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3 戦争したいし麻衣は気に入らない

 広間で麻衣は貴族たちに土下座しそうな勢いで戦争を嫌がったため、麻衣の貴族認定会はお開きとなった。貴族たちを帰した後、広間にはシン、葵、麻衣、ロビンソンだけが残る。


「戦争、そんなに嫌だったの?」


 さも意外そうに葵は麻衣に訊いた。麻衣は今にも泣き出しそうな顔をゆがめる。


「当たり前や! 変に目立って、ウチが魔族やってバレたら終わりやろ!」


「おい、落ち着け。戦争はしない。そうだろ?」


 シンは葵に確認をとる。葵はうなずいた。


「まぁね。ただ、僕らがまだ手に入れていない風の指輪は、シルフィード王国にあるよ?」


 現在シンたちが保有している指輪は地の指輪×2、火の指輪×2、風の指輪×1、水の指輪×1である。水の指輪のもう一つは葵がエゼキエル家の洞窟に放り込んであるので、もう一度手に入れようと思えば容易だ。実質、シンたちが入手していないのは風の指輪だけである。


 パラケルス山脈の麓に住むエルフが保持していた一つはトロールに強奪されたという話であり、シンが瑞季から手に入れた風の指輪で間違いない。もう一つはシルフィード王家が代々受け継いでいるはずだが、王家が絶えたどさくさで行方不明となっていた。


 戦争をしている有力貴族が保有していればシルフィード王家継承の証として大々的に宣伝するはずなので、彼らの手には落ちていない。有力貴族たちは指輪を血眼になって捜索しているが、未だに手がかりさえ掴めていないらしい。


「本気で捜すなら、戦争を終わらせるしかないだろうね、僕らの手で」


 指輪が国外に出ているとは考えにくいので、関係者の誰かが王宮から持ち出して隠し持っているのだろう。本格的な捜索を行いたいところだが、現在の戦争状態では不可能である。まず内戦を終結させる必要があった。


 そこまで説明した上で、葵はシンに問いかける。


「戦争をしないってことは、指輪を諦めるってことになる。君はどう思う? 早く帰りたいんだったら、今すぐにでもシルフィードに攻め込まなきゃならないけど?」


「……俺一人が行くだけならともかく、おまえや麻衣も出張って王国軍を動かすってことだろ? 麻衣は嫌がってるし絶対軍にも被害が出るし……いくら何でも戦争したいなんて言わないよ」


 シンは腕組みして答えた。早く現世に帰還するというシンの目的からすれば、シルフィードを攻撃して指輪を捜すのが手っ取り早い。しかしそのために国を動かすというのは、さすがに公私混同だ。


「うん。君も反対ってことだね? じゃあロビンソン、そういうことだから、君もいいね?」


「わかりました」


 ロビンソンはあっさりうなずいた。これで方針は決定だ。戦争はしない。




「戦争をしないとは、どういうことでしょうか? 私はてっきり、シルフィードに攻め込むものだと思っていましたわ!」


 広間から出たところをシンは羽流乃に捕まって詰問されていた。会場の護衛役にはシンがいたので羽流乃は城内の警備に当たっており、今日の会議に羽流乃は出席していない。後から結論は伝えられたのだが、どうもお気に召さなかったらしい。


「いや、逆にどうして戦争しなきゃいけないんだよ?」


 シンは目を白黒させながら訊き返す。羽流乃は簡潔に答えた。


「戦わなければ領土は増やせないでしょう! エゼキエル家復興のためには、戦争してもらわなければ困ります!」


 羽流乃の実家も当主の血が絶え、家自体は残されていたもののかなり勢力を削減されていた。転生してきて当主に収まった羽流乃は実家のために戦いたがっているようだ。前世では羽流乃がシンのストッパーを努めることが多かったのに、丸っきり逆である。記憶のない羽流乃はすっかりこの世界に馴染んでいるようだった。


「いや、被害とか考えろよ……。麻衣も嫌がってるし……」


「何が被害ですか! 命が惜しくて武人が務まりますか!」


 多分、侵攻を提案していた貴族もこういう思考だったのだろう。羽流乃は仕事の機会を奪われてイライラしているのだ。広間ではあまり誰も言わなかったが、羽流乃がこれだけ不平を漏らすのだから、戦争賛成派は大勢いると思った方がよさそうだ。


「とにかく、やらないって決まったんだから従えよ」


 こういう言い方は好きではないが、他に説得できそうにない。


「あなたが反対したからでしょう! そんな軟弱な思考でどうするのですか! 陛下の婚約者らしく勇気を見せなさい!」


 羽流乃は納得できず文句を言い続け、シンは黙って聞き続けるしかなかった。




 羽流乃から解放された後も、シンは王宮内に残っていた貴族たちの陳情を受け続けた。さすがに羽流乃ほど長かった者はいないが、とにかく人数が多い。十人近く相手をしたのではないだろうか。葵やロビンソンには言いづらいが、シンなら不敬罪にならないので言いやすいということらしい。


 羽流乃のように手柄を立てたいという者もいれば、内乱で民衆が苦しんでいる! と正義感を振りかざす者もいたし、借金で首が回らないので戦争で一発逆転したい! などという笑えない者もいた。中には「戦争するために麻衣の側室入りを認めたのにどういうことだ!」と食ってかかってくる者もいて、シンを辟易させた。


 いずれにせよ、シンの一存で戦争なんてできるわけがない。「葵には伝えておく」と言ってお引き取り願うしかない。


 こうして疲れ切った体を引きずり、自室に向かう途中でシンは侍女たちがひそひそ話をしている場面に遭遇する。


「麻衣さん……王配殿下に気に入られたから、貴族にしてもらえたんだって」


「それ本当? じゃあ今日の会は?」


「魔法でごまかしてるんでしょ。殿下も魔王の生まれ変わりだから」


「陛下というものがありながら、男って本当に不潔ね。麻衣さんも許せないわ。いっつも殿下にベタベタしてて、体で誘惑したんでしょ」


 殿下というのはシンのことだ。シンはもちろん、麻衣まで反感を買っているらしい。二人とも突然成り上がったので仕方がない。シンは気づかれないようにそっとその場を立ち去った。遠回りして部屋に帰ろう。

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