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6 交渉

「どうでもいいだろ、僕のことなんて。どの班に入っても同じなんだから。僕はどこの班でもいないもの扱いされるだけさ」


 葵は唇の端をわずかに持ち上げ、世間の全てを見下したような笑みを見せる。少なくとも羽流乃、麻衣、冬那ならそんなことはしない。シンはどうにか交渉しようとあがく。


「そんなことはないだろ。決まってないのは葵だけなんだ。頼むから、話を聞いてくれ」


「適当な班に放り込んでくれればいいよ。どうせ僕が聞く耳持たなかったから、適当に決めても仕方なかったっていう、大義名分がほしいだけなんだろう?」


 葵は一足飛びに話を終わらせようとする。シンは葵に言われて今さら気付いた。


 委員長羽流乃と副委員長シンが説得してみたがだめだったので、担任の中村先生に投げる。中村先生は教師の権限で強制的に葵を羽流乃の班に放り込む。これなら全員が手を尽くしたということで、本人以外は納得する。形式的なところを満たすために、シンは葵のところに送り込まれたのだ。


 だが羽流乃だって中村先生だって、強制で決めるなんてしたくないはずだ。羽流乃が話をつけられなかった時点で教師権限を発動してもよかった。二人はそれでもシンなら説得できるかもしれないともう一段階を設けたのである。


 シンは結論を急ぐ葵をなんとか押し止めようとする。


「否定はしないよ。だけどな、葵に自分で決めてもらうのが一番いいんだ。中学の修学旅行は一生に一回しかないんだぜ。そんな風に言わず、葵も参加してくれよ。そうじゃなきゃ、楽しめないだろ?」


 葵は肩をすくめた。


「寒気がしたよ。そんな建前論じゃ誰の心も動かせないよ? 前から思ってたけど、君ほどの偽善者はそうそういないね。言ってて恥ずかしくないの? 愛は地球を救う、とか言ってる人たちと同レベルだよ。毎年放送しても何も救えてないのにさ。この世界には善も愛もないのが真実だよ。さっさと現実的に動きなよ」


 シンの行動を偽善と切り捨てる葵だが、多分本気でこの世に善も愛もないとは思っていない。少なくとも、シンの目にはそう映る。病院や老人ホームの訪問ボランティアのとき、葵は誰よりも相手に優しく接していた。葵は孤高を貫こうとしているだけで、決して悪人ではない。


「俺は偽善のつもりはない。建前はみんな正しいと思っているからこそ建前になり得るんだ。歌澄が一歩、踏み出してくれるだけでいいんだよ」


 シンは言葉を尽くして説得したつもりだが、葵は乗ってくれない。話を変えてくるだけだ。


「へぇ。じゃあ、どうして君は二次元三兄弟なんかと同じ班になってるの?」


「はぁ? どうしてって……?」


 眉を潜めたシンの返事を聞いて、葵はにやりと笑う。


「関係あるよ。君の大好きな建前に従うなら、仲良し同士で班を組むべきだよね? どうして君は、わざわざ仲が良い多数派のリア充グループを避けて、少数派のぼっちグループと組んでいるのかな?」


 シンが何かを言う前に、葵は勝ち誇ったように言った。


「彼らはどこの班からも拒絶されたから、君が引き取ったんだろう? 現実ってやつは非情だね。建前は実現しないから建前なんだよ」


「何言ってるんだ? 俺はあいつらとも仲良いぞ。そりゃあ人数の問題があるから、100%希望通りにはなってないけど」


 別に二次元三兄弟は嫌われてなどいない。時々みんながついていけない話題で暴走するだけだ。しかし葵はシンに嘲笑を浴びせる。


「本気で言ってるの? そう思っているのは君だけだよ。心の中じゃ、みんな彼らを見下してるよ。馬鹿な偽善者のくせに権力者の君が、何もしないからいじめが始まらないだけさ。君の頭の中にある優しい世界なんてどこにもないんだよ」


「はぁ? 二次元三兄弟は面白いから、結構好かれてると思うぞ? いいやつらだしな。だいたい、俺に権力なんかないよ」


「だからさあ、そう思ってるのは馬鹿で偽善者の君だけなんだって。養子で入った君は実感がないのかもしれないけど、神代家はここら辺一帯の支配者だよ? 大地主だし、この辺の企業はみんな神代家の息がかかったところばかりさ。そこのところがみんなわかってるから、君の言うことを聞いてくれるんだよ」


 確かに、そういう一面はある。うちのばあちゃんは地元の偉い人とだいたい知り合いだ。シンが大人と話ができるのは、間違いなくばあちゃんのおかげだった。


「君の薄っぺらい言葉を本気にしてるやつなんていないのさ。何もわかっていない小学生の頃、君は皆と争ってばかりだったろう? 今日だって、結局殴り合いになったんじゃないの?」


 何もかもお見通しという目で葵はシンを見る。まあ、間違いではない。シンは目を逸らした。


「きょ、今日はそんなんじゃないから……」


 守秘義務があるのでこれ以上は言えない。シンが言葉を濁したのを見て葵はここぞとばかりに攻め込む。


「部活だってそうだよ。普通なら勝手に他の部の部室占拠してゲームや漫画持ち込むなんて認められないよ? 先生だって、神代家の御曹司様には何も言えないんだ。君の立場だから通ってるのさ」


 自分もたまに部室で遊んでいるのを棚に上げ、葵は指摘する。しかしシンがいるから許されているわけではないだろう。


「普通にボランティアやってるだろ。中村先生が認めてるんだから、問題ない」


 活動内容は羽流乃がちゃんと考えて、この上なく真面目にやっている。葵だって参加しているのでわかっているはずだ。シンや羽流乃はもちろん、麻衣も冬那も真面目な活動のときにサボったことなど一度もない。もちろん、同じく部員となっている葵もである。まぁ、普段は葵の言うとおり、だらけまくっているのだが。


「どうだか。中村先生だって本当は注意したいんじゃないの? 君がいるから、先生も何も言えないんだよ」


「中村先生はそんな人じゃないだろ」


「君は実に馬鹿だなあ。どう見ても君に何も言えなくて日和ってるだけじゃないか。あの先生はサイコパスだよ。君に膝を屈しただけなのに、自分は理解がある教師だ、って本気で自分で思い込んじゃってる」


 葵は中村先生まで貶めてシンを嘲り、さらに他の部員までけなし始める。


「だいたい、あの部活には本当に吐き気がするんだよね。本当は仲悪いくせに君のためにみんな仲がいいふりしちゃってさ……。寒気がするよ」


「羽流乃も麻衣も冬那も普通に仲いいじゃねーか」


 三人がケンカしているところなど、見たことがない。


「男で争ってて仲がいいわけないだろう?」


「はぁ? そんな話、聞いたことないぞ」


 彼女たちに好きな男がいるなんて話は寡聞にして知らない。シンはますます首を傾げ、葵はまた嫌な感じに笑う。


「全然何も気付いてないのは、君がバカなガキだからだよ。難聴属性とか、気持ち悪いラノベの主人公にでもなったつもりなのかな? ほんと、君と話すと苛ついちゃうね。交渉は決裂ということで適当なところに入れておいてよ。じゃあね」


 葵は話を打ち切ってシンに背を向ける。


「おい……!」


 シンも強くは引き留められない。シンは背を向けた葵に手を伸ばし、そこで固まる。しかし予定外の人物が乱入し、事態は急変した。

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