60 僕はハーレム作ります
中村マイケル先生の姿が見えなくなってから、羽流乃は刀を鞘にしまい、シンはホッと息をついた。麻衣は緊張のあまり気絶しており、王座の後ろに転がっている。
「ふぅ~! 交渉が纏まってよかったよ。せっかくハーレム要員一号を確保したのに、問答無用でバトルになったらたまらないからね」
そう言って葵は意識のない麻衣の頭を撫でる。麻衣はどうにか目を覚まし、起き上がる。さすがにシンはストップを掛けた。
「ちょっと待て。ハーレムって、おまえは本気なのか!?」
葵はニヤニヤしながら答えた。
「本気に決まってるだろう? 僕は王宮に自分好みの女の子を集めてハーレムを作ることに決めたのさ!」
葵は王座から立ち上がってドヤ顔でポーズを決める。
「どうしてそんなことになるんだよ……」
シンはあきれ顔を浮かべるが、葵はこともなげに言う。
「この世界でしかできない、やりたいことをやれって言ったのは君だろう? 君を見習って自分を貫くと僕の場合こうなるんだよ」
筋が通っているようで滅茶苦茶だ。頭が痛くなってきた。
「だいたい君だって、現世でリアルにハーレム作ってたじゃないか。ラノベか何かみたいにさ」
「いや、俺にそんなつもりは……」
「でも、気持ちよかっただろう?」
葵はニヤニヤしながらシンの顔を覗き込む。確かに居心地はよかった。
「……」
シンは黙ってしまい、葵は告げた。
「安心しなよ。僕が作るのは僕のハーレムじゃない。君のハーレムさ!」
「……は?」
シンはあんぐりと口を開けて間抜けな声を漏らす。葵のハーレムではなく、シンのハーレム? 意味がわからない。
「だって、僕は女だから常識的に考えてハーレムを作ることはできないだろう? だから、代わりに君のを作るんだよ」
そもそもハーレムというのが非常識なのだが。いったい何を考えているのだ。
「……ロビンソンさん、いいんですか?」
シンはロビンソンに訊いてみるが、ロビンソンはハーレム賛成派だった。
「あなたは女王陛下から魂を分けられた存在……つまり、王族の一員であるといえます。現状、陛下にもしものことがあれば王に即位するのはあなただ。そのあなたがハーレムを作るというのなら、むしろ歓迎すべきことです。現状、王族はたったの二人。安定した王室の運営のため、あなたに一人でも王族を増やしてもらわねばならない」
ロビンソンは無表情のまま淡々と説明する。世継ぎができたときに誰の子どもかわからなくなるので、葵に男を侍らせたハーレムを作られるのは困る。しかしシンが側室を持つのであれば、全く問題ない。
「……麻衣は魔族ですよ?」
こういうことはあまり言いたくないが、確認はしておかなくてはならない。ロビンソンはこともなげに答えた。
「バレなければ問題ないでしょう。彼女の魔法は有益なので、是非囲っておくべきです」
さすが、ゴブリンだった斑夫と葵に相談もなく勝手に密談していた人は言うことが違う。シンは嘆息して麻衣に訊く。
「あんなこと言ってるけど、麻衣はいいのか?」
麻衣は顔を赤らめながらコクンとうなずく。
「ウチはシンちゃんなら、全然ええで。末永く、よろしくお願いします」
「お、おう」
ここまで殊勝にされると、シンは麻衣に何も言えない。続いてシンは羽流乃に話を振ってみる。
「羽流乃、おまえはいいのか? 風紀が乱れるぞ?」
ものすごく不満げな顔で羽流乃は答えた。
「……女王陛下の御心とあらば仕方ありません」
一応、この国の宗教では一夫一妻制だ。しかしそこまで戒律による締め付けはきつくないし、教会が政治に口出しすることもできない。王家が側室を置くといえば通ってしまうだろう。敬虔な者なら眉を潜めるという程度だ。
不承不承といった羽流乃の顔を見て、葵はゲラゲラと笑う。
