5 御前会議
「シンちゃん、シルフィード王国に攻め込もう」
「はぁ? 麻衣、いきなり何を言ってるんだよ?」
朝食の場で、シンは麻衣の言葉を聞いて耳を疑う。どうして急に麻衣がそんなことを言い出すのだ。意味がわからない。
「なるほど、君はその方向で行くんだね。ちょっと予想外だったなぁ」
葵はニヤニヤ笑い、宣告した。
「まずは会議にかけてみてからだね。僕の一存で決める気はないよ。皆の意見を聞いてみよう」
さっそく葵は広間に関係貴族を招集し、会議を始める。長年議論になっていた懸案事項ということで、貴族たちは即座に集まってきた。
「最初に言っておくけど、僕は反対だよ? 確かに風の指輪はほしいけど、今は時期が悪いと思ってる。内乱が終結した後、ゆっくり捜せばいい話だからね」
ちなみにシンと葵が指輪を集めようとしていること自体は、特に反対を受けていない。シンの戦闘力が強化されれば自分たちの利益にもなると考えているのだろう。二人が現世に帰ろうとしていることはロビンソンしか知らないが、多分どうでもいいと思っている。
「陛下、出兵するべきです。シルフィード王国の征服はグノーム王国の悲願……! またとないチャンスですわ!」
羽流乃が拳を振るって熱弁する。グノーム王国がシルフィードに攻め込むのは今回が初めてではない。長い歴史の中で、隣国同士となるこの二国は常に争ってきた。ただし、どちらかが押していても結局山脈を越えた補給がネックとなって敵地で勢いを失い、従来通りの自然国境に落ち着くのが常だった。
ところが今回はシルフィード王国が内乱状態で、つけいる隙が大いにある。まがうことなき王族である麻衣を王位に就けるという大義名分も用意できる。千載一遇のチャンスであるというのは事実だ。
「羽流乃嬢の言うとおりだ!」
「シルフィードに勝てるのは、今を置いて他にない!」
戦争による領地や勲章の獲得を狙う国内貴族たちはこぞって同意を示した。続けてまだグノームに残っていたシルフィード貴族が訴える。
「陛下、私からもお願いします! 私たちの領土周辺では海側との交易が止まって久しい。去年までは備蓄を放出することでどうにか凌いでまいりましたが、それも限界……! この冬には餓死者が出る見込みです……! どうか民を救うために、ご聖断を……!」
死んでも転生するのがこの世界だが、餓死では立て続けに死んで魂が摩耗し、人間に転生できなくなる。実質、現世における死と変わらない。
「こう言ってるけどロビンソン、どう思う?」
ここで葵はロビンソンに話を振る。ロビンソンはいつも通り顔色を全く変えることなく発言した。
「私としてはどちらでもよいと思っております。ただ、天使ミカエルを名乗る者の介入の可能性があることはご考慮ください」
広間の貴族たちがどよめいた。その可能性は考えていなかったようだ。シンもすっかり失念していた。確かにシンたちがこの世界で暴れ始めれば、ミカエルは止めに来るかもしれない。葵は自分の推測を滔々と語る。
「僕としてもそれがあるから反対なんだよ。僕とシンの力で、ミカエルに勝てるかは五分五分ってところかな。でも、天使が一人とは限らない。二人以上の天使が出現した場合、僕たちの勝率はゼロに近い。間違いなくミカエル以外にも天使はいるよ? 無駄に慎重な中村先生だけなら、中途半端に僕らにちょっかいを掛けたりしないだろうからね。絶対に、中村先生をせっついたのがいるはずさ」
広間のざわめきは収まらない。開戦派の貴族たちもこれといった反論を思いつかないようだ。このまま会議は終わるかに思われたそのとき、麻衣は声を上げた。
「で、でも、天使様が人間の争いに首を突っ込むなんて普通ありえへんやろ!」
「う~ん、彼は普通じゃないからねぇ」
葵は軽くあしらうが、麻衣は必死だ。シンに助けを求める。
「シ、シンちゃん! 陛下は勝てへん言うてるけど、もし天使様が出てきてもシンちゃんなら勝てるやろ!?」
「いや、どうだろうな……?」
シンは言葉を濁す。ミカエルの持つ魔力は凄まじかった。シンも戦いを経るごとに強くなっている実感はあるが、ミカエルに勝てるとはとても思えない。葵はミカエルを同族呼ばわりしていたが、シンには全く別種に見える。いくらシンがチャンピオンベルトを巻けるほどのボクサーになったとしても、クマやライオンには勝てない。そういうことだ。
「し、しかし天使を恐れていては何もできないではないか!」
「むしろ天使を名乗る化け物に対抗するためにも、シルフィードを占領して風の指輪を捜すべきだ!」
遅ればせながら開戦派は麻衣を援護する。シンは首を傾げながら尋ねた。
「麻衣、昨日は戦争なんかしたくないって言ってたのに、どうして急に戦争するなんて言い出したんだ?」
「そ、それは、え~っと……」
シンの素朴な疑問に麻衣は言葉を詰まらせるが、すぐに早口でまくしたてる。
「そう! シルフィードの民衆を救うためや! 餓死なんていう悲惨な死に方、許したらアカンやろ! そんなん辛すぎるわ!」
「うん、そりゃそうだよな」
シンは納得したが、葵は何もかもお見通しという顔をして吹き出す。
「プフッ、君は本当にぶれないなぁ。本当に、僕とシンを殺そうとしたときから何も変わってない。でも、僕の目的のためにはその方がいいのかもしれないね」
「……」
葵の言葉に、麻衣は言い返すことなくうなだれる。鈍いシンだって麻衣の「民を救いたい」という言葉が建前なのだろうということくらいわかる。しかし麻衣の本音がどこにあるのか、シンにはわからなかった。
「いいよ、なら僕は反対しない。シン、後は君がどう考えるかだ。君に任せるよ。君がやるというなら戦争するし、しないっていうならしない」
「俺は……」
少し考えてから、シンは決断を下した。




