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48 魔王

 シンを包む眩い光は収束し、魔王アスモデウスは姿を現す。その姿を見て、瑞希以外の全員が絶句した。


 長いストレートの黒髪。凛々しさと儚さが同居した端正な顔立ち。黄色いマントに隠された体はスレンダーで、モデルのよう。マントの下はなぜか学校の制服姿である。魔王アスモデウスは、呆然と立ち尽くす葵と鏡で映したように瓜二つだった。


 魔王アスモデウスは精気のない表情で、ぶつぶつとつぶやく。


「ウツワの再構築完了……。魔力の展開率、33.4%……。魔王の魂、なし……」


 アスモデウスは宙に浮き、幽霊のようにスーッと葵の前まで移動する。そして、驚きのあまり硬直していた葵にいきなり唇を重ねた。


「あ、うっ……何を……」


 葵は魔法を掛けられたのか動けない。アスモデウスは無造作に葵の口に舌を突っ込み、絡ませてくる。葵は必死にアスモデウスの舌から逃れようとするが、口の中で逃げ場などない。葵の舌はアスモデウスに絡め取られ、弄ばれる。皆の前で受ける恥辱に、葵は顔を赤らめた。


 これで気が抜けたのがまずかったのだろう、アスモデウスは葵の魂を吸い取る。三分の一は持っていかれただろうか、葵は胸の辺りが苦しくなってその場に座り込んだ。使い魔に魂を吹き込むのはいつもやっていることだが、強制的に吸われるとかなり苦しい。


「……ふう。これでやっと戦える」


 葵の前でアスモデウスは気だるそうにつぶやく。仕草まで葵にそっくりだ。葵は放心しながらも尋ねた。


「どういうことだい……? どうして僕の魂を……?」


 アスモデウスはニヤリと笑う。


「わからないのかい? とても簡単なことだよ。指輪に封印されていたのは、僕の魔力だけだったのさ。魔力だけあっても動かないから、魂が必要だった。仕組みとしては使い魔と同じだよ」


 使い魔は錬金術で体をつくり、術者の魂を吹き込むことで完成する。体だけ作っても、命を作ったことにはならないのだ。魂を吹き込むことで使い魔には知性が生まれ、術者の意図通りに動けるようになる。


 葵は声を絞り出す。


「なぜ、僕の魂を」


「魔王を操れる魂は、魔王の魂だけ。君こそが僕──魔王アスモデウスだったんだ」


「き、君はいきなり何を言ってるんだい?」


 悪い夢でもみているかのように、葵は乾いた笑みを浮かべる。アスモデウスは冷笑しただけだった。


「全て真実だよ。現世で独力で魔法に目覚めるなんて、魔王でもない限りありえないんだよ。魔王だから、前の世界でも君だけが魔法を使って好き勝手できた……。さて、久々に楽しませてもらおうかな」


 アスモデウスはそれ以上葵に構うことなく、トロールの群れにゆっくりと向かう。


「あんたをぶち殺せば神代も死ぬのかしら?」


 野獣のように牙を剥く瑞希に、アスモデウスはひょうひょうと答える。


「そうだね、僕を殺せばヨリシロになっている神代シンも死ぬだろうね。僕の魂と混じり合ってるから転生できずに歌澄葵に還るだろう」


「なら、魔王だろうがなんだろうが八つ裂きにするまでよ!」


 瑞希の号令に従い、トロールたちは一斉にアスモデウスに襲いかかる。対してアスモデウスは、一言つぶやくだけだった。


「『命の剣』……!」


 アスモデウスの周囲のトロールたちは、糸が切れた人形のように倒れる。同時にアスモデウスの手に、金色に光る剣が現れた。


「なっ……!」


 瑞希はたじろぐ。アスモデウスは瞬時にトロールたちの魂そのものを吸い取り、剣に錬成したのである。もちろん、転生不能だ。トロールたちの遺体は何にもなることができず、横たわるばかりである。


