20 抵抗
「ふざけるな! どっちもお断りだ! 俺があんたをぶっ倒す!」
麻衣を引き渡すか、数万人の生贄を捧げてアスモデウスの力を振るい、ラファエルを倒すか。提示された二つの選択に、シンはノーを突きつけた。
「……シンの言うとおりだ。勝手なことを言うのはやめてほしいね。ほらみんな、ボサッとしてないで戦う準備をして!」
葵も覚悟を決めたらしい。葵の命令で、王国軍は多少の元気を取り戻す。
「女王陛下の命令だ!」
「火縄に火をつけろ!」
「ヨハン家の引き籠もりどもを皆殺しにするぞ!」
半分ヤケクソなのだろうが、それでも壊走するよりはいい。敵地で軍隊としての体を保てなくなれば、まず生きて帰れなくなる。
シンは小声で葵に伝える。
「……俺に任せろ。絶対、全員無事に撤退させる」
「その言葉、信じるよ」
絶対に負けるわけにはいかない。シンは指輪の力を発動する。
「火の力に水の力! 蘇れ、不死身の肉体!」
指輪から大きく魔方陣が展開され、黒のドラゴンが出てくる。シンの場合使い魔は魔方陣の中で体を構築しきってから出すので、腐食の魔法の餌食になることはなかった。城門前の砦にけしかけようとしたときには全く言うことを聞かなかったドラゴンだが、ラファエルに対抗できるとすればこいつしかいない。
「行け、ドラゴン!」
幸いにもドラゴンはシンに従ってくれた。空に舞い上がってからラファエル目がけて急降下し、炎のブレスを吐き出す。
「この程度で私を倒そうとは、片腹痛いですね!」
ラファエルはブレスを避けながら、パチンと指を鳴らす。ラファエルの背後に魔方陣が展開され、内部から全身が燃え盛る巨大な鳥が出てきた。
「使い魔には使い魔です……!」
ラファエルの使い魔、フェニックスはドラゴンに向かっていった。ほぼ同サイズの二匹は空中で巴戦を繰り広げる。氷のブレスを吐くドラゴンにフェニックスはスピードで対抗し、攻防は一進一退だ。
「地の力に火の支配! 鉄よ! 俺に剣を!」
ぼんやり使い魔同士の戦いを見ているわけにはいかない。シンは剣を呼び出し、ラファエルに斬りかかる。
「学習能力がないようですね!」
ラファエルに近づくと剣は崩れて消えてしまい、勢い余って突っ込んだシンは逆にラファエルの剣で心臓を貫かれそうになる。シンは水の指輪で体を液状化して難を逃れ、インファイトで反撃に転じる。
「これでどうだ!」
シンは火の指輪で炎を拳に纏わせ、殴りかかる。ラファエルはバックステップで間一髪かわすが、シンはさらに追撃する。
「大地のケモノに水の手綱! 命を司る使い魔よ! 力を貸せ!」
「チイッ!」
呼び出されたユニコーンは長い角を振りかざして突撃を敢行。わずかな距離で助走はほとんどつけられないが、それでもユニコーンのパワーなら充分だ。突進の勢いと膂力で、長い角をカブトムシのように使ってラファエルを空中に跳ね上げる。背中から伸びた翼でラファエルは態勢を立て直そうとするが、シンの方が速い。
「火の力に地の支配! 雷よ、焼き尽くせ!」
「があああああっ!?」
火の指輪から雷撃が放たれ、ラファエルを撃つ。ラファエルは全身から煙を噴き上げながら、地上に墜落した。
勝てるのではないか。そんな思いがむくむくとシンの脳内で起き上がってくる。魔法攻撃の手段が乏しいアスモデウスより、様々な魔法を扱えるシン単体の方がラファエルには相性がいい。
このまま押し切ってやろう。そんなシンの甘い目論見は、一瞬で潰えた。
「なかなかやりますね……。体──この世界における魂の器だけでも魔王ということですか……」
ラファエルが起き上がると、逆再生のように火傷の跡が回復していく。腐食、風化の魔法は強力で高速移動も厄介だが攻撃は直線的で、地味な天使だと思っていた。しかし、そんなところにラファエルの強さの本質はなかったのだ。シンは戦慄する。ほとんど魔力の消費なしに、ラファエルは完全回復してしまった。
「ラスボスが回復魔法使うのは反則だろう……?」
後方で、葵もあまりのことに顔を引きつらせていた。ロンダルキアを抜けた後のシ○ー並に鬼畜である。
「わかったでしょう? あなたごときが私に勝てるわけがないのです。それに、そこで震えている女にはあなたが命を賭けて守る価値はない……!」




