28 自分のために
終わりは唐突に訪れた。ミキチは麻衣を糾弾する遺書を書いて、学校の屋上から飛び降りたのだ。ミキチは死にはしなかったが全身の数ヶ所で骨が皮膚を突き破って出てくるほどの重傷を負い、大問題となって全ては露見した。
麻衣は家で父に張り倒され、父はミキチの家に行って土下座した。麻衣の一家は大阪にいられなくなり、父も仕事を辞めざるをえなくなる。そして麻衣は、関東にあるシンたちの学校に転校した。
○
「怖かったんや……。ミキチちゃんをいじめてないと、絶対ウチが標的になるって思って……」
全ては、それが源泉だった。ミキチをいじめることそれ自体が快感だったことなど一度もない。麻衣は吐きそうになりながら、ミキチを毎日虐待していた。
だから、ミキチが自殺未遂を起こして重傷を負っても、自分が悪いとはあまり思わなかった。全部、他の女子たちが悪いと思っていた。だから、反省なんて全くしていなかったし、転校先で同じことがあれば多分麻衣は嬉々としていじめに参加した。
「最初にシンちゃんや羽流乃ちゃんと仲良くなろうとしたのも、いじめられないためだったんやで……」
クラスの中心であるシンや羽流乃と仲良くなっておけば、きっといじめられない。麻衣はそう考えて、シンや羽流乃に近づいた。目論見は的中して、ずっと麻衣はいじめられずに済んだ。
でも、シンや羽流乃に見捨てられたら一巻の終わりである。だからシンや羽流乃が気に入りそうなちょっとエキセントリックで明るいキャラを演じた。面白半分のふりをしてシンが暴れるのを助けた。ゲームや漫画が好きなシンのためにボランティア部を立ち上げ、部室を私物化した。そのためには悪いことでも何でもやった。誰のためでもない。全部、自分のためだった。
転生して記憶を失ってからもそうだ。ミカエルに殺されないために、人間にしてもらうために、葵を殺そうとした。
今回の戦争だって、麻衣がやりたいと言い出したのは自分のポジションを確保するためである。麻衣はハエを使って噂を流すという珍しい魔法を使えるが、全然確実性はない。それがばれて利用価値なしと見なされれば、葵に捨てられてしまう。
しかしシルフィード女王に担ぎ上げられた上で葵に服従していれば、無下にはされない。麻衣はそれだけのために、軽々しく数万人の命をベットした。シンのように内乱に苦しむ民衆を救いたいとか、そんな考えはなかった。
「ウチはそういう人間や……。ずっと自分のことしか考えてない、自分勝手なクソ野郎や……。せやから、こうやってシンちゃんに心配してもらう価値なんかないねん……」
麻衣はうなだれる。
「……自分のため、って麻衣は言ったけど、俺は麻衣といられてずっと楽しかったよ。だから、そんな悲しいこと言うなよ」
シンはそう言ってみるが、麻衣は首を振るばかりだ。
「そんなんはきっと、ウチじゃなくてもよかったことやろ。羽流乃ちゃんでも、冬那ちゃんでも、歌澄葵でも、シンちゃんは楽しかったって言うよ。も、もしほんまにシンちゃんがウチじゃなきゃダメやっていうなら……」
麻衣は顔を上げ、真剣な目でシンを見上げる。
「全部捨てて二人で逃げよう、シンちゃん。ウチら二人だけなら天使からも、軍隊からも逃げられるやろ。ウチが生き残るためには、もうそれしかないんや……」
麻衣は牢から手を出し、シンの手を握る。麻衣は本気だ。シンも本気で答えた。
「俺は逃げない」
「……そっか。シンちゃんは強いな」
麻衣は握っていた手を離してしまう。シンは、構わず話を続ける。
「戦争するって言ったのは俺だ。それで、麻衣を女王にするためにみんな命がけで戦った。俺には全て放り出して逃げてなかったことにするなんて、絶対できない」
シンは逆に牢の中に手を突っ込んで、麻衣の手を握った。シンは両手で冷たい麻衣の手を暖めるように包む。
「麻衣、おまえは本当に逃げたいのか? いじめなんかしたくなかったって言ったよな? じゃあ、本当はどうしたかったんだ?」
「ウチは……普通にミキチちゃんと仲良くしたかった……!」
麻衣は堰を切ったように涙をこぼし始める。ようやく麻衣の本心を聞き出したシンはニッコリ笑って言った。
「なら戦おうぜ。今度こそ!」




