12 彼らの軍議
レオン・テッセがグノーム軍に寝返ったという情報は、すぐにグレート=ゾディアック内の王宮を駆け巡った。王宮は上へ下への大騒ぎだ。
カストルポルックで敵を受け止め、各地の貴族の協力を取り付け次第出撃、兵糧が尽きかけているであろうグノーム軍を撃破するという作戦だったが、それどころではなくなった。すぐにグノーム軍はグレート=ゾディアックに到達するだろう。
会議の席で、シルフィード王を称するカルル一世の臣下たちは一様に頭を抱える。
「こんなことになろうとは……。兵糧の搬出を拒否した時点で、レオンを逆賊として追討していれば……」
実際は戦力不足からレオン・テッセを信用せざるをえなかったのだが、そう嘆きたくなるほどに痛恨の寝返りだった。
「籠城戦だ! グレート=ゾディアックでやつらを迎え撃つしかない!」
「しかし市民が非協力的だ……! 内通者が出る可能性さえある……!」
「どのみち籠城しても救援の望みはないのだ……! グレート=ゾディアックを捨ててアクエリオに逃げよう! 今なら制海権はこちらにある!」
海軍力だけなら裏切り者たちよりヨハン家の軍勢が勝っている。半島の東端にあるアクエリオに逃げれば、時間だけは稼げる。だが、その後の展望が描けない。
「逃げてどうする!? アクエリオで追い詰められるだけだ! 降伏しかない!」
「しかし、今さら降伏したとして許されるのか……? 仮にも我らはシルフィード王を名乗ってしまったのだぞ……?」
向こうの言い分を受け入れて麻衣を王と認めるのならば、カルル一世は王を僭称したことになる。すぐに承認したならともかく、攻め込まれて負けそうになってからでは許されるはずがない。シルフィードには、他にも王を名乗る者が数人いる。見せしめのため皆殺しにされるというのが現実的なところだ。
「クッ……! かの女さえ転生してこなければ……!」
一人の家臣が机を叩いて嘆く。ヨハン家は元々、グノームに領地を持っていた貴族の次男が移り住むことで勃興した。八代前にシルフィード王家と婚姻し、四代前にはグノーム王家から嫁を迎えている。ヨハン家はグノーム、シルフィード両王家の血を引いているのだ。
ずっとヨハン家は国内統一に向けてグノーム王国のシルフィード遠征を打診し続けていて、向こうの貴族は乗り気になっていた。ところが麻衣の登場によって遠征の目的はヨハン家のシルフィード統一を助けることから、グレート=ゾディアックを占拠して王を僭称しているヨハン家を打倒することにすり替わってしまったのである。
「全ては余の責任だ……。勝ち目がないのに戦うわけにはいかない。余の首と引き替えに、皆の助命嘆願をしよう」
「……」
カルル一世は沈痛な面持ちで目を伏せながら言った。場は静まり返る。カルル一世を犠牲にして他の全員が助かるなら……。誰もがそう思って、日和っているのだ。しかし客将として軍議に参加している間宮は、そんな空気を一言で破壊した。
「あんたら、こんな子どもにそんなこと言わせて恥ずかしくないの? 責任取るべきは、『グノーム軍が単独でこっちまで来られるわけがない』って全然対応しなかったあんたらじゃないの?」
カルル一世は小学校低学年くらいの、ほんの子どもだった。シルフィード統一寸前まで持っていった先代が数年前の戦争で「戦死」し、急遽後を継いだのである。彼の首を差し出して降伏というのは、いくらなんでもありえない。
「な、何を! 新参者の小娘が、失礼だろう!」
一人の貴族が怒りを抑えきれず声を上げるが、後に続く者はいない。間宮の言ったことが正論だと、誰もが理解しているからだ。グノームとの国境地帯を陸路で旅してきた間宮だけが山側貴族が続々麻衣に降るのは間違いないと警鐘を鳴らしたが、希望的観測にすがって誰も動かなかった。
臣下も情けないが、カルル一世もあまりに成長がない。出会った頃と同じだ。ツーサイドアップに纏めた髪の先をイライラといじりながら小学校高学年くらいにしか見えない童顔を歪ませ、間宮は発言する。
「あんたらがどうなろうが知ったこっちゃないけど、神代なら少なくともカルル君は助けてくれると思うわよ? いますぐ降伏すればね」
かつての同級生の性格を勘案し、間宮はそう結論を出した。女王は歌澄葵ということだが、ネクラなあの女が直接の脅威もないのに戦争するなんて決断をできるとは思えない。シルフィード女王に祭り上げられている呼子麻衣は記憶をなくしているらしいので発言権もないだろう。国内貴族に突き上げられて、神代シンが調子に乗ったのだと考えられる。
シンは甘々なので、少なくともカルル一世に手を出すことはない。むしろカルル一世の命と引き替えに他の者の助命嘆願などをすれば、逆に怒らせてしまいそうだ。ただ、何の処分もなしではグノームの貴族やシルフィードの裏切り者たちが納得しない。誰かが腹を切って、落とし前をつける必要がある。
「……」
誰からも意見はない。誰も自分が犠牲になろうとは言い出せないのである。客将である間宮が切腹しても意味はない。ならば、戦って勝つしかない。敵の方が圧倒的に数が多い現状で野戦は無謀すぎるので、籠城戦だ。間宮は即座に立案した作戦を披露し始める。
「しばらく戦えるだけの兵糧はあるんでしょう? 籠城戦よ。ただし、籠もってるだけじゃだめ。こっちが優勢なところを見せて、市民を味方につけるの……! それで、向こうの士気を挫いて……」
将棋というゲームは記憶力の勝負でもある。プロ棋士は連綿と続く歴史の中から生み出されたありとあらゆる定跡を頭に詰め込んだ上で、新戦術の開発に勤しんでいる。間宮も同じだ。古今東西の戦史を知った上で、この世界における最適の戦術を導き出す。
いくら力が強くても、頭が空っぽならそれは獣と大差なく、従って間宮には絶対勝てない。シンや葵、麻衣など敵ではないというところを見せてやろう。知らず知らずのうちに、間宮の口角はつり上がっていた。




