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49 真実

 アスモデウスは登場したときと同じように光に包まれて消え、シンの姿に戻る。シンはあまりの苦しさに、その場に倒れ伏す。あの女、無茶苦茶だ。あんな強力な魔法ばかり使われては、体を貸しているシンもたまったものではない。全身の血管を広げられたような痛みに、シンはうめく。


「神代シン……! よくも皆を……!」


 ようやく我に返った瑞希は、憤怒の形相でシンをにらみつける。地の指輪の魔力は魔王アスモデウスが使い切っていてしばらく回復しないが、残りカスでもシンには多いくらいだ。まだシンは戦える。シンはなんとか立ち上がり、火の指輪と地の指輪の組み合わせで剣を作って構えた。


「葵以外、皆殺しよ! むごたらしく死んでもらうわ!」


 そもそもおまえが来なければこんなことにはなっていなかった、というツッコミは無駄だろう。魔法の使い方を忘れたかのように、瑞希は斧を滅茶苦茶に振り回してシンに斬りかかる。シンは動かない体に鞭打って何とか斧を捌く。


「ねぇ! あんたの持ってる指輪を寄越しなさいよ! その指輪の力を使えば、この世界を改編できるわ! 葵と私のためだけに!」


 重力を操り、原子を自在に組み替え、魂にさえ介入する魔王アスモデウスの力。確かにこれだけの力があれば、世界の改編くらいどうということはないのかもしれない。瑞希の叫びにシンは剣で応える。


「お断りだ!」


「どうして!? この世界は間違ってるのに! 葵と私が結ばれないなんて!」


「この世界が天国みたいだって言ってるやつが大勢いる! みんな、がんばって前向きに生きてるんだ!」


 シン自身は前の世界と同じように死も格差もあるこの世界を天国だなんて思っていない。しかしシンの級友たちは転生してきたこの世界を大いに気に入って、生き生きと生活していた。彼らのためにこの世界の平和を守るのはシンの役目だ。


「天国? この世界が天国……? アハハハハッ!」


 斧を振り続けながら、瑞希は高笑いする。


「何がおかしい!」


 シンも詰問しながら剣を止めない。剣と斧がぶつかり、激しく火花が散った。


「ねぇ、あんたたちは一度死んでるのよ! 死んだ後に行くところってどこ!?」


 口角を上げ、獣のような笑みを浮かべながら瑞希は尋ねてくる。シンが答えるのを待たずに、瑞希は種を明かした。


「正解は、地獄よ! この世界は地獄なの!」


 そんなことを言われても、シンは全く実感が湧かなかった。前の世界で地獄に墜ちるほど悪いことをした覚えはないし、この世界で特に罰も受けていない。シンからすれば、だからどうしたという話だ。世界は世界、自分は自分である。しかしつい先ほど、自分が魔王の生まれ変わりであると知ってしまった葵にとっては別だった。


「待ってよ! じゃあ……!」


 葵は自分が作った土壁から顔を出して大きく表情を歪めた。瑞希はニヤリと笑って言い放った。


「この世界は葵、あなたが作ったのよ! 私のためにね! あなたは現世の罪を償うことを拒否して地獄を作り替えて、自分好みの世界を作ったの!」




「葵、耳を貸すな!」


 一瞬の静寂の後、シンは声を上げる。冷静に考えると、やはりだからどうしたという話だ。気にする必要はない。だが、葵は頭を抱えてぶつぶつとつぶやく。


「僕の罪……。そうだ、僕はずっと償っていない……。ただ、拒絶しただけ……」


 葵の反応を見て、瑞希はニンマリと微笑む。


「そう……。だから私のこと、最後まで責任とってよね! ここに生きたまま来てもらうのだって、苦労したんだから! 生きたままじゃないと、葵が罪を浄化されて記憶をなくしちゃうもの……!」


