59 黒幕
麻衣の処遇については片付いたが、まだ終わっていない。王座から葵はロビンソンに尋ねる。
「さて、ロビンソン。黒幕は捕まったかな?」
ロビンソンは静かに答える。
「女王陛下が仰ったとおり、王宮に招待しております」
「君は仕事が早くて助かるよ。命令を出してから一時間も経ってないのに、やるじゃないか」
「彼の方から来てくれましたので」
「ちょっと待て! 黒幕ってどういうことだ!」
葵とロビンソンの会話を聞いて、たまらずシンは声を上げた。葵はこともなげに言う。
「言葉の通りだよ。今回の一件、麻衣の単独犯じゃないんだよ。そうだよね、麻衣」
「はい……! ウチはあいつに陛下を殺せば人間にしてやると言われて……!」
麻衣は顔を上げ、訴える。いったい誰が黒幕なのか。ここで兵士に連れられ、一人の男が姿を現した。
「私を呼び立てるとは、歌澄さん、どういうつもりですか……?」
「先生……!」
現れたのは教父の格好をした中村マイケル先生だった。中村マイケル先生の姿を見た麻衣は飛び上がって叫ぶ。
「この男です! この男が、ウチに、陛下を殺せって……!」
「先生、どうしてそんなことを……?」
シンは混乱しながらも問う。中村先生が、葵を麻衣に殺させようとする意味がわからない。少なくとも前世において、先生は葵を嫌ってなどいなかった。大いに手は焼いていたが。
中村先生は一切動揺する様子を見せず、淡々と答える。
「もちろん、歌澄さんに罪を償ってほしかったからです。この世界では神の意思により、死ぬことによって魂が浄化されます。神の御許に召されるまで、何度も歌澄さんは死ぬべきでした」
葵は楽しそうにククッと笑う。
「へぇ、どうしてわざわざ麻衣にやらせようとしたの? そんなに僕が怖かった?」
「私自らあなたの魂を浄化するというのも、一つの手ですね……」
中村先生は不穏な発言をして、葵の隣に控えていた羽流乃は刀を構える。シンもいつでも指輪の魔力を使えるように身構えた。先生は内に隠していた魔力を解放する。
次の瞬間、中村先生は背中に六枚の翼を広げ、右手に剣を携えた姿となった。指輪をはめているのでシンにもわかる。先生は、アスモデウスに匹敵するほどの魔力をその身に宿している。
「火を司る知性の天使……。それが君の正体だね。君こそが、かつて僕たちを殺した『天使』の一人だ」
「いかにも。私は大天使ミカエル。数百年前、魔王だったあなたを地獄に墜としたのは私です」
「君は現世からずっと僕たちを監視していたんだね」
「その通りです。罪を償って現世に転生したのかと思えばあなた方は……! 神の救済を拒否するなど、まさに神への冒涜! しかし記憶は浄化されているようだったので、私はあなた方に何もせず監視するに留めていた……! そして再び地獄に墜ちても、あなたは反省の欠片もない……! さらにあろうことか、指輪を集めて魔王の力を取り戻そうとする始末……! 私は積極的な救済を決断せざるをえませんでした……!」
シンたちはどうやら、中村先生が設定していた超えてはいけないラインを余裕で踏み越えてしまったらしかった。あろうことか、葵は中村先生を挑発する。
「ふうん、今ここで、僕らを殺してみる?」
葵と中村先生は、微動だにせずにらみ合う。
「……」
「……」
シンは動くことができなかった。動いた瞬間、中村先生、いや、ミカエルにやられる。
しばらく膠着状態が続いた後、葵が先制口撃する。
「剣を収めた方がいいんじゃないかな? 僕とシンが力を合わせれば、君なんかに負けるはずがない」
中村マイケル先生は顔色を全く変えることなく応じる。
「あなたはかつて私に負けたでしょう?」
葵も負けずに言い返す。
「あのときは神を信じていたからね……。君のことも本物だと思っていた。そして君による救済を求めていた。でも、今は違う。神もいないし、天使もいないんだ。僕に君の救済は必要ない」
葵や中村先生は世界に広くその名を知られた魔王や天使の名前を名乗っているが、オリジナルというわけではない。ただ、昔から言い伝えられてきた魔王や天使の名を騙っただけの偽物だ。
「僕らは同じだよ。僕はあの時代に充満していた欲望の狂気によって、君は信仰の狂気によって生まれ、魔王を、天使を名乗ったに過ぎない」
時代の狂気が渦巻く欲望や信仰を元に異常な魔力を生み出した。それを纏ったのが葵──アスモデウスであり、中村先生──ミカエルである。同じように誕生した者同士、本気でぶつかればどちらが勝つかなどわからない。
「いろいろ言ってるけどさぁ、結局君も勝てないって思ってるから、僕らに手を出さなかったし、麻衣を使うなんて姑息な真似をしたんでしょう? 部室でみんなが滅茶苦茶やってたのに何も言わなかったのと同じだよ。君は臆病で卑怯な、ただの人間だ」
葵は言い切ってしまう。どんなに言い訳しても中村先生が自分で手を下さず、麻衣を使ったのは事実だ。
「参考までに訊くよ? 君はどうやって麻衣を人間にする気だったの?」
「死による救済を何度か行えば、人間になれるでしょう」
中村先生の返答を聞いて、麻衣は「ヒェッ……!」とうめく。神どころか悪魔の所業だ。
「そんな手段しかとれない君は、立派な僕らの仲間さ。同類相手に、本気で戦ってみる?」
「……」
中村先生は黙り込み、葵は停戦交渉を始める。
「今はまだ時期じゃないんだ。君だって今すぐ僕らをどうこうする気はなかったんだろう?」
その気があれば、中村マイケル先生は転生したばかりの葵やシンを簡単に殺せたはずだ。しかし、先生はそうしなかった。中村先生にとって超えてはいけない一線とは、シンが魔王の力を行使した瞬間だったから。もとより中村先生に何が何でもシンたちを殺すという意志はない。
「あなた方は勘違いをしていますね……。私はあなた方に危害を加える気はありません。ただ、神の救済を受け入れなければならないということです」
「なら、話は早い。僕たちはこれ以上この世界を作り替える気なんてないよ。この世界で暮らしていくだけさ。そして、いつか転生して魂とやらを浄化される。それでいいだろ?」
中村マイケル先生は渋い顔をしたが、結局うなずいた。
「……いいでしょう。本当に常人としての人生をまっとうし、罪の浄化を受け入れるなら私が手出しする理由がありません」
「よし、交渉成立だ。君は王都に戻りたまえ。神とやらの教えを広める仕事に戻るといい」
「言っておきますが、余計なことをするなら容赦はしませんよ」
中村マイケル先生から剣と翼が消滅し、教父の姿に戻る。中村マイケル先生は静かに歩いて退場していった。




