその後ろから援護射撃を行っている。
両者の距離は、わずか十数メートルほど。至近距離で打ち出される銃弾は人間では、反応できない速度で迫っているのだが、どの一発もかすりはしない。
だが、余裕を浮かべるアイの手元に、武器はなかった。
ならばその余裕は、どこから生まれているのか?
それを示すかのようにアイは、一つ、コマンドを口にする。
「変転電武、拾壱式、電磁極銃」
自分自身に呼びかける声に何かが体内で応じ、それは右腕に集まり肉の内側から形を現し始める。
細かった腕が急激に膨らんだと思いきや、黒く洗練されたような銃の形に成る。
一連の変化は、一秒にも満たなかった。
機械兵からしたら突如、敵対者の右腕に武器が現れたように見えた。
データの中にない情報に思考系統の回路がエラーを起こし、止まりそうになったその一瞬を見逃されなかった。
黒き銃となった右腕を構えながら銃口の中に電力を流しエネルギーを溜め続け、放つ
「磁力解放! 針電発射!」
先端からまさに光速そのものとなって一本の針が飛び出す。
三センチほどの強力な電磁をまとう針は、向かってきていた機械兵を貫き後方の二体をも巻き込みながら部屋の壁を突き破り、破壊の痕跡を残して止まった。
直接胴を貫かれた機械兵は、上半身にあたる部分と下半身とを切り分けられており、被弾していない二体も、電磁波によって回路が焼き飛び内部から破損していた。
床に散乱していた家具の破片や塵も吹き飛ばされた部屋には、右腕を構えたままの姿勢をしたアイのみが立っていた。
「さてと、邪魔しようとする彼らもいなくなったし、目的のものを探しに行こうかな」
先ほどの戦いを感じさせないほどの気楽さで部屋を出ようとするアイの右腕は、いつの間にか元の形に戻っていた。
部屋を出てから監視の目を避けて進むこと数十分。もうすぐドクから頼まれた任務も終わるだろう。
そう思いながら目的の研究室のパネルにカードキーを当て、中に入る。
緩やかに地下へと向かう坂になった通路をしばらく進むとそこには、更にもう一つのドアがあった。
見るからにぶ厚い装甲を持った戸、この奥に目的のものがあるのだろうか、何があるかも知らされていない。
目的の物の正体を考えながら戸に触れる。
空気の抜ける音と共に戸が開き、向こう側にあった部屋の灯りが一斉に燈り、照らされ現れた室内に驚きと違和感を覚える。
部屋の大半は、今もチカチカと稼働中のコンピューターなどで埋め尽くされ、空調によって冷やされた空気は、少し肌寒い。
しばらくの間、だれも入っていないのだろうある一か所を除いて、埃がつもっている。
だが、驚いているのはそこではない。
部屋の中央に大量の電子機器に繋がれ星の引力と反発するかのように浮かび輝く一つの紅色の結晶。
そのなかには少女が一人、眠っているかのように包まれていた。周囲と異なりそこだけ時が止まっているような感覚すら覚える。
結晶の中で眠っている少女は、緋色のドレスを着ており雪のように白い肌を一層引き立てている。
肩ぐらいまでのブロンドの髪、閉じられた瞼の上にある柳眉、程よい女性らしさと美しさを増している曲線美と脚線美。総じては、美しかった。
心惹かれるというのだろうか、不思議な気持ちにもなりながら結晶に近づく。
そして初めに思っていた違和感の正体に気づく。
「僕、………俺は、彼女を知っている?」
結晶の中で眠る少女に手を伸ばして触れようとするが緋色の壁に阻まれて伝わるのは、ほのかに熱を持った硬い結晶の感触だけ。
その時だった、触れた部分からぱらぱらと剥がれ落ちるかのようにクリスタルが砕け、破片が灯りを乱反射させながら空気中に消えてゆく。
内部にいた少女はゆっくりと重力に引かれながら地上に降り立つ。
次第に開かれる瞳に宿るのは、鮮やかな紅色、紅玉のように輝いている。
少し周りを見渡し背伸びを一つしたあとアイに向かって問いかける。
「今は、何年なの」
「え、たしか八百五十七年の三月だけど………」
「ふむ、という事は、四十一年眠っていたのか」
急な質問に驚きながらも答え、質問をした少女本人は、ぶつぶつと何か考え事でもあるのか顎に小さな手を当てて自問自答を繰り返している。
少しして考えがまとまったのか急に顔を上げ、
「それじゃあ、私を起こしてくれたそこの君!
とりあえず君の家まで連れて行ってくれたまえ」
「許可がないのでお断りします」
威張ったように言う少女に対し、容赦なく冷たく言い放つ。
「な、なんでだ、私はこの国の王女だぞ。敬って家に連れて行くのが礼儀だぞ」
「いやいや、もう王系は、途絶えましたし、すみませんがあなたが王女だとしたら知っているはずですけど僕は、知りません」
なお連れてゆけと粘ってくる少女に最終的には、根負けして連れて帰るのだった。