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58 戦後処理

 族長を失ったトロールたちは敗走する。王国軍はトロールたちを追撃することなく葵を囲むが、トロールとの激戦でとても戦える状態になかった。唯一葵に対抗できるかもしれない羽流乃が青色吐息では、どうしようもない。葵はシンの体を解放し、自分は地面からひょっこり顔を出して命令する。

「王宮に帰るよ。僕らは疲れてるんだ。君たちはしっかり護衛するように」




 逆らう気力もなかったのか、おとなしく王国軍はシンと葵を王宮まで護送した。王宮で王座に座ってふんぞり返り、葵は言う。


「あ~、やっぱりここが一番落ち着くなぁ」


「……おまえ、もう女王じゃないんだぞ?」


 いつも通り、下座には羽流乃、麻衣、ロビンソンが控えている。葵の隣に立つシンはツッコミを入れた。ちなみに先ほどの戦闘で切断されていた右腕は何事もなかったかのように元に戻っている。「異世界なら腕ぐらい生えてきて当然だろ」と葵は意に介する様子もない。


「いいや、女王は僕さ。そうだろう、ロビンソン?」


 葵は下座に佇む宰相に問い掛ける。ロビンソンはニコリともせずに答えた。


「それは民が決めることです」


 女王はあくまで象徴でしかない。宰相として実際の政務を預かるロビンソンとしては、民衆が納得する人物なら誰でもよいのだろう。真面目な羽流乃は不服そうな顔をしているが、口出しはしない。麻衣は怖がっているようなホッとしているような、微妙な表情を浮かべていた。


「だったら葵じゃだめだろ……。魔王アスモデウスの生まれ変わりなんだから。アスモデウスは王都では恐れられてるんだろ?」


 シンの言葉を葵は鼻で笑う。


「そんなもの、どうにでもなるのさ。辺境では、王家はアスモデウスの子孫ってことになってただろう? 辺境の文献を調べさせていた学者たちに、この事実を発表させればいいだけだよ」


「そんな簡単に受け入れられるのかなあ……」


 シンは首を傾げるが、葵は自信たっぷりだった。


「そのために魔法はあるのさ。麻衣、こっちへおいで」


「ヒエッ……。何の用や……?」


 変な声を上げながら麻衣が葵の前に出る。葵は立ち上がり、ほとんど麻衣に密着するようにして立つ。葵は声を低めて囁いた。


「君の魔法でなんとかしてよ。君、精神に訴えかけるタイプの魔法を使えるでしょ?」


 麻衣はガタガタと震え出す。


「何でそれを……! やなかった、そんな魔法、ウチは使えへんで……」


 葵はニヤニヤしながら麻衣の頭を撫でた。


「魔族の君ならお茶の子さいさいだろう?」


「ファッ!? な、な、何やて!? ウチはただのメイドやで!?」


 麻衣はしどろもどろになりながら葵から逃げようとするが、葵は麻衣とガッチリ肩を組んで離さない。シンは葵を止めた方がいいだろうかと思案していたが、麻衣の反応があからさまなので静観することにした。


「変だと思ってたんだよね~。王家内部の情報が、王都に広まるのが早すぎるんだ。最初は僕のためにロビンソンがやってくれてたんだと思ってたんだけど、どうも違うっぽい。ロビンソンじゃないとしたら、誰になるんだろう?」


「さ、さぁ……。誰やろうな……?」


 名探偵に悪事を暴かれた真犯人のように麻衣は真っ青になって表情を強ばらせた。葵は構わず続ける。


「小耳に挟んじゃったんだよね。君、シルフィードの王族になれるかもしれないのに、検査を拒否したんだって? なんで拒否しなきゃいけなかったんだろうね……?」


 葵はニッコリと笑い、麻衣のスカートに手を突っ込む。


「ヒギィッ!?」


「ほら、動かぬ証拠が出てきた」


 葵は麻衣のドロワーズを半分ほど降ろす。桃のような真っ白な小ぶりのかわいいお尻が露出し、シンは思わずそちらに目を奪われそうになるが、それよりも重要なことがあった。麻衣の尻からは黒い尻尾が伸びていたのである。


「ついでに、瑞希に僕のこと教えたのも君だろう?」


 葵は麻衣の尻尾をニギニギしつつ、降伏勧告する。


「さて、僕のために魔法を使ってくれるかな?」


「はいぃぃぃぃ……」


 葵は目が笑っていない。葵は地の指輪を手の中に握り込んでいた。シンと手を繋ぎさえすれば、いつでもアスモデウスの力を使えるという警告である。麻衣は半泣きでうなずくしかない。さらに葵は尋ねた。


「これから僕の下僕として身も心も捧げるかい?」


「な、何でもするから、堪忍してください……」


 麻衣は全面降伏である。全裸になって土下座しろ、と命令すればその通りにしそうな勢いである。さすがにシンは止めに入る。


「おいおい、それくらいにしろよ」


「相変わらず君はお人好しだね。彼女のせいで僕らがどんな目に遭って、どれだけの被害が出たのかわかってるのかい? この悪魔のせいで、僕ら人間は滅びたっておかしくなかったんだよ?」


 葵の冷たい視線を受け、麻衣は「ヒッ……!」と呻いた。葵が言うこともわかる。麻衣がトロールを招き入れたりしなければ、一連の戦いは発生しなかった。シンと葵が王国軍に追われることもなければ、斑夫が死ぬこともなかったのである。


 ただ、麻衣が恐怖を覚えながらも先ほど少し安堵しているような表情を浮かべていたのが気になった。作戦が失敗してシンや葵が帰ってきたにもかかわらず、王宮から逃げていないというのもおかしいといえる。麻衣にも事情があったのではないか。少なくとも、魔族だから問答無用で人間を滅ぼしてやろうというノリではない。


「何か理由があったんだろ? 話してくれよ」


 シンが尋ねると、麻衣は泣きながら答えてくれた。


「ウチ、人間になりたくて……。弱すぎて、魔族の中では生きていかれへんから……」


 続けて麻衣はシンに問う。


「シンちゃんはウチが怖くないんか……? ウチが憎くないんか……? ウチは、人間とはちゃうんやで……?」


「麻衣は麻衣だろ? 麻衣を憎むことなんかできないよ」


 シンがあっさり即答すると、前世の記憶はないはずなのに、麻衣は一際大きい声をあげて泣いた。葵は嘆息する。


「僕だって君を殺す気はないよ。君が役に立つ限りはね……! ハーレムの一員として丁重に扱うと約束しよう」


「じょ、女王陛下の寛大な処置に感謝します……」


 「ハーレム」とかいう不穏な言葉が聞こえたような気もするが、涙声で麻衣は平伏し、決着はついた。

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