26 麻衣の過去
シンは地下牢に行くことにした。途中の廊下でシルフィード貴族たちが話す声が聞こえる。
「どうしてこんなことになってしまったのか……。私たちはこのまま帰れないのでしょうか……」
「二千年続いた我が家の領地を失うことになろうとは……。ご先祖様に申し訳がない……」
シルフィード貴族たちは嘆く。これも全て、シンの責任だ。シンが解決しなければならない。
階段を降りて薄暗い地下牢へと進む。監視のためだろう、羽流乃が牢の前に立っていた。広間にいないと思ったらこんなところにいたのか。多分話し合いに参加させるとややこしくなるため、葵が看守の仕事を押しつけて体よく厄介払いしていたのだろう。
「麻衣と話がしたい。ちょっとはずしてくれないか?」
羽流乃はシンを怪しむような目を向ける。
「まさか彼女を逃がす気ではないでしょうね……?」
「んなことしねーよ。通してくれ」
「くれぐれも、彼女を牢から出すようなことはしないでくださいよ?」
「す、するわけないだろ」
シンは目を逸らしながら言って、麻衣の牢獄まで案内してもらった。牢の前にシンが立つと羽流乃は背を向け、地下から退出する。シンは麻衣と向かい合う。
「麻衣、大丈夫か? 酷いことされてないか?」
粗末なベッドとトイレ用の壺が置いてあるだけの汚れた部屋だった。しかしかつて魔王がその魔力を込めて作ったということで、やたらと頑丈かつ魔力耐性がある。シンでもこの地下牢を破壊することはできないだろう。
地べたに座り込んでいた麻衣は顔を上げる。薄汚れてはいたが、暴力を振るわれたような形跡はない。とりあえずはよかった。
「大丈夫やで。ごめんな、ウチのせいでシンちゃん、今辛い目に遭ってるやろ」
麻衣は気丈に笑う。シンも笑みを見せた。
「俺は全然平気だよ。俺の方こそごめんな。こんなことになっちまって……」
「しゃーないねん、ウチが悪いんやから。自業自得や……」
麻衣は悲しげに目を伏せる。魔法で灯されているぼんやりとした照明が明滅した。
「そんなことねぇよ。一緒になんとかする方法を探そう」
シンは麻衣を励ますが、麻衣は激しく首を振る。
「……ウチは、そんな風にシンちゃんに優しくしてもらえる価値のある人間やないんや。見たんやろ、全部。ミキチちゃんのこと……」
麻衣は自嘲するように笑う。シンは努めて優しく言った。
「……ラファエルが見せたのが全部じゃないんだろ? 教えてくれ、全部」
○
麻衣が大阪からシンたちと同じ学校に転校してきたのは小学校高学年のときだったが、その前にも麻衣は転校していた。小学校二年生の頃、父の仕事の都合で四国の田舎から大阪に転校していたのだ。
麻衣はビクビクだった。なにせ山奥の田舎の、一学年十数人しかいない学校から四十人のクラスが十もある学校に移ったのだ。しゃべる言葉のイントネーションも結構違う。校舎は広すぎて迷子になりそうになる。教室は先月両親と一緒に訪問した動物園のように騒がしくて、初日の自己紹介で麻衣は泣きそうになった。
案の定というか麻衣は馴染めず、あっという間にひとりぼっちになってしまった。笑いのツボがわからず、話をしても盛り上がらない。体格が小さくとろくさいため、体を使う遊びはてんでだめ。勉強はそこそこできたけれど、それで尊敬されたりはしない。ゲームは得意だったが勝ちすぎてクラスメイトたちを激昂させ、「あんたとはもうせん!」と言われる始末。麻衣は縮こまっていくしかなかった。
そんな中、麻衣が仲良くなったのがミキチである。ミキチは別のクラスだったが、父の部下の娘ということで紹介されたのだ。初めて会ったとき、自宅で麻衣はミキチと携帯ゲーム機で対戦してついつい熱くなり、圧勝した。
また空気が読めていない。やってしまった、と麻衣は思った。しかしミキチは「どうしてそんなに強いんや?」と目を輝かせて喜び、公園に連れて行く。麻衣は何人かの女子と対戦した後、女子代表として男子と戦い、完勝した。
これをきっかけに麻衣は女子たちに受け入れられた。特にミキチとは親友になり、休日は必ず二人で遊びに行くくらいの仲になった。
ここまでは、何の問題もなかった。麻衣の、いや、ミキチの運命が暗転したのは三年生に上がり、クラス替えがされた後である。麻衣はすっかり女子グループに馴染み、クラス二番手グループに所属していた。そしてクラス替えで、ミキチと同じクラスになったのである。
何が転落の第一歩だったのか、正直麻衣にはわからない。気付けばグループの中で、ミキチをハブろうという空気ができていた。
○
「それでウチは……ウチはやってしまったんや……」




