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2 麻衣の嫁入り

 王宮の広間。麻衣はいつものメイド服ではなく小綺麗なドレスで着飾り、緊張の面持ちで立っていた。


「それじゃあ、始めてよ」


 王座に腰掛けた葵は鷹揚に開始を告げた。葵の隣に立つシンは固唾を飲んで検査を見守る。隣国であるシルフィード王国から招待した何人かの貴族が麻衣の前に出てきて、探知の魔法を掛けた。麻衣の体は緑色に光る。貴族たちは色を見て批評する。


「かなり純粋な緑に近いですな」


「魔力の感じも私の知るシルフィード王族に近い」


「これはほぼ間違いないのではないでしょうか? 体を調べさせてもらえれば、もっとはっきりするのですが……」


 そう言いながら一人の貴族が麻衣の手に触れようとする。麻衣は「ヒッ!」と声を上げて後ずさり、即座に葵はストップを掛けた。


「待った! 言っただろう? 嫁入り前なんだから、体にべたべた触わるような調査は許さないって」


 貴族はばつが悪そうに手を引く。シンは内心でホッと胸をなで下ろした。体を詳しく調査なんてされれば、麻衣が人間ではなく魔族であるということがばれてしまう。


「君の体に触っていいのは、シンと……それに僕だけさ。そうだろ、麻衣?」


「ふ、ふぎゃっ! じょ、女王陛下の仰るとおりでございます!」


 葵にお尻の辺りをまさぐられ、半ば悲鳴をあげるように麻衣は答える。葵はまた麻衣の尻尾を触っているのだろう。麻衣の尻尾は敏感で、触られるととてもくすぐったいらしい。


 麻衣は「助けて、シンちゃん……」と涙目になりながらシンの腕にしがみつく。シンは苦笑するしかない。


「ま、まぁこれだけ魔力の質が似ているのであれば、シルフィード王族ということでよいのではないでしょうか? 直系といっても差し支えないくらいに、彼女の魔力は王家のそれと同質です。私は彼女を王族認定します」


 貴族はコホンと咳払いしながら言った。他の貴族も口々に同意する。


「右に同じですぞ」


「私も彼女がシルフィード王族と認める」


「よし、じゃあ麻衣がシンの側室になるのは問題ないね?」


 葵はそう言って下座に控えるグノーム王国の貴族たちの顔を見回す。彼らは不満げだったが、異を唱えることはなかった。


 そもそも、なぜわざわざシルフィード王国の貴族を招いて麻衣の王族認定を行っているかといえば、シンと麻衣の婚約にグノーム王国内の貴族が待ったを掛けたからだ。どこの馬の骨ともわからない娘よりうちの娘をシンの側室に! とオファーが殺到したのである。前世で麻衣とシンには縁があったと主張してみたが「それはそれ、これはこれ」とスルーされた。


 そこで葵は「麻衣の魔力がシルフィード王族に似ている」と、ある貴族に絡まれていた一件を掘り起こして、麻衣を貴族の仲間入りさせようとしたのだった。結果はご覧の通り大成功である。シンとしてはこれでいいのか、と思わないでもないが、麻衣の側室入り決定だ。


「これからはメイド服を着てもらうわけにはいかないなぁ。僕は結構気に入ってたんだけどねぇ」


 葵はお気楽な調子で発言する。麻衣も安堵の表情を浮かべ、弛緩した空気が漂った。しかしここで国内貴族の一人がくそ真面目な顔のまま前に出る。


「麻衣様がシルフィード王族である件、麻衣様が王配殿下の側室になる件、納得いたしました。その上で提案があります」


「何だい? 言ってみなよ」


 葵はあからさまに不機嫌な顔をして尋ねる。貴族は言った。


「シルフィード王国は今現在も内乱状態……。麻衣様をシルフィード国王とするため、侵攻してはいかがでしょうか」


 多分、これは葵が予測済みだった提案だ。その上でこの反応なので、葵は全く乗り気でないのだろう。ところが空気を読まず、招待されていたシルフィード貴族たちがはしゃぎ出す。


「それはいい考えですね! 我々のような西の山側に領土を持つ領主には被害は及んでおりませんが、東の海側では戦争が続いております。女王陛下、我々のためにも決断していただけないでしょうか」


「これは大きなチャンスですぞ」


「私もそうしていただきたいと思う。長く続く内乱で民衆は疲弊しきっている。どうか、陛下のご慈悲をいただきたい」




 シルフィード王国はグノーム王国の東に位置する半島国家だ。ほぼ正方形のような形をしていて、グノーム王国とは急峻なパラケルス山脈で隔てられている。常に東側から海風が吹きつけているためパラケルス山脈の周辺では降雨が多く、巨大な樹木が繁茂しているため山脈そのものの険しさと相まってグノーム王国との往来は少ない。また北端の海岸は崖地が多い上に風が強すぎるため船での行き来も難しい。唯一、北の谷だけが安定して使える交易路だった。


 さて、グノーム王国は葵が転生してくるまで王族不在でも宰相ロビンソンの手腕のおかげで国はまとまっていたが、シルフィード王国はそうではなかった。長年に渡って行われた王族と有力貴族の婚姻政策があだとなり、王家が絶えた際に有力貴族がこぞって王家の後継者を自称したのだ。現在も東南部に港を保持する裕福な貴族たちは我こそがシルフィード王と主張して戦争を続けている。




 今、グノーム王国王宮に呼ばれているシルフィード貴族たちは皆、西の山側の貴族だ。海も港もないため貧しく、王家との血縁関係もないので国王など夢のまた夢だ。そこで東の海側貴族をグノーム王国の力で打倒してもらい、新女王麻衣による新政権の中心に入り込もうというのが彼らの目論見だった。


「ふうん。ああ言ってるけど麻衣、女王になりたい?」


 葵はやる気なさそうに麻衣の方を見る。麻衣はみるみる半泣きになってブンブンと首を振った。


「ウ、ウチはそんなに目立ちたくないんや! 勘弁してください! お願いします!」

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