1,ホムンクルスと一人の革命者
不定期更新です。
激しい雨が視界を覆うように降り、むき出しのぬかるんだ地面では泥が跳ねている。
ひと昔にあるようなネオンの看板が光っているのは二、三軒のみ。
そのほかの看板は長く使われていないのか内側がくすんでいる。
横道に入ると物取りに命まで取られてしまいそうな、殺伐とし追い詰められたかのような気配がある。
そんな裏通りをボロ布のようなローブをまとった一つの人影が濡れることも気にせず進んでいた。
その人影は、自己主張をひっそりとするかのようについている看板の一つのところで立ち止まり、周囲を見る。
ネオンが浮かべる文字は、
〝Bar Grimm Hero〟
アルコールを扱うような店に適しているのかわからない幼稚な単語。
その看板の側にある地下への階段を少ししてから人影は、降り始めた。
角を一つ曲がり少し降りたところには、一見朽ちているかのような木の扉と頭上には裸電球がぶら下がっていた。
「ドク、頼まれていたものを買ってきました。入りますよ」
まだ声変わりの途中にあるかのような少年の声が、フードの中から発せられる。
すっと伸ばされた右手は、落ち掛けそうなドアノブではなくドアの中央にぴたりとつけられた。
ブウン、と低い起動音のようなものが鳴ると青い光がドアの向こうから射し、手の平から生態認証をしてゆく。
数秒ほどでピン、と今度は高めの電子音がしてドアの向こうで何かが動くような音がして止まる。
少年は、ドアノブを回し、扉をくぐった。
そこには、先ほどのようなこの街にふさわしくない未来的な空間が続いていた。
黒い階段が続き、さっきと同じ青い光が両側の壁を走っている、その先の金属製の扉を開ける。
「帰ってきたか、たのんだものはあったかい」
「お、アイじゃねーか。ひさしぶりだなぁ、元気にしてたか!」
レトロな雰囲気のするバーの空間に二人の男がいた。
ひとりは、バーテンダーの格好をして初老の男性に合ったきれいに整えられた白い髪と髭をしている。
もう一人は、この場に似合わない格好をしたところどころに破れ目のある汚れた服を着て、筋肉の付いた体の無精髭スキンヘッドの中年男性。
「お久しぶりです、リゴーさん。ドク、頼まれたものは全てあったので買ってきました。裏に置いときますね」
そういいながらまとっていたローブを脱ぐ少年、アイはこの国では珍しい漆黒の黒髪と目、そして整った顔立ちをしていた。
濡れたローブを壁にかけてカウンターの裏に、買ってきたものをしまいに行こうとしているアイをリゴーが呼び止める。
「ちょっと悪いが荷物をしまいに行く前に、話し合いのほうを優先してもらっていいか?」
リゴーにそう言われたアイは、ドクを見る。
ドクは手に持ったグラスを拭きながら許可するかのように首を縦に振った。
「わかりました。ドク、荷物お願いします」
手に持っていた荷物をドクに渡しリゴーの二つ横に座った。
「さて、アイも帰ってきたし話を始めるか」
「話ってあの事ですか?」
普段とは、違うかしこまった様子のリゴーにアイは、確認とも質問ともとれる言い方で聴く。
「もちろんあのことに決まっているだろう。
この腐った国をあいつらから奪い返すための作戦会議、言い方によるがいわゆる、革命だ」
大陸の極西に位置する科学と王政の国〝アメディア〟
五十年ほど前までは、十八代目の王がこの地を納めていた。
もとより高かった科学力を大幅に高め〝意志を持った人造人間〟の誕生も夢ではないと言われていた。そんな王国の最盛期に終わりが訪れるのは早かった。
終わりの理由は三つ。
第一に、王の死。そして第二に、四賢者と呼ばれる王の政治を支える役割を与えられた者たちの暴走。最後に第三は、次の王となれる者がいなかったことだ。
わずか三年間で国を発展させた分、そこからの国の衰退は目を見張るものだった。
製作段階であった人造人間を、完璧とまでは言えないが完成させた四賢者たちは、操り人形のように使い、自分たちがこの国の王になろうとした。
