21 汚点
「わかったでしょう? あなたごときが私に勝てるわけがないのです。それに、そこで震えている女にはあなたが命を賭けて守る価値はない……!」
ラファエルは麻衣を指して意味のわからないことをほざき始めた。こんな話は聞く必要がない。
シンはどうにか勝ち筋を見つけようと足りない頭をフル回転させる。上空ではドラゴンとフェニックスがいったん距離をとり、マスターたちと同様一時休戦していた。やはりドラゴンをラファエルにぶつけるしかない。まず相手のフェニックスを集中攻撃で倒して……。
しかしシンの思考は中断される。麻衣の直上にぽっかりと黒い穴が開き、ドサリと音を立てて一人の少女が落ちてきたのだ。羽流乃は麻衣を抱えて少女から距離をとる。
「う……。ここは……?」
制服姿の少女は頭を抑えながら起き上がる。シンは少女の顔を見て固まる。少女の顔は、できの悪いぬいぐるみのように縫い跡だらけだった。
よく見れば少女は全身傷跡だらけだ。手足や、まくれた制服から覗く背中などにも傷を縫ったような跡がある。いったい彼女は何者なのだ。
「ま、麻衣! なんであんたがここにおるんねん……!」
少女は麻衣の顔を見て叫ぶ。麻衣は羽流乃の影に隠れながら、少女に尋ねた。
「な、なんや……? ウチのこと知ってるんか……?」
麻衣のその言葉を聞いた瞬間、少女は般若の形相を浮かべる。
「ア、アタシのことを忘れたっていうんか! あれだけ酷いことしておいて! アタシは、アタシは……!」
少女は大粒の涙をこぼし、吠える。現世での記憶がない麻衣はキョトンとするばかりだ。ラファエルは苦笑いを浮かべる。
「そういえばあなたは現世の罪のため記憶を浄化されているのでしたね……。しかし生まれ変わっても地獄に墜ちても同じ過ちを繰り返すあなたには、記憶の浄化など無駄でしょう……。思い出させてあげますよ、全て」
ラファエルは麻衣の前に高速移動して、麻衣の頭に手をかざす。状況を見て日和ったのか羽流乃は麻衣を守ろうとせずに距離をとった。麻衣を中心に魔方陣が展開され、麻衣の体を光る粒子が覆う。
「ユニコーン、行くぞ!」
シンはユニコーンに飛び乗り、麻衣を助けようとする。しかしユニコーンが少し駆けたところで灼けるような頭痛に襲われ、シンは落馬した。
「あっ、あああああっ! イヤァァァァッ!」
何らかの魔法を掛けられた麻衣は頭を抑えて悲鳴を上げる。ほぼ同時に、シンの頭におかしな映像が飛び込んでくる。煙草の火を押しつけられ悲鳴を上げる小学生くらいの少女。冬にプールに飛び込まされる少女。制服をカッターでビリビリに破かれる少女。間違いなく、ラファエルが呼び出した少女だった。いったいどういうことだ?
シンがそう思っていると新たな映像が脳内に流れる。少女は、学校の屋上と思しき場所に立っていた。少女はフェンスを乗り越える。思わずシンは叫んだ。
「おい、やめろ!」
少女は飛び降りる。ドサリという鈍い音がシンの脳に響いた……。
「う、あ……。思い出した……。ミキチちゃん……! そうや、ウチは……。修学旅行で飛行機が墜ちて……」
麻衣は顔を真っ青にしながらブツブツとつぶやく。ラファエルは勝ち誇った笑顔を見せた。
「わかったでしょう? これがこの女の本性です」
麻衣が、この少女をいじめていたというのか。こんな洒落にならないレベルで。
「ふざけんな! 麻衣がこんなことするわけない!」
シンはわめくが、少女はさらに泣いた。
「あんたに何がわかるんねん! こいつは、ウチにここまでやったんや! 地獄にいるような日々やった……! それでウチは飛び降りてこんな姿になって、こいつは転校してのうのうと生きて……!」
「ミキチちゃん、許して……許して……!」
麻衣はその場にへたりこんで震えるばかりだ。
「この期に及んで全く謝罪の言葉が一切ないのが彼女らしいですね。彼女が全く変わっていないということを、証明してあげましょう……」
そう言うとラファエルは少女──ミキチの隣に移動し、魔法を掛けた。ミキチを中心に魔方陣が現れ、ミキチの体は変質を始める。
「おい! 何をしやがった!」
シンが声を上げるがもう遅い。バフォメットというやつだろうか、ミキチはヤギの頭と翼を持つ真っ黒な悪魔に変身した。
「絶対許さない……! 私が味わった苦しみを、倍にして返してやるわ!」
ミキチは空へとはばたき、麻衣を急襲する。
「させるかよ!」
「おっと、あなたの相手は私ですよ?」
シンはミキチを止めようとするが、ラファエルが立ち塞がる。シンは雷を放ってラファエルを退かせようとするが、牽制なしのぶっ放しではラファエルのスピードが速すぎて当たらない。シンは剣でラファエルの攻撃を凌ぐので精一杯だ。
襲われる麻衣を誰も助けようとはしない。みんな、麻衣さえ死ねばラファエルが撤退し、自分は助かると思っているのだ。麻衣自身もその場から動けないでいる。
もうだめかと思われたそのとき、戦場を遠巻きにしていた王国軍の中から狭山が駆けてきた。
「呼子! 逃げろ!」




