8 自殺
瑞希の姿が見えなくなったところで、葵はシンを突き飛ばす。
「うおっ!」
「いつまでくっついてるんだよ。気持ち悪いなあ」
葵は口をへの字に曲げ、パンパンとシンと接触していたあたりを払う。シンは嘆息し、尋ねる。
「よかったのか? あんなこと言って。そもそも歌澄、おまえ本当に山名とその……そういう関係だったのか?」
「下卑た好奇を僕に向けないでほしいな。寒気がするんだよね」
葵は答える気がないようだ。ボロクソにこき下ろされて、わけのわからないことを言い出した瑞希のことが心配なので訊いているのだが、どうすればいいだろう。
シンが考えていることを察したのか、葵は少しだけ話してくれた。
「……瑞希は、小学生の頃のことを今になってもずっと言ってるんだよ。それぐらいの女の子なら、同性同士で恋愛ごっこするものだからさ。だから、突き放さなきゃならないんだよ。卒業してもらわないと」
「そっか。安心したよ。おまえも考えてるんだな」
「君は人を何だと思ってるんだい……。僕はやられたら倍返ししてるだけだよ。じゃ、話は終わりだね」
葵は帰ろうとするが、シンは引き留める。
「待てよ。羽流乃の班に入るって言ったよな? なら、資料作りとか、予定決めとか、やってもらわないと」
「ええっ。なんでそんな面倒臭いこと……」
葵は嫌がるが、シンは指摘する。
「今帰って、山名と鉢合わせしたらまずいだろ。暇つぶしと思ってやってくれよ」
瑞希と会う方が面倒だと思ったのだろう、葵は同意してくれた。
「仕方ないなあ……。君ってば、ほんとおせっかい焼きだね」
「じゃあ部室に移動するか。粗方は決まってるけど、おまえの意見も聞いておきたいところがあるから」
シンの班は自由行動で、羽流乃の班と一緒に行動すると決めていた。遠い南国では何があるかわからないので、委員長と副委員長は離れないようにしようということになったのだ。班員にも説明して、同意も取り付けている。女子と行動できるということで、シンの班員は照れるそぶりを見せながらもはりきっていた。
ぶつぶつと文句を言いながらも葵はシンに従う。部室に戻ると、皆はちゃぶ台に向かい、修学旅行の資料作りに勤しんでいた。何やら叫んで部室を飛び出していた羽流乃も戻ってきている。
「あ、先輩、お疲れ様で~す!」
「さすがハーレム魔王シンちゃん。しっかり連れてきたな!」
冬那が小さく手を振り、麻衣は茶化すように言う。葵は嘆息し、即座に回れ右しようとする。
「……やっぱり帰ろうかな」
「葵さん、もうあなたの担当は決まっていますわ。さっさと席についてください」
意味のわからないことを叫んで部室を飛び出していた羽流乃は、ばつが悪そうな顔をしながらも葵を引き留めた。シンも着席するように促す。
「どこの班でもやんなきゃいけないことだぞ。さっさと済ませようぜ」
「仕方ないなあ」
ふてくされた態度を取りつつも葵は上履きを脱いで畳の部屋に上がる。葵は大人しくちゃぶ台に掛け、資料を眺め始めた。
そうして部室で作業を開始してから三十分ほど経った頃だろうか。資料作成が順調に進む中、半開きになっていた襖から青い鳥が侵入してくる。
「あ~、閉めときゃよかった」
シンは独り言のようにつぶやく。教室に鳩が入れば大事件だが、こんな小さな鳥では騒ぎも起きない。シンは出て行けるように窓を開けるが、青い鳥はまっしぐらにちゃぶ台の方に向かう。
青い鳥は葵の前に降りてきて、慌てたように翼をパタパタとはためかせた。まるで葵に何かを伝えようとしているようにも見える。
「何だって!?」
必死に机の上で跳ねる青い鳥を見て葵は叫び、ガタンと音を立てて立ち上がる。いつもクールな葵が、動揺している。いったい何だというのか。シンが訊く前に、葵は走って教室から飛び出る。羽流乃たちが座ったまま呆然としている中、慌ててシンは立ち上がり、追いかけた。
葵は一直線に学校裏の林に向かう。そして一本の大きな木の下で立ち止まった。
「うわああああっ!」
シンは木にぶら下がっている物体を見て、尻餅をついて悲鳴をあげる。山名瑞希は、首を吊ってこと切れていた。