56 絶体絶命
「これでやっと本気を出せる!」
シンは瑞希の周囲を縦横無尽に駆け回り、ヒットアンドアウェイに徹する。シンは一撃受ければ即死だが、瑞希は多少攻撃を受けても平気だ。シンは細心の注意を払いながら地道に瑞希を何度も削り殺すしかない。針の穴を通すような作業を、気の遠くなるような回数繰り返さねばならない。
「委員長も同じことをしてたわよ!」
瑞希は叫び、炎の竜巻を乱射し始めた。
羽流乃が委員長をやっていたのも、もう随分昔のことのように感じる。そうだ、元の世界での日々を思い出せ。俺は元の世界に帰るまで、死ぬわけにはいかない。
シンは炎の竜巻を避け続けるが、次第に追い詰められていく。瑞希はシンの動きを先読みして炎の竜巻を放つようになったのだ。シンは焦りながらも、脳をフル回転させる。
(冷静になれ……。瑞希は俺の動きに合わせて撃ってきてるだけだ。だったらこっちも瑞希がどこに撃つかわかるはずだ……!)
シンはフェイントを入れる。体を引いて一旦距離をとろうとしていると見せかけ、その姿勢から一気に斜め上に跳躍したのだ。シンは放物線を描いて瑞希の頭上から斬りかかる。瑞希は明後日の方向に炎の竜巻を飛ばし、肩口からまともにシンの炎の剣を受ける。
炎の剣は瑞希の右肩にめり込み、瑞希は赤い血を流す。だが瑞希はニッコリと笑った。
「ほら、委員長と同じ手で勝てるわ」
「なっ……!」
瑞希は魔法を放つ。回避は間に合わない。
「火の指輪! 燃え上がれ!」
シンはせめて相討ちにしようと拳を炎で覆い、瑞希の腹を殴る。ほぼ同時に瑞希は竜巻を放ち、シンの右手が切断される。
シンは直撃を受け、十メートルほど飛ばされた。ごくごく弱い竜巻だったが、人間に過ぎないシンには充分だ。シンは破滅的な痛みに耐えながら立ち上がろうとするが、途中でその場に座り込んでしまう。足を手ひどくやられていたのだ。瑞希は足下にも魔法を放っていたらしい。これでは逃げることもできない。
右手は肩から千切れ、どくどくと出血を続けている。残された指輪は左手にはめていた地の指輪だけであり、氷の防壁を作るのは無理だ。万策尽きた。ここで死を待つばかりである。
「委員長はあんたが助けたけど、あんたは誰も助けてくれないよ! 苦しんで死ね!」
瑞希は特大の炎の竜巻を作り、シンにぶつける。オレンジ色の熱風が、シンの視界一杯に広がった。
「シン!」
シンが死を覚悟した瞬間、箒に乗った葵がシンを回収する。辛くも炎を逃れたシンは、呆けたような顔をして葵を見る。
「しっかり気を持って! 君はまだ生きている!」
「ああ……!」
シンは右肩からの失血により薄れ行く意識を必死に保ちながらうなずく。瑞希は葵を見て、手を叩いて喜んだ。
「葵! 私に会いに来てくれたのね!」
「残念ながら違うよ。僕は、シンを助けに来たのさ」
瑞希は狂ったように目を釣り上げる。
「その男はただの人形よ! 正気なの!?」
「思い出したんだ……。僕は強くなりたかった。シンのように、みんなを助けたかった」
葵はまっすぐに瑞希と相対する。瑞希は歯噛みする。
「わかったわ! その人形を壊せばいいのね! そうすれば私がもう一度あなたの隣に……!」
「僕は絶対に君を止めてみせる! 今度は逃げ出さない! たとえ誰に笑われたとしても……! シン、力を貸してくれるかい?」
「当然だ!」
シンは力を振り絞って立ち上がる。葵は地の指輪を自分の左手薬指にはめ、右手でしっかりとシンの左手を握る。シンと葵は叫ぶ。
「世界を作るは地の力! 背負いし罪は命を育む色欲! 甦れ、魔王アスモデウス!」
葵はシンに寄りかかり、唇に口付けた。葵の柔らかい唇。細く、しなやかな体躯。今だけは全部シンのものだ。負けるはずがない。そう思った。