 今さらながら、旅客機に現れた悪魔がエンジンをチマチマ攻撃していた理由が分かった。葵を即死させないための配慮だったのである。「罪を浄化されて記憶をなくす」──おそらく、罪を背負った者は転生するときに記憶が消えてしまうのだろう。この世界における普通の転生者──罪を犯して地獄に墜ちてきた者がそうであるように。


 シンのクラスメイトで記憶を失っている者、例えば羽流乃や麻衣もそうなのだろう。どういう基準かわからないが、彼女たちは罪があるとみなされて記憶を消されたのだ。


 喋りながらも瑞希は斧を操る手を緩めない。シンは防戦一方に追い込まれていく。


「罪とか罰とか、そんなことは関係ねぇだろ……!」


 シンは地の魔法を駆使して軽業師のようにアクロバティックに動き、瑞希の斧を凌いでいく。葵は茫然自失の状態だし、斑夫も斧に素手で立ち向かうのは無理だ。ロビンソンにも戦闘力はない。どんなに苦しくても、シンが戦うしかない。


「何を言ってるの? 神代シン、あんたも葵が犯した罪の象徴よ……! 葵はあなたを作ることで罪から逃れたの……!」


 葵は掠れた声で尋ねる。


「瑞希、どういうことだい……?」


「こいつは、いつも葵がランドセルにつけてた人形よ! 葵が魔法で命を与えただけの、木偶の坊なの!」


 わけのわからない罵倒をされて、シンは怒る。


「ふざけるな! 俺は血の通った人間だ! おまえは血の通った人間に阻まれてるんだ!」


「じゃああんた、小学五年生のときに転校してくる前は、どこで何をしてたの!? 言ってみなさいよ!」


 瑞希の言葉に応じ、シンは叫ぶ。


「両親が死ぬ前は、隣の町にいたよ! そこで普通に小学校に通っていた!」


 瑞希は笑う。


「アハハ! 隣の町だって! そこ、前に葵が住んでたところじゃない! じゃあ言ってみなさいよ! そっちの友達の名前は!? 通ってた小学校の名前は!? 両親の名前は!?」


 瑞希の言葉に従い、シンは昔のことを思い出そうとするが、頭の中にもやがかかったようで、全く出てこない。転校して以降のことはいくらでも思い出せるのに、なぜだろう。まるで、転校する前なんて最初からなかったかのようだ。


「あんたは、私と別れたショックで、葵がこの世を恨みながら作った人形なの! 地の指輪が教えてくれたわ! 魔王の力の無駄遣いね!」


「嘘だ! 俺は人間だ……!」


 シンはちらりと背後を振り返るが、葵は否定してくれない。葵はブツブツと一人つぶやく。


「そうだ……。僕はあのとき、あのぬいぐるみをなくしたんだ……。母さんからもらったぬいぐるみ……。じゃあ、あのぬいぐるみが……」


 瑞希は勝ち誇る。


「あんたは人形よ! ただ、葵が私たちを切るために『私は男が好きなんだ』って思い込もうとするためだけのね!」


「……だとしても、俺が戦わない理由にはならない!」


「本当に哀れね! あなたはつま先から頭のてっぺんまで、薄っぺらい偽善でできた人形よ! できの悪い葵の偽物だわ!」


 もう残りの体力も少ない。一か八か、シンは斧を剣で弾いて瑞希の懐に潜り込む。火の魔法を至近距離で撃ち込めば、瑞希といえど倒せるはずだ。


 シンは魔法を発動しようとするが、瑞希はニヤリと笑った。


「あなたが近づくのを待っていたわ!」


 瑞希は怒りで魔法を使うのを忘れていたわけではなかった。シンが確実に魔法を避けられない距離に近づくのを待っていたのだ。


 瑞希は斧を捨てて両手を広げ、炎の竜巻を放とうとする。シンは雷の魔法を使おうとしていたところなので、他の指輪で防御策を打てない。雷は魔力を帯びているので炎の竜巻と相殺することも可能だが、込められる魔力は瑞希の方がずっと多い。打つ手なしで、詰みである。シンは、死ぬ。

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