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4 事情

「ちょっと待て、シンちゃん。ウチに腹案があるんや」


「なんだよ、腹案って?」


 どこぞの無能な政治家のように腹黒そうな笑みを浮かべる麻衣に、シンは尋ねた。麻衣はない胸を張って答える。


「実は5組の山名から、葵を引き取りたいって話を聞いてるんや。大人しく引き渡せば解決や」


「山名さんの班ですか? それは無理でしょう……」


 羽流乃は渋い顔をする。シンは尋ねた。


「なんで無理なんだ?」


 シンも葵がどういうわけか誰とも仲良くしないことは知っている。シンもこの町に来て間もない頃、常に一人で行動する葵に声を掛けるたび、冷たくあしらわれていた。


「そういえばあなた方は、あの頃の葵さんを知らないのでしたね……」


 羽流乃は遠い目をした。シン、麻衣、冬那には意味がわからない。


「あの頃って、俺たちが転校してくる前ってことか?」


 シンは訊き、羽流乃は重々しく首肯する。シンと麻衣がこの町にやってきたのは、小学校五年生のときだ。冬那も、学校に通えるようになったのは最近。以前のことは噂レベルでしか知らない。


「そうです。理由は知りませんが、あなた方二人が転校してくる直前に、葵さんは山名さんと大ゲンカをしまして……。葵さんが一人でいるようになったのは、そのときからです」


 それまでの葵は、他の女子とも仲良くしていて、明るく元気な女子の中心だった。短髪に凛々しい顔はまるで男の子のようで、あだ名はプリンス。いつも同じぬいぐるみを抱え、女の子の間を蝶のように飛び回っていたという。


 特に山名瑞希とはべったりだった。というか、葵と瑞季は女と女で付き合っていた。


「あ、あいつがレズっていう噂、本当だったんか……。ウチら、狙われてないやろな……?」


 さすがの麻衣も噂を本当だとは思っていなかったらしく、愕然とする。シンも腕組みしながら自分を納得させようとする。


「ま、まあ本当だとしてもだ、そういうので差別はよくないよ、うん」


「やっぱ親がアレやと子どももアレになるんやろなあ。親は男の相手やけど……」


「麻衣さん、その話は関係ないでしょう?」


 羽流乃に険のある声で言われ、麻衣は黙る。葵の話はまだ終わっていない。




 葵と瑞季の付き合いは長くは続くなかった。理由は不明だが、葵は瑞希と仲違いしたのである。葵は荒れに荒れ、シンが転校してすぐくらいの頃に教室で給食のカレーをひっくり返す大騒動を起こし、しばらく不登校となった。


「あのときはシン君まで大暴れして大変でしたわ」


「いやぁ、若気の至りってやつかな……?」


 責めるような視線を向ける羽流乃に、シンは苦笑いして頭を掻く。カレーを台無しにされて怒った男子たちは葵に詰め寄るが、葵は終始ふてぶてしい態度をとって男子を挑発した。転校したばかりのシンは何もわかっていないのに割って入り、男子たちを相手に大立ち回りを演じたというわけだ。


「何が若気の至りですか。あなたはあの事件の後も、似たようなことを繰り返していたでしょう?」


「いや、だって、弱い者いじめっていけないことじゃん?」


 羽流乃にジト目でにらまれ、シンは目を逸らすしかない。思い返せば転校してきたばかりのシンはトラブルを起こしてばかりだった。シンはどこにでもある、ちょっとしたいじめやからかいも許せなかったのである。必然的にシンは幼稚なパワー系小学生男子と日々格闘することになった。自分も同じカテゴリーだったんだなぁ、と気付いたのは最近のことである。


「どうして弱いこと自体が罪だとわからないのですか……。何かあるたびにシン君を半殺しにしなきゃならない私の身にもなってくださいまし」


 そう言って羽流乃は息をつく。小学校の頃は、シンが殴り合いを始めると羽流乃が木刀を持って介入し、シンをぶん殴って争いを止めるのがいつもの流れだった。


「いや、俺はそう思わない。心の中の正義に従えばそんなことにならないんだ」


 シンに正義があると判断すれば、なんやかんやで羽流乃も一緒になって暴れてくれた。冷たいことを言うこともあるけれど、シンと羽流乃は名コンビなのである。今だってクラスの委員長と副委員長だ。羽流乃はシンのアクセルとブレーキを兼ねている。


「……まぁいいですわ。今は葵さんの話です。彼女も昔は話が通じる普通の人だったのですよ」




 カレー事件の一ヶ月後に復帰してきた葵は晴れてアンタッチャブルな存在に昇格する。ぬいぐるみを捨て、髪を伸ばし、話しかけてもまともに返さないやっかいさんになった。そして事情を知らないシンだけが、葵にちょっかいをかけては撃退されていたというわけである。


「葵もみんなと仲が良かった時代があったんだなあ……」


 今の孤高を気取った葵しか知らないシンは、そういう感想を漏らした。言われてみれば、葵は瑞希に特に冷たい気がする。シンは笑顔で女子グループを引っ張る葵も見てみたいと思った。


「それではシン君、葵さんの件は任せましたわ」


「お、おう……」


 頼りない返事で、シンは羽流乃に応えた。さらに羽流乃は注文をつける。


「自由行動の予定も決めてしまわなくてはなりませんから、早くしてくださいね」


「美ら海水族館で確定だろ? 葵もべつに文句は言わないと思うけど……」


「ちゃうんやで。羽流乃ちゃんは、みんなが水族館でシンちゃんと二人きりにしてくれるかを気にしてるんやで」


 唐突に麻衣は発言した。冬那は目を丸くする。


「羽流乃先輩、抜け駆けですか?」


「まぁまぁ、そう言わずに許してあげようやないか。今や天然記念物、暴力オンリーツンデレの羽流乃ちゃんが勇気を振り絞ってるんやで? 今回逃したら、羽流乃ちゃんは一生素直になれへんわ」


「麻衣ちゃん先輩は優しいですね~! 本当に二番になっちゃいますよ?」


「……ウチは羽流乃ちゃんのことも、冬那ちゃんのことも大事なんや。それにこの鈍感バカは、はっきり言われなウチらの気持ちわからへんやろ。冬那ちゃんこそええんか?」


「私は所詮途中参加の『後輩』ですから……。弱いんですよ、私。二人と競うなんて、耐えられません。だったら、観客席に回らせてもらいます」


 女子二人が何やらこそこそと話をしているが、よく聞こえない。シンは首を傾げる。


「羽流乃と俺が二人きりになってどうするんだ?」


 羽流乃は顔を真っ赤にして立ち上がる。


「な、な、何を言っているのですか麻衣さん! わ、私はジンベイザメを前で告白しようとか、そんなことは考えていませんわ!」


 何やら叫ぶと羽流乃は顔を押さえて走り去ってしまった。麻衣と冬那は二人してポンポンとシンの肩を叩き、ニッコリと笑う。


「そういうわけやからシンちゃん、がんばるんやで。ウチらは班行動の資料作りしてるから」


「羽流乃先輩を泣かせちゃだめですよ~!」


 よくわからないが修学旅行を楽しみにしているということだろう。まずは葵の問題を解決しよう。

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