54 心に従う
級友たちのラジオを聞いていてもたってもいられなくなったシンは葵を説得しようとする。
「なあ、俺たちも行かなきゃだめだろ。俺たちには戦う力があるんだからさ」
シンたちが戦えば、少しでも犠牲が少なくなる可能性がある。しかし葵は、全く関係ない話を始める。
「……やっぱりそうなんだね。君は僕から生まれたから、そんなにも好戦的なんだ」
「はぁ!? おまえ、こんなときに何を言ってるんだよ!」
葵は死んだような目でうつむく。
「僕は周囲のみんなを憎み、呪いながら君を作った。だから君は、破壊を振りまく存在になったんだ……」
確かに葵はシンを作ったとき、自分を嘲笑った周囲への恨み言を口にしていた。シンの人格形成に影響を与えたのは間違いないだろう。生まれたばかりのシンは、小学校で暴れて羽流乃にシメられるの繰り返しだった。
しかしシンは首を振る。
「でも、それだけじゃないだろ? うちのばあちゃんのために、俺をあそこに生まれさせたんじゃないのか?」
葵はシンを作る直前、神代のおばあちゃんのことを心配していた。だからシンは神代家の養子としてこの世に生まれた。
「違うよ……。きっと計算があったんだ……。神代のおばあちゃんの息子なら、何をやっても認められるって。何をやっても認められない僕とは反対に……。惨めな僕の、せめてもの抵抗さ。ハハッ、自分が余計に惨めになるだけなのにね……」
葵は乾いた笑いを漏らし、正直な心情をぶちまける。
「僕が何をやったって、僕は認められないんだ。だったら何もしない方がマシさ。僕は他人のために生きてるんじゃないんだから」
かつては、変態レズ王子だったから。今は、色欲の魔王アスモデウスだから。葵は何をやっても評価されないし、むしろ笑い物にされる。
「女王になれて、気持ちよかったな。ちょっといいことをしただけで、みんなチヤホヤしてくれて。でも、一瞬の夢だった。本当にやりたいことはわからなかった。当然だよね。本当の僕はこんなに汚い女なんだから。僕はずっと一人でなきゃならなかったんだ……。汚れた血が流れているんだから……」
前世は魔王で、現世は娼婦の娘。そしてまた地獄で魔王になった。葵は自嘲する。
「こんなに汚い女だから、誰かとつながりたいと思ってしまう……。ありもしないのに、愛を求めてしまう……。そうやって、瑞希を傷つけた。でも僕は、今回も逃げようとしてる。何の責任もとらず、何の罰も受けずにね……。僕を笑えよ、シン。僕は怖いんだ。瑞希に負けて殺されるのが。瑞希は僕を殺したりしないし、死んでも転生できるってわかってるのにね……」
うつむく葵に、シンは言う。
「誰かとつながりたいと思うのも、戦うのが怖いのも、他人から評価されたいのも、普通のことだ」
そりゃあ、葵は間違えたのかもしれない。でも、全てを否定することは誰にだってできない。
「君は本当に偽善者だね……。僕の逆だから、そうなるのかな……。君は哀れな人形だよ。僕のありもしない理想のために、全力で踊ってくれる。悲しい悲しい、僕の人形……。僕に代わって、偽物の力を振るい続けるんだ……」
シンへの憐憫で濁った目で、葵はシンを見上げる。確かにシンの力は偽物だ。現世では、それが全てではないにせよ、立場で許されていたという面が大きい。神代家の御曹司だから、子どもだから、綺麗事を言って腕力を行使しても何も言われなかった。この世界でシンの力となった指輪に至っては棚からぼた餅が転がり込んできたようなものでしかない。葵が作った人形だからシンは何の努力もせずに、たまたま指輪を使うことができた。
しかしそれでもシンはゆっくりと首を振る。
「俺は人形じゃない」
目の前の人を助けたいという純粋な善意だってあるはずだ。誰にでも、葵にも。
「俺はずっと俺のやりたいことをやってた。でもそれは、おまえのやりたいことでもあったんだ」
シンは誕生して以降、シンを作る前の葵がそうだったように弱きを助け強きを挫き、他人のために行動し続けた。シンは葵がやりたかったことをやっていただけなのだ。決して暴れたいから暴れていたわけではない。葵が手に入れられなかった賞賛を得たかったわけでもない。
「だから俺は、やりたいようにやる。自分の気持ちに従う。認められなくても、関係ない。おまえも、好きなようにしろ。おまえが出した結論なら、俺は文句は言わないし、誰にも文句を言わせない」
シンはポケットに入れていた地の指輪を一つ、葵に握らせる。どのみち葵が来なければ魔王アスモデウスの力は使えない。地の指輪は一つで充分だ。
「もう、そうやって自分を嫌うのはよせよ。いいじゃないか、汚くたって。ありのままの自分でいいんだ。だから俺は、いくら偽善者扱いされたって戦うのをやめない」
その強さは、葵が持っていたものだ。葵がシンにくれたものだ。シンは戦うために立ち上がる。
「大地のケモノに水の手綱! 命を司る使い魔よ! 力を貸せ!」
シンはユニコーンを召還し、その背中に飛び乗った。葵はシンを止めるでもなく、ぼんやりと見送る。
ユニコーンはシンの命令に従い、街道を駆けた。




