5 魔女
ともかく、シンは葵を説得しなければならない。すぐにでも葵と話をしたいところだったが、葵は基本的に単独行動を貫いているため、見つけるのが容易ではない。一応同じボランティア部であり、たまにゲームに参加するが、今日は部室に来ていなかった。麻衣曰く「昨日ス○ブラで二度と立ち直れへんくらいにボコボコにしたから、しばらく来ぉへんやろ」とのこと。余計なことをしてくれた。まだ学校にはいると思うが、どこだろう。シンは小一時間ほど葵を捜し、裏庭で見つけた。
葵はどうやったのか、細い松の木に登り、枝に腰掛けて鳥と戯れていた。葵はなぜか動物と相性がいい。空き地に行けば何食わぬ顔で猫の集会に混じっているし、掃除ロッカーの前で何をやっているのかと思えばこっそりネズミと遊んでいたりする。ついたあだ名は「魔女」だった。
普通はあんなところに座れば自重で枝が折れてしまうだろうに、葵は平気な顔をして群がってくる小鳥に餌をやっている。いったいどんなバランス感覚をしているのだ。
シンは思わず葵の姿に見とれてしまう。葵は男子が百人いれば百人ともが目を奪われる美少女だ。柔らかい夕陽を背にする葵は、シンも素直に美しいと思う。
葵の腰のあたりまで長く伸ばした黒髪は枝毛の一本もなく綺麗なストレートで、油絵から飛び出してきたかのように鮮やかな光沢を放ち、いつも輝いて見える。
顔立ちは儚げで、優しげで、それでいて凛々しさが隠れている。例えるなら、向こう側が見えそうなくらいに薄く、薄く研いだ刃のよう。睫毛はぱっちりしているが瞳はどこか憂いを帯びていて、吸い込まれそうな魅力がある。葵の目は満月みたいに、いつだって淡い光を放っていた。
体格は大きすぎず小さすぎずで、体型もちょうどいい感じだ。隣に並んで歩けばかわいい彼女だし、離れて眺めればそこらのモデルよりずっとかっこいい。
胸は推定Cカップ。貧乳洗濯板ではなく、乳牛級というわけでもない。下品にならず、控えめに存在感を主張する。葵の胸は好みが別れるところだが、シンのストライクゾーンにはど真ん中だ。
何より、シンにとっては葵の纏うダークなオーラがよかった。「人間なんて誰も信じてないから」。葵は常日頃、そう言って憚らない。そしてその言葉通り、葵は誰も自分の周囲に寄せ付けようとしなかった。時折話しかけたりするシンのような奇特な人間もいるが、ニヒルな笑顔で対応されては退散する他ない。
一方で、葵が一人でいるところをこっそり覗くと、寂しげな表情を浮かべていたりする。シンには葵が泣き出す寸前のように思えるけれども、決して葵の前に出て行ったりはしない。必ず葵は弱さを自分の胸に押し込めて、立ち上がれるからだ。
自分のスタンスを貫き通そうとする強さと、孤独に揺れる弱さが葵の中には混在していて、危うい雰囲気を醸し出している。そんな葵を見ていると、シンも葵を支えてあげたいような、そっと見守っていたいような、そわそわした気持ちになって、いてもたってもいられなくなる。
しばらく言葉を失っていたシンだが、すぐに目的を思い出す。葵と修学旅行の班について交渉しなければ。
「葵~! 話があるから、降りてきてくれないか?」
シンは充分に警戒しながら下から声を掛けた。挨拶代わりに葵はこちらに何かを投げつけてきて、シンはそれを避ける。地面で生卵が割れて、どろりと中身が広がる。てかてかとした黄身が、潰れることなくまん丸に顔を出した。
葵はいつもこうだ。全く意味がわからないが、葵は生卵を常時携帯していて、気に入らないと遠慮なしに投げつけてくる。嫌がらせのために古い卵を持ち歩いているというわけではないらしく、卵は常に新鮮だ。卵料理が好きなのだろうか。
「食べ物を粗末にするなよ!」
シンはそう言ってみるが、葵は悪びれた様子もなく、言い返す。
「食べ物? 君は傲慢だね。これは誇り高き命だよ。食べられるために生まれてきた命なんてないんだ。君はこの世に生まれてくるはずだった命を一つ、無駄にしたのさ」
卵を投げたのは葵だし、そもそも食用の卵は無精卵である。
「君が来なければ、この卵が投げられることはなかったよ。無精卵だから何だっていうのさ? 人間が決めた線引きに過ぎないだろう?」
シンは作り笑いを浮かべて葵と対話しようとする。
「頼むから降りてきてくれよ。大事な話があるんだ」
「大事な話ねぇ……? それは僕のスカートの中の話かな?」
葵は小悪魔のように笑う。慌ててシンは目を伏せる。
「バカ、違うよ! 修学旅行の班決めの話だよ!」
ちなみに葵の下着はセクシーな黒だった。制服とのギャップでそこはかとないエロスを感じる。中学生の分際でどうしてそんなの持ってるんだ……。
「あれ? 僕は修学旅行行かないって聞いてないの?」
なぜか嬉しそうに葵は言った。シンには初耳である。
「はぁ!? 何のことだよ? 全然知らないぞ!」
「ほら……。うちってお金ないからさ……。神代のおばあちゃんの所にいる君にはわからないかもしれないけど……」
葵がしゅんとうつむき、シンは慌てる。
「わ、悪かった……。俺、何も知らなくて……」
葵はぺろりと舌を出す。
「まあ、嘘なんだけどね」
「おい!」
「よっと」
葵は松の枝から飛び降りる。まるで体重なんてないかのように、葵はふわりとシンの前に着地した。
「それで、修学旅行の班決めだっけ? そんなどうでもいいことで、君は走り回ってたの?」