30 再戦
グノーム王国軍は再びシルフィード王国に乗り込む。まだグレート=ゾディアックのヨハン家は満足に軍勢を集められていない。一切の抵抗なくグノーム軍はグレート=ゾディアックに到達し、前回と同じように包囲した。
グノーム軍は無理にグレート=ゾディアックを攻めようとせず、城門を封鎖する。前回突破できなかった城門前の砦は健在だ。問題はここからである。どうやって要塞都市グレート=ゾディアックを攻略するのか。
麻衣は全く慌てず、鷹揚に言った。
「どうせ待ってればすぐにラファエルが出てくるやろ。それまでは人間同士の戦いに集中や」
麻衣の指示に従い、グノーム軍は城門の封鎖を強化していく。こちらも堀を掘って土塁を積み、柵を立てて陣地を作っていったのだ。大軍がひしめく中に出撃してもすり潰されるだけなので、砦の中の間宮も動かない。
シルフィード軍は簡単に城内から出られなくなった。麻衣は持久戦を構想しているようだ。
すでに対ラファエルの作戦は決まっている。麻衣の言うとおり、シンも葵も待ちの姿勢で構える。予測通り、ラファエルはすぐに現れた。
「全く、あなた方も懲りないですね! 愚民どもを少しばかり扇動して、勝てる気になったのですか!? ミカエル様も近くで見ていらっしゃる……! あなた方を磔にして差し上げましょう!」
前回顕現したときと同じように昼を夜に変え、ラファエルは派手に登場する。すぐさまシンは光の魔法で幻術を打ち消す。
「バカか。俺たちが勝つんだよ!」
ラファエルは麻衣を苦しめるのが目的だと言っていた。麻衣が女王として認められているこの状況は、ラファエルにとって面白くないだろう。だからラファエルは王国軍の準備が完了して舞台が整えばノコノコ出てくるに決まっている。麻衣の希望を全て奪うために。ここで、ラファエルを倒す。
葵は名を呼ぶ。
「シン!」
「葵!」
葵はシンの左手を握り、そっとシンの唇に口付けた。
「世界を作るは地の力! 背負いし罪は命を育む色欲! 甦れ、魔王アスモデウス!」
シンの体は光に包まれ、魔王アスモデウスに変化する。黄色いマントを風になびかせ、アスモデウスはさっそく動いた。
「使い魔たちよ! 力を貸せ!」
アスモデウスは前回より広範囲に植物の種をまく。全て使い魔の種だ。種は生長して、ヤギの姿を形作ろうとする。
「ハハハッ! 相変わらず甘いですね! そんな程度で、私の力から逃れられると思ったのですか!?」
すぐさまラファエルは熱による腐食と風化の力を発動させる。アスモデウスが呼び出そうとしたヤギの使い魔は一つの命となる前に腐敗して消されてしまう。
「これを待ってたんや!」
しかしここで、麻衣が魔法を使う。アスモデウスが種を広範囲にばらまきすぎていたため、周縁部のヤギは風化にまで至らず、腐敗したまま残っていた。麻衣は腐った肉と化したヤギを苗床に、空を覆い尽くさんばかりのハエを作り出す。魔王の使い魔の残骸を使えば、麻衣はここまでのことが可能なのだ。
「何をたくらんでいるのか知りませんが、そのような脆弱な使い魔、すぐに消してさしあげましょう!」
「おっと、君の相手はこの僕だ!」
「チッ!」
ラファエルは手を頭上に掲げて火球を作り出すが、アスモデウスがカットに入る。アスモデウスは大量のマスケット銃を空中に呼び出し、一斉射撃を行ったのだ。仕方なくラファエルは火球を消して銃弾の腐食、風化に集中する。
そうしているうちに麻衣のハエはグレート=ゾディアックの城壁を飛び越え、中に侵入していった。城内の貴族たちが火の魔法でハエを焼き尽くそうとするが、とても無理だ。ハエは大きな黒い塊となってグレート=ゾディアックの中に散らばっていく。
「な、何やってんのよ!? 今すぐやめなさい! 核を使うわよ!?」
砦から間宮が吠えるが、麻衣にはわかっている。間宮は核など持っていない。ただのはったりだ。ハエで砦の中をくまなく調べたので間違いない。
ハエは窓や扉の隙間から倉庫に侵入し、食料という食料を片っ端から食らっていった。グレート=ゾディアック城内の人々は呆然とそれを眺めることしかできない。城内に数日程度の食料を残し、ハエは何処かへと飛び去っていった。
「城攻めっていうのは城を攻めるんやない! 人を攻めるんや!」
ハエと感覚を共有して充分戦果をあげたことを確認した麻衣はドヤ顔を決める。
とりあえず、グレート=ゾディアック攻略の目処はついた。食料がなければ籠城戦を続けることはできない。かといって打って出れば、グノーム王国軍が用意した陣地で迎え撃たれるといった寸法だ。慌ててシルフィード軍は城門を開き、一か八か出撃しようとするが、戦う前から負けている。後はラファエルを倒すだけだ。