そのために、国民が自分たちよりも強い力を手にすることや他国へ亡命や協力を得るなどをされることを防ぐため貿易を禁止し、歯向かってくる者達には無尽蔵に作れ、使える忠実な兵士たちで嬲り殺して見せしめにしていた。
国は、やせ細り反乱分子も増えていったが、四賢者たちは、自分たちの理想の世界を国中の科学力と資源を総動員させて創り出そうとした。
それは、彼らには最高傑作となり楽園とされていたが、国民たちは憎しみと数々の恨みそして嫉妬心を抱きながら超合金で作られた巨大な真四角の建物を〝鉄の箱庭〟と呼び、それを巡って国の全てを奪い返そうとする反乱が続いていた。
リゴーの決め台詞のような言葉の後、話し合いは一時間と少しかかった。
「ドク、アイ。次にあうのは作戦決行の日だ。
それまで、せいぜい楽しく生きておこうぜ、じゃあな」
カランカラン……軽やかなドアベルの音が鳴ってリゴーさんは、店を出て行く。
少し思うこともあったがそれよりを聞くよりも早くリゴーさんは、行ってしまった。
革命の日までは、約二百五十時間、つまりは残り十日と半日ぐらい。
することといっても特にないな。
そんなことを考えながら僕は、カウンターの向こうにいるドクを見た。
少しだが、表情が歪んでいる。何か嫌なことで悩んでいるのかどうなのかわからない。
「ドク、どうしたんですか? 考え事とか悩み事なら言って下さい」
さっきまでリゴーと僕が使っていたグラスとコップを洗う手を止めて、こちらを向く。
「まあな、アイは知らんかもしれんが十日後は建国記念日であり、そして、あいつの家族の命日でもあるのだ」
洗い終わったグラスとかを拭きながらため息を吐いた。
「あいつは、国を取り戻すための革命とか言っておったが他にも考えがあるはずだ。
家族の復讐かもしれんし、戦いの中で命を落とすこともよいと思っているのかもしれん、もしかするとほかにも何かあるのかもしれん。馬鹿なやつだと常々思うわ。
まあ、そういうこともあるが、アイに言っておくことがある。鍵を閉じてくれ」
そういいながらグラスを拭くのを途中でやめて台の上に置いた。
最後の言葉で確信したが、何か重大なことを言われる。
そう思いながらドクに言われた通り鍵を閉める。
ドクは、バーカウンターから出てきてテーブル席に座って胸ポッケトから葉巻を出している。
対面の席に座ると、ドクは、葉巻に火をつけて息を吸っている。
普段は健康に害を与えるからと決してタバコを吸わないが、こうして葉巻を吸っているのはいつも大切なことを言う時だけ、その内容には、いつも度肝を抜かれてきた。
自然と背筋が伸びる。〝緊張〟というものなのかどきどきとする。
口から吐き出された煙が、ゆっくりと大気に薄れて行きドクの表情も険しくなっていく。
「今からいうことは一度しか言わん」
「はい」
互いの視線がぶつかる。ドクは、葉巻を卓上の灰皿に押し付け瞬きをした。
再び開いた眼には、昔の写真で見たように鋭い眼光が宿っている。
「さっき話したリゴーの作戦は、覚えているな?」
「はい、覚えています。
作戦決行時、彼らとともに第二賢者カシユスの箱庭を襲撃。僕とドクは、外層壁の破壊と機械兵たちとの戦闘が役割です。
ですが、今までも何度か反乱を彼らは起こしていますが一度としても賢者たちに損害を与えれたことはありません。
けれども、なぜか今までとは異なる自信というものでしょうか、そんなものを感じました。
つまり、今回彼らは、圧倒的な力を手にしたのか、と考えています」
「よくわかっているな。
儂もその通りだと思っている。
彼らに力を与えた誰かがいるのか、新たに彼らを率いるものが現れたのか……もし、今回の革命とやらが成功したとしてもこの国が向かう道は、二つのどちらかだと思っている。
一つは、彼らに力を与えた何者かにこの国を乗っ取られる、もう一つは、………リゴーたちが同じようになるかだ」
「同じように、ですか」
ドクの言ったことの、前者については、自分自身も思っていたことなのでまだ大丈夫だが、
「同じようにって、四賢者たちと同じようなことをするってことですか?」
「そうだ」
「どうしてですか。
リゴーさんは、四賢者を憎んでいるんですよね?