「弱いっていうのは悲しいことだね。戦う機会さえ与えられない」


 アスモデウスは金色の剣で瑞希に挑む。瑞希は炎の竜巻で迎撃するが、アスモデウスには通じない。


「『金の盾』……!」


 アスモデウスを守るように地面がせり上がり、いかにも堅牢そうな金属に変質する。炎の竜巻は金属の防壁に阻まれ、アスモデウスまで届かない。


「化け物め……! 私にも水の指輪があれば……!」


 瑞希はうなりながらも地面に手を突っ込む。瑞希は全長数メートルはあろうかという巨大な斧を地面から引きずり出し、振り回し始める。


「近づかせなければ……!」


 一瞬で仲間のトロールを消されたため、瑞希はアスモデウスに接近されるのを警戒し、リーチで勝負する。アスモデウスは斧を剣でさばきながら近づこうとするが、トロールのパワーを持つ瑞希の懐にはなかなか潜り込めない。


 なのですぐにアスモデウスは攻め方を変えた。


「『鉄の槍』!」


 アスモデウスの背後に何丁ものマスケット銃が出現し、一斉射撃を見舞った。頑強なトロールである瑞希には火器でもあまりダメージはないが、これだけの数を撃たれると話は別だ。瑞希は徐々に皮膚を削られ、たまらず斧の影に隠れて射撃を凌ごうとする。魔力を込められた銃弾の威力は強烈で、斧にさえヒビが入った。そうしてアスモデウスはマスケット銃の連射で瑞希をその場に釘付けにして、次の布石を打つ。


「地の使い魔たちよ! 力を貸せ!」


 アスモデウスが植物の種をばらまく。種はみるみる成長して、子ヤギの形を取る。子ヤギたちはアスモデウスの周囲で倒れているトロールたちの屍肉にかぶりつき、どんどん腹に詰め込んでいく。


「みんな、使い魔を倒して!」


 瑞希の命令でトロールたちは子ヤギに襲いかかるが、アスモデウスは『命の剣』を発動し、近寄ってきたトロールを即死させてしまう。いくら瑞希が命令しても、アスモデウスの『命の剣』が大きくなるばかりだった。


「なら私も使い魔を……!」


 瑞希の中から猿に翼が生えたような悪魔が数体出てくる。前の世界で地の指輪を使って飛行機に送り込んだものと同一個体であり、小柄ながらトロールと一対一で渡り合えるくらい強力な使い魔だが、アスモデウスには通用しない。アスモデウスはマスケット銃をさらに三ダースほど追加し、悪魔たちを出てきた瞬間に蜂の巣にする。


「そろそろだね……」


 アスモデウスは『命の剣』を高く掲げる。たらふくトロールの肉を食った子ヤギたちは黒い球体に変化してアスモデウスの頭上に集まっていった。アスモデウスの頭上に、黒い渦ができあがる。


「な、何よそれ……」


 さしもの瑞希も顔をこわばらせる。黒い渦は周囲の瓦礫やら死体やらを吸い込んで、どんどん大きくなっていく。アスモデウスは余裕の笑みを見せる。


「君の世界の言葉でいうと、ブラックホールだよ」


 アスモデウスは『命の剣』を振り降ろす。黒い渦は一直線に瑞希の元へと向かう。あんなものが命中すれば、いくらトロールでもただでは済まないだろう。強大な重力に引き裂かれ粉々である。


 瑞希を救ったのは仲間のトロールだった。トロールたちは族長を守るため次々に瑞希の前に身を投げ出し、黒い渦を受け止める。トロールたちは一撃で羽虫に転生させられて散らされ、次々と消えてゆく。しかし瑞希に黒い渦は届かず、生き残った。


 瑞希はショックで放心状態になるが、アスモデウスはとどめを刺さなかった。


「う~ん、ちょっと調子に乗り過ぎちゃったかな。大技を出し過ぎて、魔力が切れちゃった」


 アスモデウスは困ったように頭を掻く。


「まあ、ここまでやったんだから後は自分たちでなんとかしてよね。さよなら」

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