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22 退却

「呼子! 逃げろ!」


 狭山は叫びながらバフォメットタイプの悪魔と化したミキチにマスケット銃を放つ。銃弾はミキチに命中するが、かすり傷程度だ。狭山はマスケット銃を捨てて腰のサーベルを抜き、ミキチに立ち向かってゆく。


 しかし普通の人間である狭山が一人でミキチを倒すのは無理だ。狭山のサーベルはミキチの皮膚を切り裂くことができず、腕の一振りで吹っ飛ばされる。


「狭山!」


 ラファエルと戦いながらシンは絶叫する。狭山は額から派手に流血しながらピンポン球のように地面をバウンドし、転がる。ミキチはターゲットを狭山に変え、地面に横たわってうめいている狭山に鋭い爪を突き立てようとする。狭山は重傷だ。骨の一本や二本は折れているだろう。狭山に逃れる術はない。


「させないよ!」


 だがミキチの爪は狭山には届かない。葵が魔法で狭山の前に土壁を作り、攻撃を防いだのだ。ミキチは葵の方へと向かうが、今度は羽流乃が迎撃した。


「チェストォ!」


 炎を纏った刀を振り回し、羽流乃はミキチを追い払った。ぐるぐる回って、結局ミキチは麻衣の方に向かっていく。


 葵はまた土壁で麻衣を守ろうとする。しかしミキチは土壁を飛び越え、麻衣を襲う。もう麻衣を助けられる人はいない。迫るミキチに、麻衣は恐怖で目を見開く。


「いやや、死にたくない……。死ぬのは嫌なんや! アアアアアアアッ!」


 麻衣の背中から真っ黒な翼が生え、スカートを突き破って尻尾が顔を出す。人間の身ではありえない強力な魔力が放出され、ビデオの一時停止のようにミキチの動きが止まる。


「ウ、ウチは、殺されるくらいなら、殺す……!」


 麻衣は巨大な竜巻を作り出し、ミキチにぶつけた。ミキチはバラバラになって吹き飛び、麻衣は荒い息をつきながらその場に座り込む。


 にわかに戦闘準備中の軍はざわめきだした。当然である。彼らは麻衣が魔族だなんてこと、知らなかった。


「じょ、女王陛下は魔族だったのか!」


「許せん! 我々を騙していたのか!」


「あ、あの悪魔を殺せ! そうすれば天使様も我らを許してくれるはずだ!」


 もうすぐそこに城門から出てきたシルフィード軍が迫っているというのに、グノーム王国軍は麻衣を囲もうとする。ようやく自分が何をしてしまったか理解した麻衣は顔を真っ青にして震える。


「シ、シンちゃん……! 助けて……!」


 麻衣はシンに助けを求めるが、シンもラファエルとの戦闘でそれどころではない。葵は叫んだ。


「シン、撤退だ! 君の魔法ならできるだろう!」


 もはや戦争どころではない。戦況をもう少し押し戻してから撤退したかったが、この状況で戦い続けるのは無理だ。危険な即時撤退を敢行するしかない。


「……わかった!」


 ラファエルを抑えて、逃げる。シンは指輪の魔法を使った。


「水の力よ風で散れ! 霧よ、全てを覆い尽くせ!」


 重ね合わされた魔方陣から濃い霧が吹き出し、周囲を覆い尽くす。あっという間に周囲は何も見えなくなった。


「こんな子供だましで私が幻惑されると思っているのですか!?」


「思ってねぇよ!」


 シンは聴覚、嗅覚に優れたオオカミを呼び出して周囲を警戒させオオカミが吠えた方向に雷の魔法を撃つ。ラファエルが回避したのがわかった。シンは勘で横っ飛びし、ラファエルの剣を避ける。


 霧の魔法は効果範囲が広い代わりに、魔術的な幻惑効果は弱い。ラファエルには通用しないし、むしろ邪魔になる。それでも使ったのは、グノーム軍とシルフィード軍の戦闘を妨害するためだ。すでにシルフィード軍は攻撃を仕掛けてきていて、銃声がひっきりなしに響いていた。


 シンはいよいよ退却のために魔法を使う。


「風の指輪! 俺たちを運べ!」


 ゆっくりと生暖かい風が吹き始める。だめだ。風力が足りない。全員を連れて帰るには、もっと風を強めないと。シンは全ての使い魔を消し、風の魔法に集中する。葵はシンの状況に気付き、シンと同じくらいに魔力を発する人形を大量に作って援護。シンは大きな風を起こしていく。


「ようやく見つけました! 隙だらけですよ!」


 ラファエルは無数の剣をシンに向かって放つ。が、シンは魔法を完成させていた。グノーム軍二万五千は戦場から消え始める。もう少しだ。シンは氷の壁を展開したが、剣は簡単に氷の壁を砕いて突破し、シンの体を貫かんと飛んでくる。シンは鉄の魔法で剣を呼び出し、ラファエルの剣を叩き落とす。


 シンは剣を振るって一つ、二つは叩き落としたがこれは無理だと悟った。とっさにまたシンは魔法を発動する。


「風の力に水の支配! 花よ、咲き誇れ!」


 無数の剣はシンを串刺しにして、シンは血まみれになって倒れる。流血とともに体温が奪われていくのがわかった。このままでは絶命する。


 しかし魔法の発動は辛うじて間に合い、倒れ伏せたシンの体をツタのような植物が覆い始める。ツタからは無数の花が咲き、シンは棺桶の中にいるように花に包まれる。同時にじわじわとシンの体の傷は塞がり始めた。やがて、シンの体は風に乗ってシルフィードから消えた。



 全くしぶとい男だ。放っておけば、またゴキブリのように復活するだろう。今すぐ追いかけて殺すのが最も安全である。ラファエルには、それができる。が、あえてラファエルはシンを追跡しなかった。ラファエルの目的は、麻衣を苦しんで死なせることである。逃げ帰った本国で、麻衣は地獄の苦しみを味わうだろう。


「魔王ベルゼバブ……。存分に苦しむといいでしょう……!」


 晴れてゆく霧の中で、ラファエルは笑みを浮かべた。

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