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9 モンスター討伐

 三日かけて北の谷を通過したグノーム王国軍一万五千はシルフィード王国の首都グレート=ゾディアックを目指して進軍を開始する。グレート=ゾディアックは南の海沿いに位置しているが、あえてグノーム王国軍は平野部には出ず南北に延びるパラケルス山脈沿いに侵攻した。


 戦いらしい戦いは起こらず、途中の城は次々と白旗を揚げて降伏する。エルフ族に限らず、山間部の領主たちが望むのは内乱の早期終結だ。彼らにとって、やはりグノーム王国軍は救世主だった。遠征軍が持ち込んだ物資──特に塩を山間部の住民たちは喜んだ。


 ただ、無政府状態となっている影響は、物資の交易だけに現れるわけではない。途中に立ち寄った集落で、シンたちは村長に懇願された。


「なるほど、トロールがね……」


 簡易の王座に腰掛けた葵はあごに手をやって考え込む仕草を見せた。隣に座っている麻衣はチラチラと葵の顔を伺う。村長は必死の形相で改めて額を地面にこすりつけ、土下座した。


「お願いします! 我々ではどうにもならないのです! 皆様だけが頼りなのです! どうか、お助けください!」


 この村の近辺にトロールが出没しているのだった。普段は山の奥深くで魔物を狩って暮らすトロールだが、ここのところの天候不順で人里にまで姿を現している。


 つい先月にグノーム王国に侵入し、大暴れした瑞季率いるトロール軍団の強さは記憶に新しい。数匹程度しかいない少数の群れということだが、魔力の強いトロールを倒すには強力な魔法使いに来てもらうか、それなりの規模の軍隊を投入する必要がある。普通の村人たちではどうしようもできないし、田舎の小領主では対応不能だ。強い魔力を有する名門貴族でないと勝てない。


 そこでこういう場合、中央政府に応援を要請するのだが、政府は内乱で田舎のトロールになど構っていられない。今のところトロールたちは外飼いの家畜を襲っただけであり、人死には出ていないが、時間の問題だ。


「陛下、明日にでもこの村を出発しないと明後日までにカストルポルックに到達することができません。心苦しいですが私たちが動くことはできませんわ」


 羽流乃が葵に耳打ちする。カストルポルックというのはこの地域で最大の都市であり、当面の攻略目標だ。有事に備えた穀物庫があり、ここに備蓄された食料を当てにしてグノーム王国軍は進撃していた。一日でも行軍が遅れると兵糧が尽きる心配が出てくる。


「トロール倒すだけなんだろ? 今日はここで野営するんだから、今のうちに倒してしまえばいいじゃないか」


 スルーする流れになりそうだったので、シンはストップを掛ける。静かに葵は訊き返した。


「君、どうやってトロールを捜すの?」


 トロールたちは日中を深い山の奥で過ごしている。簡単に見つけることはできない。


「ウ、ウチのハエちゃんで……」


「こんな山の中じゃ、すぐ他の生き物に食べ尽くされて終わりになるんじゃない? やめときなよ」


 麻衣が手を挙げるが、葵にすげなく却下された。ここでシンは申し出る。


「じゃあ、俺にやらせてくれよ」


「君が……? どうやってトロールを捜すの?」


 葵は胡乱な目でシンを見る。シンは笑顔で言い放った。


「俺だって、成長してるんだぜ?」


 直接殴り合うだけが戦いではないと、前世で麻衣と行動を共にしていたシンは理解している。使えそうな力を、シンは手に入れていた。




 シンたちは村長の案内で、家畜が襲われた現場に赴く。すでに襲われた牛の死骸は片付けられていたが、血の跡が残っていた。同じように人間がやられる可能性を考えると、スルーするわけにはいかない。


 シンは火、水、風、地の指輪を一つずつ全てはめる。シンは使い魔を呼び出した。


「風の力に地の肉体! 五感を司る使い魔よ! 力を貸せ!」


 シンは指輪から展開した風と地の魔方陣を重ねる。魔方陣から、一匹のオオカミが現れた。オオカミは地面に鼻をこすりつけ、臭いを嗅ぎ始める。


「さぁ、俺たちをトロールのところまで案内してくれ!」


「ウォン!」


 シンの命令に応え、オオカミは走り出す。一度も使ったことのない使い魔だったが、普通に働いてくれている。思った通り、瑞季との戦いを経たことによりシンの指輪を操る技量は上がっているようだ。


「なるほど、こういうことか……。ま~た君に新しいおもちゃを与えちゃったみたいだねぇ」


「さすがシンちゃんやな。ウチとは違うわ……」


 葵は嘆息し、麻衣はちょっと拗ねていた。なんだか歓迎されていない感じである。どうしてだろう。おかしいなぁ……。


「シン君、行きますわよ! 早くトロールを倒しましょう!」


「お、おう!」


 羽流乃に促され、シンはオオカミを追いかけ始める。オオカミはどんどん山の奥へと進んでいき、一時間ほども歩いたところだろうか、立ち止まって吠え始めた。


「いましたわ!」


 シンは羽流乃が指さした方を見る。五匹ほどのトロールが外敵の襲来を察知して臨戦態勢となっていた。以前瑞季が連れてきていた個体に比べれば小さいが、それでもちょっとした小屋くらいのサイズである。


「地の力に火の支配! 鉄よ! 俺に剣を!」


「〈和泉守兼定〉!」


 シンと羽流乃はそれぞれ剣を呼び出す。シンはさらに火の指輪で剣に炎を纏わせ、羽流乃も自分の魔力で同様にする。葵は後方で土の壁を作り、麻衣と一緒に観戦だ。


「すぐに終わらせますわよ!」


 言うが早いか羽流乃は棍棒を振りかぶった一匹に飛びかかり、あっという間に倒してしまう。トロールは無数の蝶になって飛び立った。食糧を求めて人里に降りてくるくらいに困窮しているトロールなので、かなり弱いようだ。


「おう! 俺たちならやれる!」


 羽流乃の声に応じ、シンは剣を振るった。剣から炎が伸びてトロールたちに巻き付き、一瞬で灰にしてしまう。燃え盛る炎はトロールたちが転生することさえ許さず、魂ごと焼き尽くした。


 辛うじて動けた一体は火だるまになりながらもシンに掴みかかるが、剣であしらって終わりだ。バラバラにされて燃やされ、トロールたちは無事全滅。ミッションコンプリートである。


「ふう、一仕事終わったな!」


 シンは額の汗をぬぐう。少し汗を掻いてしまった。ひとっ風呂浴びたい気分だ。


 さぁ帰ろう、と思ってシンは踵を返すが、葵がジト目でこちらをにらんでくる。


「シン、まさかそのままにして帰るつもりかい?」


「えっ?」


 シンは振り返る。トロールたちを焼き殺した炎が、ごうごうと燃え続けていた。


「……私じゃありませんわよ? 私が出した炎は、自分の意思で消せますから」


 羽流乃はそう言って〈和泉守兼定〉を鞘に収める。もちろんシンも剣を消して指輪をはずした。しかし、炎は消えないどころかどんどん大きくなっていく。他人事のように葵は言った。


「……きっと魔王の炎はそう簡単に消えないってことなんだろうねぇ」


 葵の言葉通り、結局シンが氷の魔法を使って炎を封じ込めるまで山は燃え続け、周囲一キロほどを禿げ山にした。


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