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4 麻衣の変心

 シンが厨房の前を通ると、メイド服姿の麻衣が立ち尽くしていた。部屋で葵に着せられたのだろう。


「陛下に頼まれてお菓子を取りに来たんやけど……」


 遠慮がちに麻衣は言うが、侍女たちは聞こえていないふりをして無視する。


「あの、カナメちゃん、お菓子……」


 麻衣の目の前を通りかかった侍女は、露骨に嫌そうな顔をしつつも奥に行ってクッキーが入った篭を取ってきて、麻衣に渡す。


「新参だったくせに、随分偉くなったものですね。そんな服を着せられて、陛下もあなたのことを疎ましく思っているのではなくって?」


「……」


 目を伏せながら、麻衣は受け取る。侍女はプイと踵を返して仕事に戻ってしまった。侍女を注意すべきなのだろうか。でもそんなことをしたら、余計に反感を買いそうな気がする。少し迷った後、シンは麻衣の肩をポンと叩いた。


「麻衣、行こうぜ」


「あ、シンちゃん……」


 とりあえず、麻衣をこの場から引きはがして部屋に連れ込む。今後のことはまず葵に相談しよう。




 麻衣を連れて部屋に戻ったシンは早速葵に説明する。


「……というわけなんだよ。酷いと思わないか?」


「ふ~ん、そうなんだ」


 葵は全く興味なさそうに畳の部屋で寝転がり、クッキーをかじりながらモニターに集中してコントローラーを操作していた。今日は無双シリーズのようだ。いかれた衣装をまとったひげ面のおっさんが、目からビームを放って雑兵たちを吹っ飛ばしている。


「いや、このままじゃまずいだろ? 俺が言うとまたトラブルになりそうだし、おまえから言ってくれないか?」


 シンはそう頼んでみるが、葵は相手にしない。


「君が出しゃばるとトラブルになるっていうのは同意だけどねぇ……。別にいいじゃん、嫌われても」


「いや、麻衣が辛いだろ」


 シンが言うと葵はいったんゲームを止め、起き上がった。


「自分で何とかできるだろう? ねぇ、麻衣?」


「ど、どういうことでしょうか、女王陛下……?」


 シンの隣に座っていた麻衣はおずおずと尋ねる。こともなげに葵は言った。


「魔法を使えばいいんだよ。君、噂を流す魔法を使えるんだろう?」


「そ、そらウチはハエちゃんの魔法でできるけど……」


「じゃあ、この件は簡単に解決できるだろう? 自分のいい噂を流せばいいだけさ」


「……」


 麻衣は青い顔をしてうつむいてしまう。シンは助け船を出した。


「いや、自分のいい噂流すっていうのも気恥ずかしいだろ?」


 しかし葵はシンの言葉を一蹴する。


「本当に危ないなら、そんなの気にしてる場合じゃないだろ。だいたい、これくらいも自分で何とかできないのなら利用価値がないよ。最初から君の側室になんかしなかったさ」


「おまえなぁ、そういう言い方はないだろ」


 シンの抗議を無視して葵は麻衣の顔を覗き込み、ニッコリと笑う。


「麻衣、君には期待してるんだ。天使たちを倒すためには絶対君の力が必要だと思ってる。近いうちに君の本当の力が見られればいいんだけどね……」


 ほとんど脅しのような葵の文句に麻衣は顔をますます青くする。


「おい、麻衣を駒扱いするようなのはやめろよ」


 シンは口を挟むが、葵は拗ねたように口をとがらせる。


「君こそ、正妻は僕なんだから麻衣ばかり構ってないで、もっと僕に何かないの?」


「いや、何かって言われても」


「いーよ、体で返してもらうから!」


 葵は突然シンに抱きついてくる。シンはじたばたするがもう遅い。


「うおっ、バカ、やめろ!」


「い~から、僕に身を任せて……。ね?」


 葵は密着してウインクする。その仕草がかわいらしくて、シンは思わず動きを止める。麻衣はその様子を死んだ魚のような目をしてじっと眺め続けていた。



(ウチの魔法は、そこまで万能やない……)


 麻衣は肝が冷える思いだった。確かに麻衣は葵の言うとおり、使い魔のハエを使って噂を流すことができる。でもその効果は微々たるものだし、麻衣が思った通りに噂を流せるとも限らない。葵はそのことに気づいていないのだ。でも、気づかれれば麻衣は利用価値なしだと見なされる。そうなれば、魔族である麻衣はあっさり処刑されるだろう。


 麻衣には味方がいない。王宮の女たちは突然玉の輿に乗った麻衣に嫉妬している。本当は針のむしろだというのに。男たちは麻衣を担いで戦争ができないということで、荒れていた。「麻衣の側室入りを認めたのは戦争するため」なんてシンに怒鳴っていた貴族もいたくらいだ。誰も麻衣のことなんて使えると考えていない。


(殺される……!)


 冗談ではなく、麻衣はそう思った。シンは反対するかもしれないが、相手にされないだろう。死なないためにはどうすればいいか。この不安定な地位を脱却して、確固たる立場に就ければ解決だ。すぐに麻衣は思いついたが、実行できるかは別である。


 それに、シンと葵がいちゃいちゃしているのを見ていると、なんとなく胸が痛む。


(ウチは、生き残るためにシンちゃんを利用してるだけなんやけどな……)


 そうだとしても、シルフィードの王位を手に入れれば形式上、葵と対等の立場だ。不利になることはない。


 一晩考えて、麻衣は決断した。麻衣はシンに申し出る。


「シンちゃん、シルフィード王国に攻め込もう」

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