16 グレート=ゾディアック攻城戦
西の城門前に築かれた空堀と土塁、柵の砦に対して、まずグノーム貴族の軍勢が攻撃を仕掛けることになった。今まで戦闘らしい戦闘はなく、彼らは全く手柄を立てられていない。通例なら危険な一番槍は忠誠を試すため、寝返ったばかりのシルフィード貴族にやらせるのだが、手柄がほしくていてもたってもいられないグノーム貴族たちは自分らがやると主張したのだった。
数千人の兵士たちがマスケット銃を手に砦へと突っ込んでいく。無防備に突撃しているわけではなく、車輪付きの大盾を押して護衛に若干の槍兵もついている。しかし、砦の火力は想像以上だった。
「まだよ……まだ……。……今よ! 撃ちなさい!」
土塁に伏せた敵の兵士たちはこちらの突撃を充分に引きつけて間宮の号令に従い、マスケット銃の一斉射撃で迎撃する。城壁に詰めている兵士たちも銃を撃った。城門の左右には高い櫓が伸びていて、櫓からなら砦の周辺は射程圏内になるのだ。
近くに雷でも落ちたかのような轟音が響き、味方の兵士たちが倒れる。この世界だと死んでもすぐ転生するだけなので兵士たちはすぐに復活するが、そこをまた射撃が襲う。あまり殺されすぎると人間に転生できなくなるので、一度殺された兵士はその場に伏せて銃弾をやり過ごそうとする。
ただ、まともに銃弾を受けたのは大盾から少しはずれたところにいる兵士だけだ。大盾の周囲の兵士は無傷である。木製の枠に金属を打ち付けた大盾はどうにか保っている。
グノーム軍は空堀のすぐ近くまで到達し、空堀を越えて砦の中に攻め込もうとする。堀の中には大盾は持ち込めないので一時的に無防備となるが、駆け抜けてしまえばいいだけだ。そんなこちらの考えを見越して、空堀の中には三重の柵が設置されていた。
グノーム兵は柵を壊して侵入しようとするが、敵兵の射撃が容赦なく撃ちおろされる。逃げ場のないグノーム兵は次々と倒され、虫やネズミになって消えていった。
ほどよくグノーム兵を引きつけたところで間宮が動く。魔法で大風を吹かせ、大盾を倒したのである。
「敵が丸裸だわ! 撃ちまくりなさい!」
グノーム軍は鉄砲で散々に撃たれ、敵の万歳を背中に受けながら退却する他なかった。
初日の戦闘に参加した五千人のうち、五百人が死傷。少ないように思われるが、一般的に軍隊は三割の死傷で戦闘力を喪失する。転生で数度の死亡くらいはチャラになるこの世界では、一割の死傷はかなりの大損害だ。名のある貴族も数名討ち取られており、事態は深刻である。
「次は俺も行く。盾がありゃ大丈夫だろ? 近づけりゃ俺は負けない」
「全然大丈夫じゃないよ。見てたろ? 魔法で盾を剥がされて集中砲火受けるだけさ」
とにかく射程がネックだ。どうにか現状を打破しなければならない。
「大砲とかないのか?」
シンに訊かれた葵は答える。
「あるにはあるよ。今からあの砦を狙って撃ってみる」
本営から少し離れたところに十門ほどの大砲が設置されており、砲兵たちが導火線に火をつける。爆音とともに鉄球が吐き出され、砦に向かって飛翔する。その一発で大砲に魔力を流していた砲兵は力尽きたようで、ふにゃりとその場にへたり込む。
しかし大半がどんどん砦から逸れていき、明後日の方向に着弾した。辛うじて砦の中に落ちそうだった一発も風の魔法だろう、突然突風が吹いて逸らされた。
「……全然役に立ってないじゃねぇか」
「仕方ないだろう? この世界の大砲なんてこんなものだよ」
何発かは砦を通り越して城壁に命中していたが、かすり傷一つ与えられず跳ね返された。城壁はシルフィードの初代国王(おそらくグノームのアスモデウス同様に魔王だったのだろう)が自らの魔法で強化しているため、普通の攻撃では破壊できないそうだ。大砲の他に投石機も用意しているが、威力は五十歩百歩である。効果は期待できない。
「魔法で大砲強化とかできないのか?」
どうにか砦を落とそうと考えるシンの質問に葵は首を振る。
「無理だね。大砲っていうか、火器を作るのってとても大変なんだよ? 火薬の爆発力を密閉しなきゃならないわけだからさ」
この世界で広く使われているミスリル合金は魔力を流さない状態だと柔らかくて加工が容易である。そのためこの世界では鋳造の技術が未発達だ。金属を溶かした状態で加工しなくても、ハンマーで叩いて鍛造すれば大抵は用が足りる。
ところが大砲の砲身は鋳造しなければならない。マスケット銃の銃身程度なら一枚板を金属棒に巻き付けて鍛造すれば事足りるが、大砲でそれは無理だ。
結果、この世界の大砲は材質は不均質でいくら魔力を流し込んでも暴発の危険がつきまとうという大変危険なものとなった。おまけに使用者の魔力をバカ食いするので使いづらい。日本の戦国期よりしょぼい大砲は、こうしてできあがったのである。効果なんて見込めるわけがない。
「やろうと思えば僕の記憶から戦車でもミサイルでも作れるけど、素材集めのコストが掛かりすぎるんだよね。非現実的だよ」
大きなものを作ろうと思えば、それだけ希少な素材が大量に必要となる。葵でも集められるか微妙だ。小銃くらいなら比較的簡単に作れるかもしれないが、一丁や二丁で戦局を変えることはできない。
「だいたい、元の世界の武器を使うなんてことしていいと思う? 間宮さんが言ってたのははったりだと思ってるけど、万が一本当だったならやり返されるよ」
そのとき、相手は一切遠慮してくれないだろう。シンたちの頭上に核兵器が炸裂しても先にやったのはこっちだ。倫理的にもどうかと思う。さすがにシンも現代兵器を持ち出してくれとはいえない。
「じゃ、じゃあアスモデウスの力を使うのはどうだ?」
どうせ間宮の核兵器なんてはったりだし、アスモデウスが本気で重力の力を振るえば核爆弾くらい無効化できそうな気がする。この世界から生まれた力なのでレギュレーション違反ではないだろう。おそらく、多分、ギリギリ。
「それもほとんど反則みたいなものだと思うけど……。それで力使い果たした後にミカエルが来たらどうするの?」
「……」
結局、まともに戦争するしかないらしい。いったいどうなってしまうのだろう。