それならどうして、自分も同じような存在になろうとするんですか」
理解が追い付かないことに対してドクに食い付くように言い寄ってしまう。
確かにここを去っていくときのリゴーさんは、どこかおかしな雰囲気をまとっていた気がして、何かが胸に突っかかる。
だがそれが何だったのかわからない。そのことに対する〝イラダチ〟のような何かが思考を加速させ、熱くなる。
そんな僕を見てドクは、先ほどの葉巻を一つ吸った。
「お前には、わからないのかもしれないが、人間は、生まれてきた時の赤ん坊から聖人君子まで誰しもが〝欲〟を持っている。
自分が他人よりも上にいたい。
好きな異性を自分のものにしたい。
両手からあふれ零れ落ちるほどの財を得たい。
自分の嫌うものをなくしてしまいたい。
他人の持っている物や地位を自らのものにしたい。
醜く、悪しき部分は、嫌でも目についてしまう。
他人には、そうでなくとも自分には、そう思えてしまうことがあるときは、多い。
アイ、お前もそう思ったから何かが引っ掛かっているのではないか?」
今の自分の心を見透かすかのようなドクの言葉は、突っかかった何かを砕いていく。
悪しきこととか、正しいことかなんて難しいことはわからない。
けれども、リゴーさんのしようとしていることが進展を生むとは考えれない。
「……それでドクは、僕に、何をするように言うんですか」
「リゴーだけでなく革命に参加する奴らは、全員同じことを思っていると思っていろ。
となると、革命が成功した先にあるのは、過去に似たような平和な科学国家か?
否、また同じような争いが繰り返されるだけだ。誰か自分でないものが特別なことをしている、それだけで人間は、争いをしてしまうのだ。
儂が望むものは、そんなものではなく、ただ数十年前と同じように暮らしたいだけだ……」
そこまで言うと、再び葉巻を吸う。半分ほどがすでに灰となっている。
いつも葉巻を吸うときは、初めの一服だけで捨てている。今回はこれで三度目だ。
それほどのことが待っている、迫ってきているのかもしれない。
ならばそのことに立ち向かわなければいけない。
腹をくくれ、覚悟を決めろ。
「ドク、僕、いや俺は、何をすればいい」
口調を変えたことに違和感を感じるが、ドクは、それを覚悟と取ってくれたかのように口を開いた。
「儂らがせねばならんことは、二つ。一つは、リゴーたちの作戦をばれんように妨害すること。もう一つは、〝王〟の復活じゃ」
「王の復活?」
何を言われるかと思っていたらそれは、遥か斜め上をいった。
王を復活させるといったがそれは、不可能だ。王の死体でもあれば別かもしれないがそんなものは、すでに焼かれて灰となり、どこか遠くを飛んでいるだろう。
「正しく言えば、〝王国の復活〟だな」
「そんなことができるんですか? 王家は、途絶えていますし、新しい王を立てるのはリゴーたちと同じです」
「儂をだれか忘れたのかな」
ドクは言う。
彼は、今、このバーのマスターをしているし俺の親でもある。
しかし、元の職を知っている者は両手の数ほどだろう。
「……元王宮技師総当主レブサ・ドクライン」
「そうだ。
一般人は、もちろん、王宮内のものですら知りえなかったことを知っている。それこそ四賢者たちを超えるほどにだ。
できることならばしたくなかったことであり、先代との盟約を破ることになる。
まあそのいくつかはもうギリギリ破っているのじゃが……
しかし今回は、それ以外に手段がない。それほどのことだと思い頼まれてくれ。
頼みとは王宮内に侵入し儂の第四研究室へゆけ。詳しいことは、自分の目で確かめてくれ」
それだけ言うと、ドクは、自らの右腕を外した。
ガシャンと金属音と共に卓上に置かれた右腕の切断部からは、血が流れておらずそれが義手だと言いうことが分かる。
義手の結合部から一つのカードを取り出してこちらに投げてくる。指でとったカードは、青一色で力を入れるとすぐに割れてしまいそうな薄さだが、それとは裏腹にしなりもしない硬度を持っている。
「ドク、これは?」
「見ての通りカードキーだ。 世界で唯一、わしの裏研究室の奥に通じておる」
「その奥に言って何かをとってくればいいんですね」
「さっき言っただろう。
今夜は、月が出ない、わかっているな」
「はい」
ここまで予想していたのだろうか。侵入には、都合のいい夜。つまり今夜決行しろということだろう。
言う事は、全て言ったのか、ドクは、席を立ってカウンター裏の扉をくぐり(腕は、付け直されている)そこから通信機と武具を持ってきて調整を始めている。
あるのかわからない〝心〟に不安というものを覚えつつ自分も戦いの準備を始めるとしよう。
地下から出て空を見上げると、すでに、雨はあがり、煙混じりの青空が広がっていた。