32 ベルゼバブ
「せやからウチは他の誰かのために力を使う。それがウチの償いや!」
麻衣の言葉に、ラファエルは冷笑を浴びせる。
「結局、死にたくないだけでしょう? 神の意志に従い、死ぬのがあなたの贖罪です」
「さっきからおまえ、死ねしか言わないじゃないか! おまえなんか、天使でも神でもない! 黙ってろ!」
思わず怒りにまかせてシンは口を挟む。やれやれとラファエルは首を振った。
「そこの女は、それだけのことをしてきているのですよ」
麻衣は肯定する。
「せやな。ウチはそんだけ罪を犯してきた。全部、自分の弱さゆえにや……」
分け合えば、生き残れないと思った。独占することで、恐怖心を忘れようとした。結果、他者を傷つけ続けた。
「でも、自分の落とし前は自分でつける。だいたい、おまえにだけは言われたくないわ。シンちゃん、力を貸してくれるか?」
「もちろんだ!」
シンは力強くうなずく。麻衣は悪魔の翼をはばたかせ、シンの隣に立った。葵がそうしたように麻衣はぎゅっとシンの手を握る。
「シンちゃん、好きやで。ウチが怖くてできんかったことを平然とやってのける、そんなシンちゃんが大好きや」
「えっ……?」
シンは麻衣の突然の告白に戸惑う。麻衣はしっかりとシンの背中に手を回し、少し背伸びしてキスをした。柔らかな感触と、甘酸っぱい香りがシンをなでる。
「世界に満ちるは風の力! 背負いし罪は命を守る暴食! 蘇れ、魔王ベルゼバブ!」
一陣の風が吹いた後、麻衣の体は無数のハエとなって消える。そして、麻衣とうり二つの魔王がその場に姿を現していた。
「自分の弱さを認めたとき、暴食は分け合う強さに変わる……! 清算したるわ、全部!」
緑の外套を纏い、背中には真っ黒な魔王の翼。ところどころを金銀宝石があしらわれた装飾品で飾り、小柄ながら独特の気品とオーラを漂わせてる。シンを器に、麻衣は魔王ベルゼバブとしての姿を取り戻したのだった。
「ウチは死ぬのが贖罪になるとは思わん……。この世界やったら、死んでも死んでも転生するだけや。この世界、この地獄で必死に生きることだけが、ウチにできることや!」
「なら、魂ごと消し去ってあげましょう!」
ベルゼバブとラファエルは同時に宙へと舞い上がる。
「『雷の剣』!」
バチバチと音を立てて、ベルゼバブの右手から電気が放出され、剣の形となる。この剣ならラファエルの腐食と風化は関係ない。
地上から視認するのが困難なほど高速で飛び回りながら、ベルゼバブとラファエルは剣を打ち合う。スピードは互角だ。お互い何度か剣が体をかすめるが、ラファエルは卓越した回復力ですぐに治癒し、ベルゼバブは体の一部がハエとなることで無効化する。
「神の怒りを受けなさい!」
「当たると思ったら大間違いやで!」
ラファエルは至近距離で指先から小さな火球を放つが、ベルゼバブは突風を起こし火球を逸らしてしまう。そして逆に反撃した。
「『風の弾丸』!」
銃弾のような何かがショットガンのように飛散し、ラファエルを襲う。ラファエルは腐食、風化の魔法を使うが消せない。正体不明の小さな弾丸に、ラファエルの体は貫かれた。弾丸の正体に気付いたラファエルは怒りをあらわにする。
「私にこのような汚らわしいものをぶつけるとは……! 万死に値する!」
ベルゼバブが弾丸として発射したのは、ウジ虫だった。ラファエルにも生物なので消せない。
すぐさまラファエルは自分を回復させ、再びドッグファイトを挑むが、やはり決定打が出ない。
ベルゼバブとラファエルは示し合わせたように距離を取り、お互い使い魔を呼び出す。
「来い、ブタちゃんたち!」
「本物の使い魔というやつを見せてあげましょう……!」
ラファエルはフェニックスを呼び出し、ベルゼバブの直下には数匹のブタが現れる。さぁ、勝負はこれからだ。