「アッハッハッハ! いいねぇ、その表情! ゾクゾクするよ! そんな顔をしている君も、いつか僕の前でアヘ顔を晒してくれるんだろうなぁ……! ああ、想像するとちょっと濡れてきたかも……!」
何言ってんだこいつ……。羽流乃もターゲットに入っているらしい。シンはドン引きである。葵はシンの腕に手を絡ませてくる。
「そう焼き餅を焼くなよ。僕のフィアンセは君なんだからさ」
「……その設定、まだ必要なのか?」
この世界の倫理上、王族同士の結婚は問題ないし魂はともかく肉体的には葵とシンは別個だ。なのでシンが葵の婚約者を続けるのは特に問題ない。が、正直もう意味がないだろう。王都へのトロール侵攻という大事件を解決した葵の地位は盤石だ。偽の婚約者を置かずとも貴族たちの求婚を断れる。
しかし、葵は柔和な笑みを浮かべてうなずいた。
「当然だよ。君は、僕が初めて好きになった男の子なんだから」
唐突な告白と同時に、葵はちょこんとシンの頬にキスをする。シンは頬を抑え、思わず叫んだ。
「お、おまえ、いきなり何するんだよ!」
「そんなに嫌がることないじゃないか。この世界にいる限り、君は僕の婚約者だ」
葵は淡い笑みを浮かべたまま、口を尖らせる。その表情はとても魅力的で、思わずシンは葵に見とれてしまう。
「いや、でも、おまえは俺で、俺はおまえで……」
「まず自分を好きになれなきゃ他の誰も好きになれないさ」
正論であるような、おかしなことを言っているような……。シンは目を白黒させるが、葵は返事を急がない。
「返事は、前の世界に帰ったときに聞かせてもらうことにするよ。ちなみに、当分帰れそうにないよ」
「は?」
そういえば、魔王の力を使えば元の世界に帰れるかもしれないのだった。今、シンと葵は地の指輪を二つ揃えていて、地の魔王アスモデウスの力を振るうことができる。
「アスモデウスになってみてわかったけど、魔王一人の力じゃ無理だね。他の魔王の力も必要だ。実際、前に転生したときは他の魔王の力も奪ってたみたいだし。それが記録に残っている魔王アスモデウスによる王都の破壊だね。全ての指輪と、火の魔王、風の魔王の魂。それがこれからの目標だ」
水の魔王は瑞希だったが、さすがに彼女をもう一度地獄に呼ぶことはしたくないのでこうなる。指輪は揃ってきているが、火と風の魔王の魂を持つ者の居場所など皆目検討がつかない。そもそもこの世界にいるかもわからないのである。
「ま、瑞希がやったみたいに現世に使い魔を送り込むくらいならできそうだから、時間さえあればやれるよ。どうせ君のことだ。羽流乃、麻衣、冬那の全員のことを忘れられないんだろ?」
「そりゃそうだろ……」
三人全員に好かれているだなんてうぬぼれているわけではないが、三人がいないところで葵とそういう話になるのはなんとなく気持ち悪い。羽流乃とはいいところまで行った気もするし。
「だから三人とも、君のハーレムに入れる。ま、この世界にいればって条件付きだけど……。その上で、女王っていう立場がない現世で、僕は僕になって、君を僕のモノにする。もう逃げないって決めたから。観念するといい」
幸いにもこの世界は現世よりかなり早く時間が流れている。この世界で十年以上を過ごしても、現世で経過する時間は一年程度だ。時間はある。時間さえあれば努力ができて、努力できれば目標は達成できる。
葵は穏やかな表情を浮かべた。シンはもう、笑うしかなかった。
「ああ、やってみろよ」
とてつもなく険しい道がシンと葵の前には広がっている。しかしそれでも、やり切ると決めたからには全力で取り組む。葵となら、きっと現世に帰れる。根拠もなくシンはそう思い、笑顔を見せた。
以上でラノベ新人賞に投稿していた部分は終わりです。いかがだったでしょうか。感想等いただけると嬉しいです。
次回からは麻衣、シルフィード王国侵攻編となります。




